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2005年10月30日

2つのメモリアルデイ

この週末は仕事の都合上試合を見に行けず。湘南は勝ったから良いものの、なら草津にも勝てよ!と愚痴も言いたくなる。セレッソ対アントラーズは引き分け、ガンバは負ける。J1の首位戦線はまさに混戦である。そして下位も大混戦。出来れば首都圏のチームに落ちて欲しいなと思うのは東京在中の貧乏なJ2サポのわがまま。しかし、渦中にいるサポーターは大変だな。でもうらやましい。

そんな中、あの10月28日が今年も過ぎ去った。言うまでもなくドーハの悲劇である。あの時生まれていなかった子が今や12歳。もうすぐジュニアユース世代である。また、今、ゴール裏で歌い叫ぶ20歳前後の奴らにとってはたぶん、記憶の片隅にも残っていない出来事かも知れない。そう思うと12年という歳月は重く、今やメキシコオリンピックの銅メダルと同じように伝説の一つとなってしまっているのかも知れない。。だが、何度も書くがこの悲劇によって僕の人生は大きく変わった。仕事もモノの考え方も大きく変わった。だから僕にとっては最も大事な日なのである。決してあの日を忘れてはいけない。

そしてその翌29日はフリューゲルスの悲劇。やりきれない切ない話である。経済原理というものがいかに悲しく非人間的なものであるかというのをまざまざと見せつけられた出来事である。それ以来、そのようなものには今でも嫌悪感を持つ。だから、金と権力を振りかざすような態度を取る三木谷やホリエモンは好きにはなれない。もちろん大人であるから世の中そんなに甘くはないのであってというその事情は分かってはいるつもりだ。それでも「勝ち組」(嫌な言葉だ)などという訳の分からない言葉を振りかざす昨今の風潮と共に、経済原理が最優先される今の社会は好きにはなれない。

そして、こんな大事な日々に間々記を書かずに素通りしてしまった僕の今は果たして幸せなんだろうか?フト、そんな事を思ってしまった昨今の自分史なのである。何故だか、メモリアルな日を思い出さずに人に教えて貰って気づく自分が悲しいのである。いつの間にか僕も経済原理でのみ動いているのかも知れない。やっぱヤメヨウ。

投稿者 bellwin : 17:09 | コメント (0)

2005年10月23日

今年2度目の前橋

世間が日本シリーズだろうが、サッカー的にはダービーウイークだろうが、僕はベルマーレ。という訳で、今年2度目の前橋遠征である。

それにしても寒かった。前回(6月)は季節はずれと言って良いほどの猛暑で、昼間に試合をやるには見る方でさえかなりつらい環境だったのだが、今回はその真逆。ナイトゲームを見るには寒く、尚かつ風が強く雨もぱらつき、これにチーム状態を掛け合わせると少々萎えてしまいそうな天候だった。

そして試合も輪をかけて寒かった。さすが2部の下位を低迷する両チームの戦いだとしか言いようがない。

とにかく両チームもパスがつながらない。ミスの連発、相手のプレッシャーに弱いは共通項。だからか、J2ならではのお得意のロングボール主体のカウンター合戦による前線へのフィードもただ蹴っているだけのように見え、そこに走り込む(もしくは走り込んでいる)選手がいない場合が多く、ほぼ相手ボールになる始末。クロスもヒヤッとさせられたのは皆無で、かと言って相手にヒヤッとさせたものもほとんど無い。結果、シュートは湘南から見たら7-3と少なく、得点もスコアレスドローという、何ともお寒い試合になってしまった。

そんな試合を見させられた競技場は群馬県営陸上競技場。前回のサッカー場の隣にあるスタジアムである。しかしこのスタジアムもゴール裏は芝生の角度無しで観戦はピッチレベルという地方の競技場に良くある箱モノ。バックスタンドは改修中だったので使用不可だが、そこも正直期待は出来ないと思う。また、糞スタが一つ生まれたようだ。

ちなみに、買ったのでは無くレンタルだったとして草津の経理ごまかし事件の一端となった隣のサッカー場の仮設スタンドだが、この日訪れた時は既に撤去されていて跡形も無く、以前の芝生席が周りを囲む素朴な球技場に戻っていた。その姿を見た後に陸上競技場で試合を見ると、何とかうまくここを改修出来なかったものだろうかとフト感じた。まぁ、バックスタンド側が道路で敷地に余裕が無いのは分かるのだが…。

また、同スタジアムはゴール裏は現在トイレが無いため、競技場外へ用を足しに行かねばならず、そのため再入場がOK。だが、このチェックが大甘で、ほとんどチケットチェックは無し。この日はついでにこの競技場周りで食のフェスティバル(要は地元飲食店の夜店)が催されていたため尚更かも知れないが、それにしても経営がやばいのに大切な収入源である試合観戦を只で見られてしまうような体制で良いだろうか、ちょっとハテナ?と思ってしまった。個人的にはこの緩さは大好きなんだけど。

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ゴールが遠い。(試合も…)


投稿者 bellwin : 06:20 | コメント (0)

2005年10月13日

ウクライナ戦

ラトビア人審判には笑った。親善試合だから笑ったで済まされるがそれにしても笑った。

だが、あの審判でなくてもひいき目に見てもイーブン、ハタから見れば6対4くらいでウクライナが押していた試合だったろう。つまりは結果は順当だったと思う。

TVのインタビューで中田ヒデも指摘していたが、とにかく攻撃のスピードが遅い。両サイドを含め攻め上がりのスピードが遅い。全員が足かせをつけているような遅さだ。

しかしそれは今に始まったことでは無いのだよな。だからこそ、コンフェデのブラジル戦でのカジの幻のゴールは賞賛されるのだろうな。あれこそ理想。あれこそ最善。

やはり、オシムだよな、理想は。


投稿者 bellwin : 13:05 | コメント (0)

2005年10月09日

シーズンエンド

まさに自滅した試合、いや今シーズンを象徴するような試合だった。

フィフティのボール争いでJFLの選手に競り負けたり、雨を含んだとはいえホームピッチなのに相手以上に滑ったり、北陸DFの戻りより遅いチンタラした湘南のカウンター攻撃をひたすら繰り返してみたり、敵陣深く攻め入っているのにルーズボールを追いかけるのを諦めて挙げ句にそのボールを諦めなかったアローズ側のマイボールにされたり、いらないファールで一発レッドを食らったりとか、そんな目を覆いたくなるような場面てんこ盛りのくそ試合を氷雨降る中見させられてはブーイングはおろか罵詈雑言をいくら浴びせても足りない。情けなさと先の見えない不安とが入り交じった対アローズ北陸戦、天皇杯3回戦であった。

かくして、これで僕は年末の楽しみまで奪われてしまった。いつもならリーグ戦での昇格の夢破れた後も天皇杯の4回戦以降の対戦相手と場所が決まると、そんなとこ行けねえ!とか、この相手じゃ勝てねえ!とか叫びながら悩むという、年末の最高に贅沢な愉しみがあったものだが、今年はそれすらも無くなってしまった。もちろん、来週も平塚競技場には行くだろうし、他のクラブの試合も観にいくだろうが、とにかくこれにて今シーズンの目標は全て終わった。まだ昇格の可能性が…などというほど僕も若くはない。既にその可能性が夢の世界の領域であることはこの日の試合を見た人は理解していると思う。とにかくここ数年でもっとも早く実質のシーズンを終わらす事になったことは間違いがない。今年は終わったのだ。あまりに早すぎるシーズンエンド、そして悲しいほど情けない05シーズンだった。本当に情けない…。


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メインでの応援も天皇杯ならではだったが。


投稿者 bellwin : 18:46 | コメント (0)

2005年10月08日

ラトビアって何処にあるの?

対ラトビア戦を終わっての素直な感想。

”いつものジーコニッポンだ。”

共同通信によると中村が試合前に中盤の守備について「イナ(稲本)一人ではきつい」と言っていたそうだが、その不安がこのラトビアとの親善試合は的中する。2失点目は完全な中田浩二のパスミスだが、バイタルエリアが手薄だからこそ起こりえた事故。前半も稲本が上がりすぎて、相手のカウンター時に茂庭が進入してきたラトビアの選手に対応せざるを得なく、ペナルティエリアで数的不利を作ってしまう場面も見られ、ワンボランチでのシステムは、今の日本代表では厳しい事が露呈した。これは裏返せば4バックにしろ3バックにしろダブルボランチで無ければ戦えない事を意味している。つまりは4バックの場合は鹿島型の4-4-2がしか取りようがないということである。(4-5-1だとトップに張る選手がスーパーでないと厳しいと感じる。全快の久保がいればねえ。)

試合自体は高原の素晴らしいゴールで動く。この時点ではラトビアは明らかに格下であることが明白になり、多くのゴールラッシュを期待させる内容だった。

ところが、攻めるも2点目を奪えない状態が続くと、サッカーというゲームの常で、流れは相手に傾く。時折見せるラトビアのカウンターはフィニッシュはアレだが鋭さは垣間見えるものだった。しかし、急造の我がDF陣も田中誠を中心に難なくそれをはじき返していた。最初のうちは。

やがて支配しながらゴールを奪えない状態が続くと、DF陣が我慢しきれなくなる。特にバイタルエリアが手薄になるから尚更だ。中村のPKでの2点目もあまり効果的には相手に作用しなかったらしい。こぼれ球を押し込まれ1点差。既にこの頃の代表はバタバタと相手のボールを追うだけのチームに成り下がっていた。

やがて恒例とも言えるミスからの2失点目。中田浩二のあの位置でのあのパスは決してかばうことの出来ないミスだが、アレが無くとも(つまりは2-1だったとしても)誉められる試合では無かったのは確か。いい加減、相手にボールが渡った時の守備の決め事ぐらいは統一して欲しい。それぞれがバラバラにボールを選手とボールを追いかけて疲労を重ね、だからこそボールを奪えたとしてもカウンターの切れ味が全くない、誠にゆっくりとした攻撃で跳ね返される、そしてやがてミスから自滅、という悪循環を何とかせねば、いつまで経っても同じような事の繰り返しである。

しかし、この日一番いらついたのはテレ朝の角澤アナウンサーのラウドネス馬鹿実況。
実況者にこんな事をいうのも変だが、僕は声を大にして言いたい。

「少しは黙っとれ!」

投稿者 bellwin : 22:16 | コメント (0)

2005年10月06日

ナビスコ

ナビスコの決勝、期待した通りの組み合わせが決まった。ガンバ大阪対ジェフユナイテッド千葉、今から国立での対戦が楽しみだ。

J最強の3トップを擁し、超攻撃的なサッカーを繰り広げるガ大阪、それに対し、豊富な運動量を武器にリスクを背負ってまでも総員攻撃を仕掛ける千葉、どちらも「3点取られたら4点取る」というサッカーを名実ともに繰り広げており、今年の決勝は華々しい撃ち合いになるだろう。

そして両チームの監督の手腕も見逃せない。今やJ最高の監督と言って過言ではないオシム監督と、「大事な男」の西野監督、どちらもこれらの素晴らしいチームを一から築きあげ見事に開花させたその能力は、決勝で戦う監督としてふさわしい。これ以上刺激的な戦いを今のJの舞台で見ることは不可能。まさに夢の決勝戦である。

何はともあれ、とりあえずレッズも上がってこなかったので、4年ぶりにチケットも取りやすそうだし、スタジアムでゆっくりと景品のナビスコ菓子も堪能出来そうだし、始発で国立に行ったりしなくても良さそうだし、当日の国立は久々に煩わしい思いをせずにサッカーそのものを堪能出来そうである。

投稿者 bellwin : 00:56 | コメント (0)

2005年10月02日

金返せ

僕は基本的に客だからと言って何をやっても良いとは思わない。中でも結構安易に叫ばれる「金返せ!」という意識も好きではない。”サッカーのチケットを買う”という行為には、試合を見に行くまでのワクワク感、試合前のスタジアム内外の雰囲気、そしてサポーターの繰り出す歌と叫び声、これらを含めてTVではとうてい味わえない”臨場感を買う”と行為だと思っているからである。試合だけを観るのならTVでも何とかはなるはずだ。そもそもそんな権利意識の固まりを持っていてはサポーターという人種は務まらない。

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ススキも実る中、まさに秋晴れの日産スタジアム

それにしてもだ、昨日の横浜マリノスの試合にマリノスサポーターはもっと強い抗議の意識は持つべきだ。降格を争うチーム相手に昨年王者が力負け。しかも自らが降格争いに首をつっこみかねない順位にまで落ちてしまった。ボール際は競り負け、シュートは打てず、DFは集中力を欠き、監督は妙な采配(スタメン選び)で試合を壊す。マリノスからすれば全くいいところの無い最低最悪の内容である。ゴール裏の住人なら罵声の一つや二つでは収まらないはずだ。金なんかではなく俺のマリノスを返せと叫びたい気持ちだろう。実際、マリノスには珍しくバックスタンド全体からもブーイングが飛んでいた。なのに実にあっさりとしたブーイングで終わってしまった。(サンダルを投げている馬鹿はいたけど)いや、本当は激しい抗議の意志はあったのかも知れないが、僕の見た範囲ではあっさりとしすぎていたようにみえた。

湘南も金曜にホームに福岡を招いて対戦したがあっさりと負けた。自分は都合により行けなかったので何も言う権利を有しないが、たぶん、試合後の雰囲気は昨日の日産スタジアムと同様だっただろう。やり場の無い怒りと徒労感に支配される観客席。そして、その虚脱感の中、型どおりのブーイングと幾分かの拍手という、なんだかぬるい感じで皆会場を後にしてしまう。

だが、この日は試合後に平日にもかかわらず足を運んだサポーターが居残り、チームに対し、話し合いの場を求めたらしい。そしてそれは試合後1時間に及んだということだ。

この手のものをよく人は自己満足の世界というが、確かに別にチームの一社員を呼びつけて話をしてもすぐに変化があるとは思わないし、何より後かたづけの方の手と時間を煩わせることになってしまい大変難しい問題でもある。

だが、何より大切な時間(しかもミッドウイークの夜)を使ってでも抗議をしたいという行為を僕は否定できないし、何よりそこには単なる欲求不満ではない熱い何かがあるとさえ感じる。熱さがあれば何でも良いのかよ!と反論する諸兄もいるだろうが、「金返せ」と権利意識むき出しの罵声を浴びせるだけ浴びせてスタジアムを後にすることよりも僕は遙かに強く、そいて尊いものを感じるのだ。それは権利意識ではない「何か」。それが何かなのかはうまく説明できないが、少なくともサポーターは「権利」を求めてスタジアムに足を運んでいないし、その何かを感じるからこそスタジアムに通い続けるのだろうとは思う。

金返せという権利意識ではない、俺らの叫びを聞いてくれという強い愛情と気持ち。これがある限りクラブは無くならない。そこに居なかった自らの情けなさはさておいといて、そこに居て自分の気持ちを表したサポーターの心の強さを僕は凄いと思うし、それはきっと湘南の強さになるはずだと信じている。

投稿者 bellwin : 17:04 | コメント (0)