以下の後藤武生氏の意見には全く同意。
自己主張のできない、情けない日本のスポーツ界-長崎市のオリンピック立候補取りやめについて
「先生に聞いてみたけどダメでした」みたいな、小学生レベルの主張のないバカきまじめ優等生的なのがこの国なのか。
そもそもIOCは日本にとって交渉相手であって先生ではないのだけれど。
これじゃ、自立した若者を育てるなんて当分無理。このような輩が日本を支配するなら何年経とうとゴールは決まらない。交渉も出来ない小学生レベルの「オトナ」が占めるこんな国で若い代表選手を攻めるのは酷でさえある。いつまでギブミーチョコレート的な"戦後"をひきずるのか。
まことにこの国のスポーツ界にはがっかり。

どうなのでしょう?
今回の広島・長崎共同開催オリンピックのアイデアは、随分と唐突に出た感があります。
実現させるためにどれだけ戦略的に練り上げたものなのでしょうか。
現実の国際政治のみならず、日本は国際スポーツの外交・政治においても主流にいるとはいえません。
そんな中で「自己主張」したところでどうなるのでしょう。
後藤健生氏の(野球で有名な)学問上の恩師の専門は「日本外交史」「国際関係史」です。
現実の外交や国際関係は「自己主張」すればどうになかるほど「ナイーブ」なものだとの教えを受けたのでしょうか。
(「ナイーブ」も一時期の後藤氏の愛用語でありました)
仮に「自己主張」を貫いて(東京のように税金をたくさん使って)いつまでもダラダラと招致活動を続ける。
挙句にうまくいかなかったら、今度は「ガダルカナル」「インパール」にでも例えるつもりでしょうか。
(後藤氏はこの種の議論はしていないが、後藤氏に深い影響を与えた人物の一人がその種の議論の嚆矢です)
あるいは、政府とか自治体レベルの問題をあたかも擬人化して「自己主張」の問題にするのはいかがなものでしょうか?
>これじゃ、自立した若者を育てるなんて当分無理。このような輩が日本を支配するなら何年経とうとゴールは(以下略)
日本のサッカーから元気がなくなると、すぐこういった話が出てきますね。
私はこちらの方こそ、まことにがっかり、です。
後藤氏と「自己出張」といえば、『サッカーの世紀』の日本サッカーの章を思い出します。
後藤氏はこの手の話を克服して他人にも「やめろ」と主張してはずです。
しかし、南アW杯にそなえて封印を解くつもりなのでしょうか。
岡田武史氏の至らなさ、ウルトラスニッポンの応援の幼稚さ、犬飼のくだらぬ意固地さ、
あるいは川淵の俗物根性を一緒くたにして「われわれニッポン人」の話になってしまうのも、私はご勘弁願いたい。
これも、まことにがっかり、です。
ご自愛ください。
森田浩之『メディアスポーツ解体』(NHKブックス)は、こういったテーマでいろいろとヒントを与えてくれる一冊です。
それでは。