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壁面修理中の仙台駅
未曽有の災害となった東日本大震災、その被害の中心とも言える仙台と福島に仕事で訪れた。
意外と市街地は普通だった。確かに細かくみれば崩れた壁や凹んだ地面、立ち入り禁止のビルなどの地震の爪あとはそこここに見受けられたが、その傍らを腕を組んだ着飾ったカップル、チャラい格好をした高校生、そしていつもの通りふてぶてしいおばさんなどが歩いており、街中にあふれる商品群と共に東京とはさほど変わらない光景がそこにはあった。
だが、少し田園地帯、特に海側に向かうと少しずつその光景は一変する。
僕は津波の被害が直接あった地域までは行かなかったが、そこに近いところでも地割れして今も使えない道路、傾いたままとりあえず電線を通した電柱、そしてあちこちに散らばる瓦礫。災害の甚大さを物語るには十分な光景がそこにはあった。
何より福島では今も続く原発事故が人々の心の安定を妨げている。今回は仙台でも福島でも多くの人と会い、話し、酒を酌み交わしたりもしたが、特に福島の方には、この現在進行形の災害にやるせなさと憤りを感じながらも、ここで生きて行くしかないという無常感にも似たものを僕は感じた。
私が訪れた場所で直線距離で原発に一番近いところで60km。それでも風向きの関係で時にはかなり高い線量が観測されるそうで、政府や東電の発表とは実際は違うと言う御仁もいた。尋ねたある店では、地震で天井の壁の一部が崩落したが、進行中の原発事故の事を考えるといつ総員避難になるかも知れず、そんな状況下では本格的には直せないと、応急処置のままその無残な姿を晒していた。線量計を持ち歩く経営者の方もいた。更には、こんな危ないところに来てはダメと、こちらの身まで心配して下さる方もいらっしゃった。
お会いした誰もが懸命に日常を取り戻そうとしていた。仙台市中心部でさえ3週間もお風呂に入れずカセット式ガスコンロでお湯を炊き、その少ない量で身体を拭く日々は辛かった、としみじみ話す女性や、崩れた商品や棚を懸命に直しいざ営業と思ったら余震で全てが元の木阿弥に戻り、さすがにその時はめげてしまったと、いまや綺麗に商品が並ぶ店先で笑う経営者の方がいたり、誰からもここまでの苦労は半端でなかった事を感じさせた。もちろん中には家や家族に重篤の危機があった方もいた。その上で成り立っているあの日常的な風景なのだなあ、と帰り際にはしみじみ考えさせらたりともした。
だからこそ、なのだが、福島で進行形の惨事はその渦中にいる人の事を考えると何ともいえないやるせなさを感じてしまうのだ。何とか早期に良い形で収まって欲しい。
多くの方とお会いし話した中で、印象に残ったのは、誰もが普通にして欲しい、と僕らに言ってくれた事だ。災害復旧でなく単なる仕事の出張で行くことに今回はかなり僕自身も躊躇した。だが、彼らは「沿岸部はともかく中心部はいまや問題ない。だからこそ今まで通りに来て営業活動をして欲しい。災害を受けたからといって遠慮しないで欲しい」と語った。
行きの新幹線、帰りの新幹線とも空席が目立った。仙台まで通じたにも関わらずまだまだ訪れるビジネスマンは少ないのだろう。だが仙台や福島の方は"普通"を望んでいる。多くの人が訪れるのを彼らは待ち望んでいる。だからこれからは遠慮せず特別視せず、ビジネスはやっていこうと思う。それが我々の出来る復興支援だ。今はそう思う。
Jリーグの開催は4月23日からと決まった。妥当な判断だと思う。開催時期をめぐっては「サッカーどころではないだろう」vs「今こそ被災者にスポーツで力を」という対立軸もあるが、それ以上にJリーグはひとつの産業であり、そこで飯を食っているひとが大勢いる。中断が長引けばそこで働く人々が干上がってしまい、それこそ被災者支援どころではなくなってしまう。金のあるところから金の必要なところへという、今一番必要な循環を絶やさないためにも、Jリーグのみならず、その他産業でも通常営業出来るところは正常な状態へ戻していった方が良い。
その意味で、プロ野球の開催時期を巡ってのゴタゴタは興味深かった。4月13日まで開幕を待たねばいけなかった点については、私は今少し早い時期でも良かったのではないかと思っている。(ここではナイトゲームの是非については置いておく)
感情論(=自粛ムード)だけでは何も動かない。何よりお金を回さない(=経済の活性化)と支援は出来ないのが世の実情。そのためには多くの人がお金を回す"装置"が必要で、まさにプロ野球はその装置たるもの。そこが動かないのであれば復興はどんどん遠くなってしまう。論理的に考えれば早く始めたほうが良いに決まっている。
が、我々は「人はパンのみに生きるにあらず」(新約聖書マタイの福音書4章4節)で、特に今のような事態でなおかつ安全地域にいる人はパン以外の崇高な思想(これが今回の自粛ムードにつながるのだろう)に重きをおいてしまいがちになる。パンと思想の二者択一は出来ないにも関わらずだ。
実際、以下のように既に大きくパンの部分が減りつつある。
東日本大震災 レジャー施設、苦境 TDLも再開未定http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110326-00000030-maip-bus_all
記事はTDLが地震の余波で再開できないという切り口から話を始めているが、主題は『「震災後の緊迫した時期でやむを得ないが、経営への打撃は計り知れない」と悲鳴を上げている』という部分である。多くのレジャー産業や類似産業では同様であり、このように復興の元である日本経済そのものが悲鳴を上げていては被災地域の復興の原資となるお金(ex.税金)は足りなくなる一方だろう。
だから余裕の有る方、安全地帯にいる方は遊んで、必要な物も買って経済を回そう。その際にもしあなたが感じる罪悪感はお金を使うことで免罪符になると信じて使ったら如何だろう。それが間接的な支援につながるハズだ。(もちろん、直接的支援を行うのは当たり前)
但し、その"安全地帯にいる我々"という前提を福島の原発問題に遮られているのは何とも癪なんだが。
今日は朝から畑に行く。じゃがいもを植えるためだ。私の住む地域ではじゃがいもはこのお彼岸時に植えるのがベスト。今年は寒さのために少しずらそうかとも思ったが、この陽気なら大丈夫だろうということでせっせと植えた。順調にいけば6月の梅雨入前には収穫できる。
土いじりは楽しい。この1週間で多くの事が変わってしまったが、でも畑ではちゃんと季節になれば目を出し花を咲かせる植物がある。それは雑草も同じ。"春の雑草"がまた今年も私を悩まさせてくれるだろう。とりあえず土の上は不変なのだ。
その中で悲しいことがひとつあった。耕うん機のガソリンが抜き盗られていた。機械は外に出しっ放しにしており雨除にブルーシートをかけているのだが、この日はそれが剥ぎ取られていた。おかしいな、と思い、ガソリンタンクを開けてみると中は空っぽ。またやられた。実は数年前のガソリン高騰時にも盗まれたのだ。
とは言え、我が耕うん機は満タンでも1L程度で、この時はたぶん300mlぐらいしか入っていなかったハズ。そんな微々たるガソリンでも盗むほど今やガソリンは貴重なのだ。
畑から帰りの街道にはスタンドでガソリンを求める長い列が交通の妨げになるほど並んでいた。突然これほどの人が今すぐガソリンを入れなければならなくなったというのは不思議なのだが、、もしかしたらそこには僕の知らない何らかの事情があるのかも知れない。しかし前回ガソリンを盗まれた時に比べ、今回は明らかに風評でのパニック的買いだめ色が強いのではないか。そんな当世だからこそわずか数百mlのガソリンさえ盗むのだろう。
でも皆さん、ホントにそのガソリンは今すぐ必要ですか?その車列を見ながら僕の頭の中には石原都知事の発した「我欲」という言葉がよぎったのだった。
結局、会社に行けなかった震災後初の月曜日。
早朝起きるとJRの運行がほぼNGとのニュース。私鉄もダメ。この地域から都心に向かうには至難となっていた。
それでも出社準備を整え(泊まる覚悟で下着まで揃えた)、どうやって行くか思案し、あるルートが思いついたため出発。しかし駅に着くと既に都心部までは行けないとの報。この時点で諦め、自宅で待機しつつ出来うる仕事をした一日だった。
写真は昼間に出た時に見かけた光景。近くのガソリンスタンドに並ぶ車の列は一帯の道に交通渋滞を引き起こしていた。そしてどこに行っても完売の乾電池とカップラーメン。それら目当ての客が殺到したために入場制限をするスーパーマーケット。
ちょっとしたパニックが身近に起こっていた月曜だった。
まずは今回の地震でまだ見つからない方の早期救出を祈ると共に、被災に遭われた地域の一刻も早い復旧、及び亡くなられた方のご冥福をお祈り致します。
私は地下鉄半蔵門線に乗っている時に地震に遭った。九段下から神保町に向かう車両が突然止まり、何事かと訝っていると車両が揺れだした。揺れはかなり大きく続き、車内にこれはマズイなという雰囲気が一瞬漂う。1分も経ったろうか、やがて揺れが収まり少しホッとしたのだが電車はそのままトンネル内に停車したまま。その電車もしばらくすると隣の神保町駅まで回送され、私はそこで降車し地上に出た。
地下に居た時に東北で大きな地震だという事は携帯からの情報で分かってはいたが、地上に出て大勢の人が屋外に避難している姿を見るまではその異常さを認識していなかった。地下ではそこまでの揺れだとは感じなかったのだ。
そのような訳で、まだ状態が掴めない中、とりあえず本来行くはずだった御茶ノ水の商談先に向かう。そこで先に行っているハズの部下と待ち合わせをする予定だったのだ。だがそこでもエレベーターは止まっており1Fロビーには大勢の人が避難していた。仕方なく非常階段を使って客先事務所のある階に向かうと、そこではキャビネットが倒れるなどしており、とても商談どこではない状態。先方には「良く来たねぇ」と苦笑いされ、私はここで初めて今回の地震の規模が東京にとっても尋常ではない事なのだと思い知らされたのだった。もちろん商談は中止だ。
先方担当者に挨拶をして合流できた部下と共に再度避難階段を使って降り、このビルの1Fロビーで電車の復旧を待つ。この間、諸方面に連絡が何とか取れ、お互いの無事を確認する。この時点で過会社に戻ることは諦め帰宅する事を考える。実はこの時も電車は2時間もすれば動くだろうとタカをくくっていた。が、6時になっても目の前のJR駅に全く復旧する雰囲気はない。地下鉄も同様。駅員に聞いても見込みは立たないというばかり。バスは渋滞で全く役にたたない。しかも携帯は電池残量が厳しくなり、更なる緊急事を考えるとあまり使えない。つまりは正確な情報が取れず、これからどうしたら良いか見込みが立たない状態。周りの人も同様のようでただ佇むばかり。
「これが帰宅難民というやつか...」
言葉は知っていたし、もしそうなった場合のルートも一応は頭には入っていた。しかし実際に直面するとは正直思ってもいなかった。つまりは想像の範囲、いや本当は想像すらしていなかったかも知れない。
しかも吾が家は遠い。八王子だ。実際に歩いた場合はいつになることやら。
それでも、このままでは埒があかないので、部下と話し合いそれぞれ自分の家に向かうべくターミナル駅に向かう事にした。彼は秋葉原駅、私は新宿駅方面に向かうためここで別れた。幸いにも靴は比較的歩きやすい革靴。何とかなる。長距離を歩くことも趣味が山登りなので苦にはならない。
新宿へ向かう途中、交番で東京ドームが開放されているという話を聞き、同ドームを目指すがこれが全くのデマ。今回、警察官をはじめとして駅の係員も正確な情報を掴んでおらず、これに翻弄された事が多かった。
途中の道はあらゆる歩道が歩く人で溢れていた。もちろん車道は大渋滞。車は全く動かない。コンビニエンスストアは社での泊まりこみを覚悟したビジネスマンや長丁場の帰宅途中での食料等を補給すべく人々で溢れていた。特に携帯の充電池はどこも売り切れ。私も途中で数軒回ってやっと手にいれることが出来たが、情報の取得や連絡のことを考えると予備の電池の携帯常備は必須と改めて思った。
飲食店も時間が経つごとに人が殺到し始める。中には売り切れや火が使えない等の理由で早々に閉店をしてしまった店も。私は途中で寄った立ち食いそば屋でかろうじて食を得たが、少しでも判断が遅ければ食事を取ることも大変だったろう。
また、多くの方が歩道に立つ道案内を食い入るように見つめていた。多分自宅もしくは避難所に通じる道がわからないのだろう。私は仕事上、ある程度は道に詳しいのでそのような事はなかったが、普段、道を意識せずに東京で生活している人にとっては方向を得ることさえ困難だったかも知れない。
新宿までは外堀通り~新宿通りと歩き、8時30分頃到着。このくらいの距離なら私はそれほど苦ではなかったが、例えばヒールの女性などは大変だったろうかと思う。ともかくこんなにも東京に人がいるのかと思うほど人は歩いていた。
その中で最も印象的だったのが多くの人がそこまで深刻そうには見えなかったこと。そして大混乱状態でありながらそれぞれが冷静だったこと。淡々とみなさん、自らの家に向かう方向に大混雑の中歩いていた。日本人はこういうことに強いのかも知れない。
JR新宿駅では本日中の運行全て中止の旨をアナウンスしていた。そして少しでも暖かいところには人、人、人。駅員によると都庁が開放されているというので、駅にいても仕方ないので歩いて行く。だが、ここも開放されているとは言いがたい状態(後に正式に開放されたらしい)で、再度駅に戻る。前述の通り歩くことは苦にならない質なので構わないのだが、正確な情報取得の大事さは身に染みた。
新宿駅は相変わらず多くの人がいたが、京王線に向かうとそこは更に多くの人が。どうやら運転を再開するらしい。やがて10時半をいくばくか過ぎた頃、運転再開のアナウンス。その瞬間、改札前に集まった人達からは歓声と拍手、そして何よりホッとした雰囲気が漂う。
改札はフリー(つまりタダ)で入場規制はしつつも多くの人が順序良く入場する。こういうところは日本人の良さが出ていると感じた。構内には駅員だけではなく警視庁の機動隊も配置され混乱を防いでいた。
電車は全て各駅停車で徐行運転ではあったが動いているだけでありがたい。やがて誘導されたホームで電車に乗ることが出来た私は、乗車から約2時間後の深夜12時半頃最寄り駅に着き、長い長い一日が終わったのだった。
最後に、この週末のJリーグが全て中止になったのは至極真っ当な判断だと思う。また、今後も電力の供給が厳しいようであれば次週以降も中止になってもやむを得ないとも考える。湘南も練習場が海沿いにあるため練習は全て中止になったらしいが、今はサッカーよりも復旧だろう。今後1週間、自らも含め国力が問われる日々になるである。政治家はくだらない政争を、そして我々も懸命に作業をしているその道のプロの人達を聞きかじった知識だけで非難をしている場合ではない。
公衆電話に並ぶ人達(新宿駅前にて)
小田急新宿駅改札側に佇む人達。
京王線新宿駅改札前にて電車再開を待つ多くの人達。
今年で50回目だという八王子祭。2年ぶりに行ってきた。
僕が子供時分にはあまり行ったこともないしたぶんここまで規模が大きくなったのは最近。お祭り好きの中坊時代も僕も含め「行こう」とかいう盛り上がりもなく騒がなかったぐらいだから。
雰囲気は先日行った祇園祭りに似ている。山車が街を練り歩くのも共通点。ただし伝統と格式が違うのは仕方ない。それでも八王子の各山車も100年単位の歴史があるようだが。
しかしすぐ近くにこういう祭りがあるのは良い。ああ、夏だな、という思いと共に故郷というのを再度考えさせてくれる。
しかし、いつでも八王子があれぐらい活気ある街なら素晴らしいのに。
2日連続の早朝サッカー観戦はきつい。おかげで今はまぶたが重い状態。その疲れを背負ったまま行ったのが東京国際ブックフェア。昨年までと景色が一気にかわりデジタル書籍元年にふさわしい盛況ぶりだった。
同フェアは従来書籍などの翻訳交渉を国際的に行う場なのだが、日本語という壁もあり東京のブックフェアは出版社の宣伝ブースオンパレード的な色彩が強かった。
それが今年の主役は電子書籍。あのgoogleが初めてブースを出展したこともあり物凄い人・人・人....。同ブースなどは中に入るのはもちろんアンケート用紙を貰うのも一苦労状態だった程の盛況ぶりだった。
もちろん、コレまでも電子書籍に関するブースは出展されていたが、今年はipadを初めとした電子デバイスの充実に伴い、本格的に普及のデジタル元年と言われる出版界では、これらの波に乗り遅れまいとする人々が右往左往。そしてその波の真っ只中に同展示会が開催されたのだからこの盛況ぶりも判るというもの。その雰囲気はまるで身に迫った危機に対して何かにすがろうとする信者の如くだった。
本のデジタル化に関しては今でも出版界の中でも懐疑派と積極派に分かれるが、どちらにせよ今の出版不況を何でも良いので打ち破ってくれる救世主が欲しいという業界の空気が強く、この流れが今の"デジタル書籍元年"ブームを作り出しているのも事実。しかし実態は...。ブーム先行の感が強い。
反対に従来の各出版社のブースは本の安売りブースとなってしまい、ブックフェア=即売会会場となり、それぞれが販売合戦を繰り広げている。それが果たしてよいのかどうかは判らないが、読者からすれば通常価格の2割引ぐらいで新刊なども買えてしまうので有意義ではなるだろう。出版社にとってはいったい何のためのフェアだか全くもって不明になりつつある。そのため以前は出展していた出版社も数多くが参加をやめてしまった。この辺りも現状の混迷振りをあぶりだしている。
このブックフェア、今度の日曜まで東京ビッグサイトでやっています。
googleブースには近寄ることも困難な程でした。
平塚で失くした財布がお台場から出てきた。
先日、外出時に勤め先から電話が入り、警察から財布が拾得されたとの連絡があった旨を伝えられた。その警察とは何と東京湾岸署。すぐに織田裕二の顔が浮かんだが、妄想はともかくとして早速同署に電話を入れると、見つかった場所はお台場のデックスビーチ、財布の中に現金はないがカード類や免許証などは残されていると教えられる。
そして夕方、仕事を切り上げ同署へ向かう。遺失物係の人は織田裕二というよりはスリーアミーゴスだったが、その遺失物係で渡されたのは確かに自分の財布。中も現金以外は全てある。発見時のことははっきりとはわからなかったが、特に拾った人の名前もないところをみるとゴミ箱にでも捨てられており清掃係の方でもが気づいたのだろうか。ともかく外観上は先ほどまで自分のカバンに入っていたかのような何事も変化ない財布だった。
それにしても平塚総合公園で失くした財布が東京お台場で見つかるとは...。相模湾と東京湾を渡って流れ着いたとも思えず、誰かがこの財布を(スラれたか置き引きかはいまだ判らないが)盗み、財布ごとここまで持ってきて金だけを盗って捨てた、と考えるのが自然だろう。カードや免許証に一切手をつけず、しかも現場から遠い場所で捨てるということを考えるとそれなりのプロの仕業かも知れない。
どちらにせよいえるのはあの湘南サポーターで賑わうスタジアム周辺にも盗人はいるということ。サポーターだけがあそこにいるわけではなく、あのような場所にもそういう獲物を虎視眈々と狙っている輩がいるという事実は間違いない。
因みに僕が失くした(盗まれた)場所はメインスタンドの外。選手達がバスで入場する辺り。そして時間帯はちょうど湘南の選手がバスで到着した時間帯。その到着を迎えているその時に事件は起こったのかも知れない。皆さんも気をつけてください。
事件は現場でおきているんだよ~
前回のエントリーで出版不況の一端を紹介し深く嘆いた訳だが、そのような情勢下だからこそ+ワールドカップ前ということもあり、サッカー書籍&雑誌の発売が賑やかしい。正直、当サイトでも追いきれないくらいで新刊情報をアップするのも面倒になる。
出版の世界というのは、出版社が取次(本の問屋さん)に商品を収めてしまえば、出版社の売り上げが立ってしまう(再販価格維持制度に伴う出版流通の最大の弊害であり利益でもあった)ので、「経営的にマズい!」とか「来月は今少し売り上げが欲しい!」とかなると、その出版社はバンバン出版をしてしまう癖がある。すると今ならたくさん取次にたくさん入りやすそう(もちろん時事モノだから売れる可能性もある訳で)なワールドカップ関連などをうっかり企画して出版してしまうのだ。
取次はさすがにそれでは堪らない(書店に送品するだけでも大変だ)ので売れなさそうな商品は受入数を減らす→するとそれでは出版社は売り上げ目標に行かないので更に別の企画を出版して補う→もちろん他の出版社も同じようなことをする。→すると巷に本が溢れる→本が売れなくなっている(昨年はついに2兆円という大台を割った)というのに商品点数はやたらと増える→書店の手間(納品・返品作業)がかかるようになる→コストが増大する→商品売れない+コスト増大=書店経営の危機→本屋が減る→売るところが減れば出版社の本当の売り上げ(納品-返品=実売)も減るので、更に出版をしてとりあえず見せかけ上の売り上げを稼ごうとする→最初に戻る。
なので、かつてに比べれば盛り上がりに欠けるワールドカップ前だが、書店店頭だけは何故だか盛り上がってしまうというという現象が起きる。
もちろん、こんなことをやっていればいつかは破綻が来るもので、それが今の出版不況といわれるものの構造的原因になっている(出版不況には更に広告収入の落ち込みという面も加味されるが)。
僕のようなフットボールジャンキー及び活字中毒者にとってはこのような多くの本の発売は喜ばしい限りだが、上記のような状態を考えると喜んでもいられない。(正直、なかには売り上げ確保のための"出しただけ"的な本も多いし)
このような負のスパイラルにある出版界だが、更にはアメリカから来るであろうkindleやipadといったデジタル革命に右往左往しており、その様子はまるで幕末の黒船騒動のよう。その原因は①この黒船が不況の出版ビジネスの救世主になる可能性があるかどうか②これら黒船に日本の出版界(出版社)が乗っ取られてしまうのではないか、という2点。実際、攘夷派と開国派的な意見対立も業界内にはあり、TVの「竜馬伝」を見ているとかつての話とは思えなくなってしまう(笑)。
という訳で混迷の中にある出版界だが、当サイトはこれからも良サッカー書を見つけて紹介していきます。でもこれだけ発売されると更新は少し遅れるかも(最初に戻る、笑)。
参考サイト
[出版状況クロニクル]
