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2006年07月30日
何を信じたら僕らは良いのだろう。
代表に関しては こんな事も始まっているようで、川淵氏に関してサポーターの怒りは収まりそうもない。
無論、僕もこの解任に賛成なのだが、あるサッカージャーナリストからこんな忠告も受けている。
負ければ解任、その先に行き着くサッカー界の人材の枯渇、そして官僚・財界・政治家などからの人材流入、それはイコール管轄官庁(文部科学省)の天下り先の確保。実際彼らはそれを虎視眈々と狙っているよ。
実際、かなりのスポーツ団体がこの管轄官庁の天下り先と化しているらしい。
そして、その論で行くと、この↓国会議員の動きは相当怪しいとみた方が良い。
サッカー協会の川渕キャプテンにまつわる公私混同記事が週刊ポストをにぎわせているので、競技スポーツ課の担当者に「事実関係の確認」を指示する。スケート協会不祥事のときもそうだったが、こういう記事は早めにしっかりと事実確認をしておくに限る。針小棒大の記事もあれば、事実をしっかりと直視した記事もある。監督官庁としては、常にアンテナを光らせて事実を把握しておくべきだろう。
衆議院議員 馳浩の赤じゅうたん雑記 7月25日のBlogより抜粋
世の中、そう単純でもないし、正義の味方なんぞはいない。どこでも大人の打算が働いている。簡単にこんな議員の尻馬に乗ってはいけないし、川淵氏が何故にそこまで地位にしがみつくのかも、この辺りを考えると少しは違って見える。
それでも僕は彼はここで辞めるべきだとは思うが。
投稿者 bellwin : 17:16 | コメント (0)
2006年07月29日
嬉し恐ろし5得点
行かずして、5-1という、アウエイでわずか1勝のチームの勝利をTVなんかで見た日には嬉しいやら悔しいやら。まさか札幌にこんな点差で勝つとは思わなかった。たぶん僕以外の湘南サポーターも誰一人、逆はあってもこのスコアで勝つことは予想していなかっただろう。行った人はまさに勝ち組。旅費ケチった自分が馬鹿でした、ハイ。
それにしても石原良いね。この日も2得点で10試合の出場数で7得点は立派。またシュート(18)をゴール(7)で割ったゴール率では4割近くで、これはJ2の中でもトップ。あと一歳若ければオリンピック代表候補に十分なれただけに残念。このまま順調に育って欲しい。
また、須田が右に入ると攻撃が厚さを増すのが確認されたのも嬉しい。カンバックは少々遅きに失した感があるが、このままより積極的な姿勢を貫いて欲しい。スペースがあるのに上がらない(れない?)スタイルなんざ見たくない。
佐藤祐介に関してはいうこと無し。彼がボールを長く持つか持たないかでその日のチームの出来が分かるのだが、この日は周りの動き出しも早く、簡単にはたけたようで、その気持ちの良さがあのミドル2発につながったように感じた。ホント、キックと気持ちはまさにJ1級なんだが。
コンサドーレはどうしたのだろう。もっとFWのフッキを生かす戦術をチームが取るか、フッキが周りを生かす戦術を身につけるかでだいぶ違うとは思うのだが。フッキもこのままでは一人昇格しそうだ。
しかし5点といえば思い出す、5月の徳島戦。5-0で勝ってから8連敗という、悪夢を思い出さずにはいられない。幸いにも1週間空くので同じツテは踏まないように願うばかり。
投稿者 bellwin : 23:49 | コメント (0)
2006年07月24日
唖然

…。
凄いよね、この写真。
これはドイツワールドカップのオフィシャルに現在も掲載されている写真なのだが、、ワールドカップにキスをするカンナバーロは当たり前として、そのバックがドイツの旗、旗、旗…。まさに隠れドイツ万歳!
こういうメンタリティじゃないとワールドカップじゃ勝てないのかもね。日本語でいう”奥ゆかしさ”とか”遠慮”とか微塵もないね、奴ら。
いや、今日はそれだけ。
投稿者 bellwin : 00:53 | コメント (0)
2006年07月23日
ヒーローへのブーイング
今期、初めて横浜FCから点を取り引き分けた。しかも試合終了間際の得点。それまでの不甲斐ない戦いぶりを帳消しにするコーナーキックからの1点だった。
不甲斐ないと言えば、この試合、この1点を取ってからまだ2分程度時間は有ったのにも関わらず、湘南に勝ち点3を奪おうとする姿勢があまり見られなかったこと。引き分けで十分というプレーを、特にGKが取っていたのはがっかりした。

5000人オーバーとまずまずの入りだった三ツ沢。
もともと試合開始から、あまり積極的にサイドは上がらず、横や後ろへの無難なパスばかりで、見ている僕らはイライラし通しだったが、リスクを冒さないサッカーなぞは、リーグトップへ立っているチームならともかく、遙かにそこからは離され、一刻も早く勝ち点を積み重ねなければシーズン終了の烙印を押されかねないチームのすることではない。それは同点に追いついても同じなのだから少し情けない。
だから試合終了後には追いついた事への大きな拍手とリスクの少ない弱気なプレーぶりに対するブーイング、という複雑な気分のゴール裏だった。
ブーイングと言えば、今日の相手には三浦カズがいた。この日も元気に先発で出場し、得点こそ無かったものの、動きの切れやその落ち着きは、湘南の若手FWなどと比べてもやはり格が違うと言わざるをえない。
そんな危ない選手だから、湘南サポーターの僕としては、ボールを持ったりすればブーイングの一つでのしたいところなのだが、やはりカズには出来ない。同じ湘南のゴール裏からは、倒れて痛がるカズに「オヤジ、いい加減にしろ」とか言う者もいたが、僕はこのヒーローにはどうしても出来なかった。この辺りは理屈ではなく感情論だから書くのが難しいが、僕にとってはやはりカズはkingでありヒーローなのだ。
同じくブーイングをしたくない人がやはりサッカー界にいる。僕はこの日、試合に行く前に、8月9日の対トリニダードトバコ戦のチケットを買った。オシム監督の初陣を見たいが為だ。そんな晴れがましい時間と場所だからこそそこで僕はブーイングなどしたくない。でも出てきたら(いや、出てこなくとも)間違いなくするだろう。
川淵さん、あなたのこれまでの功績を考えるとそんな事はしたくない。でも今回の事だけは我慢ならない。サッカーを、代表を、Jリーグを愛するものとして今回の一件は我慢ならない。あと任期2年などという事は言わないで欲しかった。
ヒーローにブーイングなどしたくないのだ。
(って、したくてもそんなに早く国立に着かない!)
投稿者 bellwin : 09:59 | コメント (0)
2006年07月20日
Jリーグ開幕?
今は必死こいてワールドカップの映像をハードディスクやらDVDやらに焼くのに忙しい。仕事柄、これらのメディアの耐久性はそれほど信用していないので、幾重にもバックアップを取る。そのため僕のPCやHDレコーダーは常にフル稼働。それぞれの性能をめい一杯引き出している。
しかしつい4年前の日韓ワールドカップはその映像を綺麗に残そうとS-VHSのレコーダーを買ったりしてもいた。(実際はコストの問題でフツーのVHSで残したのだけど) 今回はより綺麗なデーターで残そうとHDレコーダーを買ったりもした。まさにメーカーや電気店の商戦にやられっぱなしなのである。このぶんでいくと南アフリカ大会前には次世代レコーダー(HDD?ブルーレイ?、どっちかに統一してくれ)と大型TV(50型かな)は最低買いそう。我ながら馬鹿だ。
そういや、いつの間にかJ1も再開した。この”いつのまにか”というところが曲者で、何で注目度の下がる水曜日になんぞに再開するんだと疑問に思う。また、2ヶ月も休んでおいていきなりの4連戦。何か消化することに一生懸命で味わうという事を忘れた貧しい心の貴族のようなスケジュールである。(分かる?)
そんないつの間にか始まったJ1だが、前述のご自慢のHDレコーダーで録画しておいたジェフ対ガンバを先ほどやっと見た。なんと言っても興味は、何でも欲しがるジャイアンキャプテンにオシムを奪われたジェフの戦いぶりだったが、その内容は負けたとはいえ、相変わらず素晴らしい内容で、大きく変わることなくホッとした。ただ、播戸を投入された後のDFの混乱ぶりをオシムだったらどう修正していただろう、もしかしたら播戸のゴールもオシム采配なら防げたのではないか、と妄想してしまう余地をこの人事は僕らに与えた。
そして、今後もそう思わせるシーンにしばしジェフが出くわすなら、それはやはり大きな損失を被ったということ。その損失は負ける事により強調されるのだからタチが悪い。
しかし負けた事によりアマル・オシムの心中は如何ばかりだろう?結果論で見れば、彼にとってはこの1敗は父の偉大さをより大きく強調させる屈辱の1敗になった。但しまだそれを払拭させるチャンスはある。もし次節に勝てばその1勝は父の時代の終焉を告げる勝利になるはずである。それは次節以降だと効力は倍々で落ちていく。ジェフとアマルにとって次節の試合はいきなりの山場なのだ。
投稿者 bellwin : 23:08 | コメント (0)
2006年07月17日
HIDEと湘南
僕はベルマーレが”湘南”となる1年前、つまりは1部から2部へ降格が決定するシーズンからのサポーターなため、中田英寿氏(この”氏”に違和感が、笑)に対しては特別な想いは少ない。確かに、彼が在籍していた頃の試合は何試合もイチ観客として観てもいたし、”湘南”になってからのスポンサード(今も看板のスポンサー)には感謝しているが、やはり彼が在籍していた頃からの古株サポーター(今や数が少ない)の彼への想いに比べれば、その思い入れ度は少なく、かつていたイチ選手という想いしかない。
しかしヒデはどうも違うようだ。彼は確かにベルマーレになにがしらの強い想いを持っているのだろう。もしかしたら彼の帰りたかったところは、ローマでもロンドンでもニューヨークでもなく、平塚だったのかも知れない。HIDEがサッカーで唯一純粋になれるのはベルマーレだけなのかも知れない。そう思わせる企画が平塚であった。
この日(16日)、平塚で行われた湘南対山形戦の試合前、実はこっそりと中田英寿展が競技場外のテントで行われていた。彼の平塚時代の写真や当時掲載された雑誌と共に、彼の在籍していた全チームのユニフォーム(実際に着用していたもの)とドイツワールドカップ出場時の代表のユニフォーム(サイン入り)が展示されていたのだ。東京のどこかの展示場でやれば、もっと立派でしかも入場料も取れそうな企画だが、この日の展示は安っぽいテントでの展示でしかもタダなのだから、この辺がヒデのベルマーレへ対する想いというものが何となく伝わる。

中田英寿展、展示会場!
僕も含め、彼のコマーシャリズムに乗りすぎた風潮はあまり好きになれなかったのだが、いつの時もベルマーレに対するものはその方程式に当てはまらないものだった。イチ選手としては過度とも言える長期に渡るスポンサー契約(一時期はユニ背中のスポンサーだった)などはその最たるものだが、その他にも離籍して何年も経つのに嫌いと言われるインタビューにチーム年鑑で応えたりもしている。そして今回の中田展。
もしかしたらいつかは湘南のコーチや監督、そして役員としてこのベルマーレに戻ってきてくれるのでは、と期待する古株サポーターは多い。それもこんなあまりにフランクなそして密接なベルマーレと彼との関係を目にするからかも知れない。
でも、彼ならそんな期待はどこえやらと、フラッと平塚競技場に試合を観に来ることがあるのでは、と僕は思っている。「単に好きだから、そんな大仰なものじゃないよ」とでお言いたげにスタジアムに来そうな気がする。その時は、こんなフランクな関係だから、いやだからこそ、周りのサポーターもイチ元選手として迎えてあげよう。それが彼のベルマーレへの愛情に対する湘南サポーターの返礼だろう。
中田英寿氏、湘南への長年のスポンサー貢献、本当にありがとう。
投稿者 bellwin : 09:34 | コメント (0)
2006年07月10日
嗚呼、ジダン…
誰もがあの瞬間思っただろう。「嗚呼、ジダン…なんて事を!」
それまでは、決して美しくファンタスチックな試合ではなかったが、中盤や最終ラインでのせめぎ合いは激しくさすがで、決勝に相応しい試合であった。確かにイタリアは攻めなかったが、それでも一矢を放とうとしながらの守備意識の高さはさすがであった。フランスも最後にガス欠していたが、それでも攻める姿勢はみせていた。それがあのジダンの頭突きで全てが変わって、終わってしまった。
嗚呼、ジダン…、なんて事を!
投稿者 bellwin : 22:53
2006年07月09日
大西氏の死
ザスパ草津の大西忠生社長が亡くなった。先月29日の事だった。以前よりガンであることを公表していたが、3年あまりの闘病の後のことだった。
大西氏に関しては僕があれこれ話すより「サッカーがやってきたーザスパ草津という実験」(NHK出版 辻谷秋人著)に詳しい。この本によると、大西氏は賢持宏昭前社長によってザスパにやってきたらしい。
その後のJ2にあがるまでの苦闘ぶりはこの本を読んで頂くとして、昇格後がそれ以上にいばらの道であった。昨年、それまでクラブを引っ張っていると見られていた賢持氏の不正受領が発覚。気がつくとチーム財政はガタガタで、その火中の栗を拾うように大西氏は社長に就任した。その後、なんとかザスパの財政を立て直そうと試みていたが、その志半ばでの死だった。
その弔いは勝利で、ということなのだろう、この日のザスパは実にアグレッシブだった。また、ザスパサポーターの応援も以前より迫力を増していた。それは、先週約2ヶ月ぶりに勝利したとはいえ、チームの成績不振と比例するようにアウエイ参戦者激減の僕ら湘南サポーターを圧倒する。その声はやがて「オオニシ!」となるとよりボルテージを増した。試合前の黙祷の静けさとそのコールの大きさの対比は追悼する意を強く感じさせるものだった。まさに弔い合戦だった。
試合は開始早々動く。何故か集中力を欠いた湘南DF陣はマークがルーズで、ザスパの吉本に簡単にポストプレーをやらせ、それを受けた山崎にゴールネットを揺らされる。
そもそも湘南の選手からは声が聞こえない。全く静かなピッチである。もう黙祷の時間は終わったのにだ。だからGKとDFの連携もちぐはぐ。その間隙を突かれた失点だった。
早速切れる僕らサポーター。「何やってんだ!」「集中しろ!」「そもそも声が出ていない!」「相手の事を気にしている場合か!」 罵声がピッチに飛ぶ。
やがて、その声に押されたのか湘南にいつもの集中力が戻る。やがて時間は僕らのものに。特にこの日復帰したアジエルはドリブルで相手を切り裂き、まさに心強い。そして得点もこのアジエルからで、そのスルーパスを見事にオフサイドラインを抜け出した梅田がGKと激突しながら決めた。
ハーフタイムになると雨が強くなり始め、後半が始まる頃には本降りに。その雨に気を取られたのか、またもや湘南は集中力を失い、後半開始直後にセットプレーから得点を失う。点を決められるのも当たり前。遠くから見てもマークがずれていたのが良く分かった場面だった。
またもやの展開に、少ないながらもいろいろな想いを抱いて群馬までやってきたサポーターは怒り心頭。特にそれまでのルーズな守備を見せつけていたボランチの坂本には罵声の嵐。また、ちっとも上がらず、ボールを受ける準備さえもしていない右サイドバックの富山も批判の的。確かに両者はアリバイちっくな中途半端なプレーが目立った。
しかし、再度湘南は追いつく。1点を追いかける湘南は必死にゴールを目指すが、守りを固める草津の鍵はなかなか開かない。そんな時、ゴール前で相手DFの足に当たったボールが横山の前に。難なく横山がゴールに押し込む。まさに草津からするとアンラッキーとしか言いようがないゴールであった。
その後も湘南は攻め続けるが、何とか守る草津のDF陣を崩すことは出来ずタイムアップ。湘南にとっては勝てた試合をまたしても落とし、草津にとっては弔いを勝利で飾れなかった悔いの残る試合だった。
試合後、半分怒りながら引き上げる僕の背中越しに、雨の降りきしるスタジアム中に響く「オオニシ!」のコールが聞こえる。、と怒りも忘れ、しばし聞き入る。
それは少しセンチメンタルな気分にさせる、寂しく、だが、力強いサポーターからの鎮魂歌であり、今後の草津を支えていくという”宣言”にも聞こえた。
謹んで大西氏に哀悼の意を表します。

本文とは余り関係ないが、敷島競技場に行ったら登利平の鶏めしは食うべし。うまい!
投稿者 bellwin : 17:07
2006年07月07日
果たして僕は今後、オシムを批判できるだろうか
心底、日本サッカー協会のやることには頭にきているのだが、世間的にはオシム氏が代表監督になることは既定路線のようだ。
僕は以前より彼が代表監督をやってくれれば…と妄想をしていた口なので、本当なら今回の事は”希望の光”な訳だが、ジェフサポーターの事を思うと、そして日本サッカーの実情を思うと今回の事は悲しくなってしまうばかり。Jリーグはもはや代表の育成機関じゃないぜ!とは声高に叫びたい。
だが、そんな僕の叫びは無視され、オシム代表監督は発表されるであろうが、もしそうなると恐れていることがある。この場合の”恐れ”というのは表現としては少々大げさかも知れないが、しかしそれは確実にあり得る話なのだ。”それ”とは、誰もオシムの事を責めない&責められなくなることを指す。
ジーコはサッカー協会やマスコミからは人気が高かったが、少なくともネットを徘徊すると鹿島系以外のサポーターからは、その試合内容や人選が批判の的だった。(結果からも見るとある意味、彼らは正しかった訳だ。)
ところがオシム氏が代表になるとこの様相が一変するだろう。
なんと言ったって、Jを見ている人ならマスコミのみならずほとんどのサポーターがオシム信奉者になってしまう。あの素晴らしいジェフサッカーを代表で表現できたらアジアではぶっちぎり、世界でも互角に戦える…、などと妄想を激しくしてしまうことことだろう。つい、この前、ワールドカップで現実を見させられたばかりにもかかわらず、だ。
故に、もしどんなに戦績が悪くとも、酷く負けない限りは最後はきっとあの素晴らしいサッカーを…などと期待+希望を持ち続けるだろう。でもこれは手遅れになる可能性もある。今回のジーコがそうであったように、もしダメでも既に代え時を失ってしまうのだ。オシムなら例え10連敗しても、次を考えてしまう前向きな意見が多勢を占めそうだ。
こんな事を書くとアレだが、自分も正直自信はない。どんな事があっても”オシム万歳”状態に陥る可能性がある。まあ、それほどまでにオシムがジェフで魅せたサッカーは魅惑的なのだが。
さて、それも含めて今後のマスコミの姿勢は大事である。いつまでもJFAの顔色を伺いながら試合の論評や評価をしては日本サッカージャーナリズムの未来はない。フランスやドイツでも監督はメタメタにに叩かれていた。叩くのが良いか悪いかではなく、協会の顔色を伺いながら仕事をやってはいない、というのがこの件からも分かる。そして批判精神が少なくともWカップで優勝するまでの国を作り上げた一因なのはまちがいがない。日本のメディアもいつまでも提灯記事ばかりを書かずに、真っ向からJFAに対抗するような姿勢を持って欲しい。特にエルグラッソは今回のこの代表監督騒動になんら意見を紙面で述べていない。回避しようとする姿勢がありありだ。あれではまるで広報紙である。新聞というメディアではない。正直失望した。
そんな中、一つの記事が僕を喜ばせる。こういったメディアの自己反省はあまり見ない。しかもその論点は的を得ている。是非紹介したいので下記にリンクを貼っておく。
”サッカーファンをミスリードしたメディアの責任”
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20060627/105153/
明日は草津だ、雨模様…。
投稿者 bellwin : 23:37
2006年07月03日
中田英寿引退に寄せて
我が敬愛するKAZUが以前語ったインタビューを思い出した。
「自分がkazuであることを意識している。kazuを演じているところもある」
きっと中田英寿という希代なサッカー選手はは自分が”HIDE”である事よりも”中田英寿”であることにこだわったのではないか。そしてそれがこの日の結論であったと思う。
”中田英寿引退”、あまりにサプライズなニュースだった。
僕は、そのプレーぶりは好きだったがイチ選手として見た場合は彼に好意を持てなかった。あまりにコマーシャナリズムに乗りすぎ、その上であまりに人を小馬鹿にした態度を取りすぎるのが鼻についたからだ。「若いから」というエスケープルートもいい加減、20代も後半になると嘘くさく聞こえた。
良く彼を知る人は「本当の彼はそうじゃない」などと言うが、それは誰でも当たり前で、近親者の評価などまで低い人などはそういない。ちょっとたとえは悪いが、どんな極悪人でも愛する人からは「良い人」なのであり、その”愛する人”以外にどう振る舞うかでその人の格が決まると僕は思っている。特に中田のように注目される人間ならばそれは尚更必要で、ある意味有名税でもある。選ばれし者が背負わねばならないものなのかも知れない。こう書くとそれはあまりに酷だが。
kazuはきっとその事をとても理解していると思う。良い意味でも悪い意味でも三浦知良はkazuというものを演じることの出来る”大人”である。この場合の大人というのは、そこで打算というモノがはたらく人の事を指し、ある意味不純でさえある。これは素直と言う言葉とはある意味対極にある。しかしながらkazuは世間が作るkazuのイメージを体現することによって己を維持し、自分の気持ちを守ってきた。。そして、それは良い夫、良い妻、良い上司を演じるという、自分を守りながら社会を生きる上での必要不可欠な術ともある意味通じる。いわば大人の世界の話でさえある。
ところが中田はあくまで”中田英寿”にこだわったのだと僕は思う。彼はHIDEを演じることをしなかったし、したくなかったではないか。もしそうなら、彼はその意味ではとても素直だったと思う。世間が作るHIDEより自分の中にいる中田英寿にこだわったのだと思う。いわば生身で社会に勝負を仕掛けていたに等しい。そしてその自分にこだわる姿勢というものが世間の若者に支持された一番の原因だろう。
しかしながら世間にはそれを利用しようとする力があるのは当然で(それには良いも悪いもない、それが社会だからだ)、彼はその生身の中田英寿のままその力に乗ってしまったのだと思う。それが僕には残念だった。
そして更に残念なのは、30を過ぎた彼がこのまま自分にこだわるのか、それともある時から”HIDE”を演じるのか見たかった、ということである。もしかしたら、そのようになる自分がイヤで、この時期に引退を選んだのかもしれないのだが、それでも見てみたかった。
とにかく希代のフットボールプレイヤーがスパイクを脱いだ。こんな邪推で駄文で、そして少しの混乱の中でまとまらない文章の最後にこう書いても説得力がないが、とにかく最後にこれだけは書いておきたい。
「僕をワールドカップに連れて行ってくれて本当にありがとう」
お疲れ様でした。
投稿者 bellwin : 23:24 | コメント (0)
2006年07月02日
勝っちゃった!
ワールドカップで盛り上がっているところ申し訳ないが、湘南が5月13日以来の勝ち星を挙げた。その間、引き分けも挟まず8連敗。この勝利の価値は、例えワールドカップがあろうともその比ではないほど僕には嬉しい結果である。
何より、暑い中、走り勝ったことが嬉しい。オシムもいっているではないか「走れ!走れ!走れ!」
前代表監督のチームに一番足らなかったことである。
そして、サポーターとの一体感。この日は観客席とピッチとの一体感を感じた。正直、ワールドカップでの日本戦では俺等がいくらピッチにそれを届けようとしても、その想いは届かないような気がした。
また、この日も多くのサポーターが集結していた。8連敗のショックで来ていないヤツも多かったが、逆に危機感を妙に背負い込んで来ている人もいた。勝った瞬間、涙流している漢もいた。札幌の奴らも大勢来ていた。終わった瞬間、遠目から見ると、多くの札幌サポーターが頭を抱え座り込んでいるように見えた。単なるお祭り騒ぎが好きなだけの奴などこんなところに居やしない。少なくとも代表のゴール裏よりは遙かに熱い。
川淵さん、つまらない権謀算術を繰り広げる暇があるなら、あなたもたまにはこんなゴール裏に来たらどうですか。きっと、若かりし頃にドイツで想った事に出会えるかも知れないですよ。そしてドイツには何故広大な芝生があったのか、ということを思い出すかも知れません。良いですか、サッカーは「代表」の為だけにあるのではないです。少なくとも今の日本はそう思えるだけの風景にそこかしこのスタジアムで出会えるようになりました。
しかし、そんな風景に日常的に出会うようになったのは、あなたの功績なのでしょう。それは認めます。でも、今や、あなたの思った事以上に現場は動いています。そして、その動向は日本サッカーをより強固なモノにするには正しい方向だと僕は思います。
どうですか、川淵さん、今一度J2あたりのゴール裏にネクタイをハズして来てみたらどうですか。あなたの想いより遙かに時代は動いています。
投稿者 bellwin : 21:32 | コメント (0)
2006年07月01日
外国人枠
Jリーグである。
ワールドカップを見に行ってつくづく思った。
「現在のJリーグだったらワールドカップでは勝てない」
これは別に今のJのレベルが低い、とかをいっているのではない。(もちろん、ヨーロッパトップリーグに比べれば低いが)
要は多くの外国人と常日頃からプレーで触れていないとワールドカップなどの真の国際大会では簡単には勝てない、と言うことを切実に感じた、ということだ。
では、代表クラス全員がヨーロッパでプレイすれば良いのか、というと、そのような事を声高に言うつもりもない。現状では日本人を採ろうなどというのは、商業ベースの話が主で(同じ値段なら僕でもブラジル人やアルゼンチン人を採る)、経済的メリットが無ければ飼い殺しの目に遭う事も考えられる。また、トップリーグならともかく、2部や周辺国のリーグでは、常時試合に出られ当たりには強くなってもプレーの質が落ちる事例も考えられる。
そもそも普段見られない選手ばかりの代表というものに僕はあまり感情移入できない。たぶん、大スポンサーのキリンさんも国内で試合やるときは困るだろう。(国内組はあくまで国内での試合用の選手になるので真の代表ではなくなる)
では、どうするか。一番てっとりばやいのは、Jリーグの外国人枠の拡大、もしくは撤廃である。
こういう事を書くと、日本人が出られなくなる、との反論を頂くが、僕からすれば、それで出られない日本人ばかりなら、当分はワールドカップでは勝てないのではないか、と言いたい。何故に海外では挑戦と抜かし、試合に出られないかもしれないのにそれを積極的に支持するのに対して、国内で、”試合に出られない、出られる”などという基準でモノをみるのか不思議でならない。国内でさえ挑戦するものにしておいてもおかしくはないだろう。それともそういう論を述べる人はJリーグを安定した就職口にでもしたいのだろうか。
また、この方法を採ると、いわゆるビッグクラブと小さなクラブとの格差が広がる可能性がある。つまりは優勝出来るチームが数チームに限られる、という事だ。だが、考えて欲しい。勝ち負けがあるのだから、18チームものクラブがシーズンを通じて優勝を争うのはどだい無理がある。大丈夫、日本人は既に降格するしないの快感を十分に楽しめるところまでは来ている。降格しないことに最大のメリットを感じるクラブやサポーターも既に実在するのだ。
また、別に大金投じて超有名選手をたくさん採れと言っている訳ではない。そこそこの選手でも十分活躍できるのが現状のJリーグである。もちろん、ワールドクラスの選手がいれば越したことはないが、実際はそのような選手はヨーロッパに持っていかれるだろう。その次のセカンドクラスが数多く在籍するリーグで戦えるのなら、少なくともグループリーグあたりで、先に電池が切れるようなていたらくにはならないだろう。体格差をカバーする術を日頃から身につければ良いのだ。少なくとも、日本人の体格をより良くする、などという夢想を抱くより現実性のある強化策だと思うが。
それにしても今回の中断期間は長すぎないか。これでは7月からシーズンを初めて、降雪の問題から、1月2月を中断期間にし、来春にシーズン終了というヨーロッパスタイルにしても良かったのではないか。実際、このままでいけば、現状の春~冬制を採っても、Wカップ年は今回のような変則中断期間を設けざるを得ない。ならば、移籍などのスムーズさを得るためにも夏~春制を採るべきではないか。これが僕の2つ目の提案である。如何だろうか。