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2006年07月07日
果たして僕は今後、オシムを批判できるだろうか
心底、日本サッカー協会のやることには頭にきているのだが、世間的にはオシム氏が代表監督になることは既定路線のようだ。
僕は以前より彼が代表監督をやってくれれば…と妄想をしていた口なので、本当なら今回の事は”希望の光”な訳だが、ジェフサポーターの事を思うと、そして日本サッカーの実情を思うと今回の事は悲しくなってしまうばかり。Jリーグはもはや代表の育成機関じゃないぜ!とは声高に叫びたい。
だが、そんな僕の叫びは無視され、オシム代表監督は発表されるであろうが、もしそうなると恐れていることがある。この場合の”恐れ”というのは表現としては少々大げさかも知れないが、しかしそれは確実にあり得る話なのだ。”それ”とは、誰もオシムの事を責めない&責められなくなることを指す。
ジーコはサッカー協会やマスコミからは人気が高かったが、少なくともネットを徘徊すると鹿島系以外のサポーターからは、その試合内容や人選が批判の的だった。(結果からも見るとある意味、彼らは正しかった訳だ。)
ところがオシム氏が代表になるとこの様相が一変するだろう。
なんと言ったって、Jを見ている人ならマスコミのみならずほとんどのサポーターがオシム信奉者になってしまう。あの素晴らしいジェフサッカーを代表で表現できたらアジアではぶっちぎり、世界でも互角に戦える…、などと妄想を激しくしてしまうことことだろう。つい、この前、ワールドカップで現実を見させられたばかりにもかかわらず、だ。
故に、もしどんなに戦績が悪くとも、酷く負けない限りは最後はきっとあの素晴らしいサッカーを…などと期待+希望を持ち続けるだろう。でもこれは手遅れになる可能性もある。今回のジーコがそうであったように、もしダメでも既に代え時を失ってしまうのだ。オシムなら例え10連敗しても、次を考えてしまう前向きな意見が多勢を占めそうだ。
こんな事を書くとアレだが、自分も正直自信はない。どんな事があっても”オシム万歳”状態に陥る可能性がある。まあ、それほどまでにオシムがジェフで魅せたサッカーは魅惑的なのだが。
さて、それも含めて今後のマスコミの姿勢は大事である。いつまでもJFAの顔色を伺いながら試合の論評や評価をしては日本サッカージャーナリズムの未来はない。フランスやドイツでも監督はメタメタにに叩かれていた。叩くのが良いか悪いかではなく、協会の顔色を伺いながら仕事をやってはいない、というのがこの件からも分かる。そして批判精神が少なくともWカップで優勝するまでの国を作り上げた一因なのはまちがいがない。日本のメディアもいつまでも提灯記事ばかりを書かずに、真っ向からJFAに対抗するような姿勢を持って欲しい。特にエルグラッソは今回のこの代表監督騒動になんら意見を紙面で述べていない。回避しようとする姿勢がありありだ。あれではまるで広報紙である。新聞というメディアではない。正直失望した。
そんな中、一つの記事が僕を喜ばせる。こういったメディアの自己反省はあまり見ない。しかもその論点は的を得ている。是非紹介したいので下記にリンクを貼っておく。
”サッカーファンをミスリードしたメディアの責任”
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20060627/105153/
明日は草津だ、雨模様…。
投稿者 bellwin : 2006年07月07日 23:37