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2008年07月01日

オリンピックのオーバーエイジについて思うこと

はじめに断っておくが、僕は前から述べているようにオリンピックサッカーなんてどうでも良いと思っている人間である。

北京オリンピックの代表がある程度絞られたようだ。水野や伊野波が選ばれなかったり、森本が入っていたり、最終決定ではないにせよ、今回の合宿に呼ばれたメンバー20人が候補の最右翼なのは間違いがない。

その中でオーバーエイジ(OA)はガンバの遠藤のみが選ばれた。その他噂にあった名古屋の楢崎や神戸の大久保は各種報道に依ると、どうやら最終的にも選出されない模様らしい。つまりはOAは遠藤のみとなった。

これをもって一つの問題となるのが大久保の選出を神戸サイドが拒否したということである。特に方やガンバ大阪はあっさりと中心選手の遠藤を貸し出すのだから、そのクラブの対応ぶりの違いも含め議論になっている。

この問題の僕の結論から書けば、神戸の拒否は至極真っ当だろうということである。

怪我がちのエースをフル代表のみならずオリンピックにまで持って行かれたら、降格恐怖のまっただ中にあるクラブにとっては、許されざる状況になりかねない。いきなり協会からリーグ戦のハンデを背負い込まされたような感じだと思う。そしてその代償は誰も補填してくれない。だから神戸の姿勢は至極まっとうなものだと感じる。

2年前、同じオリンピック代表候補で福岡の期待の星だった中村北斗を無理矢理”練習試合”に呼び、あげく怪我をさせてしまったのは記憶に新しい。そしてその福岡もその年2部に落ち、今でも1部には上がれず苦渋のシーズンを送っている。もちろん、協会は責任は取ってくれない。同じく、監督を代表に無理矢理持って行かれたジェフの苦境ぶりはその最たる例だ。

特にここで問題になるのがそもそも神戸に拒否権などない、という一部意見の不見識さ。そもそも誰が給料を払って、そして何のためにその給料の後押しとなる金をサポーターと言われる人種たちは神戸に投資ししているのか。それを考えればそんな言葉は出ないと思うのだが。あくまで大久保は神戸の選手であって日本サッカー協会の選手ではない。

確かにJは当初、代表を強化しワールドカップに日本が出るために作られた面はある。だが、それはあくまでもその当時の目標であり、今のようにワールドカップがそう遠いものでなくなった時にまでその目的にJをはめるのはおかしいように思える。今や、クラブを豊かにし、そしてそこでのレベルアップに努めることこそが最も世界に近づく道だと思うのだが。

逆に僕は遠藤が心配だ。ガンバだけでもJリーグ、ナビスコカップ、そしてACLと超ハードな試合をこなせねばならないのに、そこに代表関連のワールドカップ最終予選、そしてオリンピックと、まさに引っ張りだこ状態である。いくら本人が意欲を燃やしていてもこれだけ試合をこなせばどこかに無理がくるはずだ。彼のような大事な選手を代表で精一杯がんばってもらう環境作りを構築するのも大切な協会の仕事だと思うのだが。とにかく彼がオーバートレーニング症候群や燃え尽き病にならないよう最新の注意を協会は計って欲しい。

投稿者 bellwin : 2008年07月01日 00:05