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2002年5月26日
試合前6時間前と言うのに既に代々木門に並ぶ列は千駄ヶ谷の駅を超え、代々木駅方面まで延びる。天覧試合だからということだろう、ダフ屋が全く駅前には見あたらず、その代わり警察がいつも以上に多く警備も物々しく、そんなことからも国立での対スウエーデン戦はW杯本番が近いことを思わせる雰囲気だった。
試合に関しては顔見せ興行と最初から割り切って見に行っていたため、それ程不満は無いが、小野の不調は試合開始と共にすぐに分かるほどでこの点が心配である。また攻撃全般に関しては長年左中心に来たためか、服部がチャンスメークをする(せざるを得ない)面が結構あり、このチームにはやはり左は攻撃的な選手をあてがう方が機能すると思えた。
更に一番の関心事だった守備はヨーロッパ遠征時よりは安心して見ていられた。あの失点はスウエーデンの攻撃を誉めるべきだろう。最後の5分は先日の対ノルウエー戦の1点目(FKからのオフサイドトラップを見抜かれ2列目からの飛び出しによる失点)を修正するためには最高のシチュエーションも幾度も見られ、その修正も満足出来るものだった事にも安心させられた。
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久々の国立聖火。
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さて、ちまたを賑わすチケット問題だが、私もご多分に漏れずその余波をもろにかかっていた。
とにかくTSTチケットが全く届かず先週はかなりイライラしていたが、週末になりやっと到着。配送業者のDHLに御願いし、郵便書留に回さずに配送所止めにしてもらい、そこに取りに行くというかなり面倒な事をした。一刻でも早く手に入れた方が精神的に落ち着くことを優先し、面倒でも代表の試合へ行く前に片道40分を時間をかけ取りに行ったのである。
これで国内3次販売を除き全ての試合のチケットは手に入ったのだが、あまりにいい加減なバイロム社と、そんな業者を選ぶ腐ったFIFA、そして何を質問しても型どおりの答えしか返せない役人体質のJAWOCにはほとほと呆れた。こんなホスタビリティのかけらも無い奴らに牛耳られているワールドカップとは一体今後どうなるのか、今一度時間があれば考察してみたい。みんなが楽しめるハズのワールドカップなのに何かが間違っている。
そしてまだチケットが届かない方々には心から同情する。その手にチケットが届くまで諦めず、ねばり強く交渉して欲しい。私も先週&先々週は帰宅後にWCTBへ抗議と確認のメールを書くのが日課だった。しつこいと思われようが情けなくなろうが関係ない。自分の権利は納得いくまで主張すべきだ。がんばれ、皆さん。
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2002年5月17日
ワールドカップ代表メンバー23人の中に秋田の名前があることには正直びっくりした。それを持ってして全てを語る事は出来ないが、トルシエは最後には気持ちと躰の強い男達を優先して選んだのだな、と感じさせる人選だ。
私は自他共に認める俊輔ファンだが、彼の落選はがっかりではあるが驚きでは無い。残念だが居場所が無いのだ。センターMFではやはり復調した中田への信頼度にかなうはずも無く、左サイドではやはり小野が光る。さりとて代表のサブメンバーとしての役割を果たすだけのメンタリティは、メディアを通じての彼の発言を読むとまだ持ち合わせていないように私には映る。特に私は、コスタリカ戦での俊輔コールに単純に「嬉しかった」と言っているようでは代表のメンバーとしては失格だとも考える。こんな発言をしているようでは代表にとって最も重要な"for the team"という精神が欠けているとしか思えないのだ。それがファンに対する感謝の念から出たものだとしても、である。良い選手であるだけに発言にも代表の誇りを見せて欲しかった。
全体のメンバーの中で当落線上と言われた選手の選考を見ると、冒頭にも書いたがやはり運動量の豊富さとフィジカルの強さを基本に選考が行われているようにみえる。秋田などはその典型の選手。フィジカル勝負にあれほど頼りになる選手は日本には他にいないだろうし、ボランチの福西もやはりその系譜だろう。(同様に中村より小笠原を選んだのも同理由では?) そして名波のようなコンダクターは前回の試合にて途中までは見事な操縦ぶりを見せた戸田(やはりファイタータイプ)でまかなえる。通じて言えば比較的論理的な選考と思える。ただ、唯一疑問なのは僕にとっては三都主なのだが(代表の戦術にフィットしているとは思えない)、やはりあの突破に期待を寄せてしまうのは仕方無いか。
無論、トルシエの選抜に疑問も無いわけでは無い。ただ、私は既に1年前のコンフェデレーションカップ時に今度のW杯はトルシエに任せたと決めている。そうと決めた以上ぐちゃぐちゃ言うのは今更代表の利益になるとは考えられず、また私の美学に反する。今は彼の決めたことを前向きに捉え、心からの応援することが代表を1勝でも多く勝たせるための最善の策と考えている。
だからこの代表メンバー発表の日に私はあえて言いたい。
これからワールドカップまでは応援する方も"for the team"を考えて欲しい。特定の個人への応援ではなくまた非難でもない。チームへの応援でありチームへの叱咤激励だ。"全てはチームの勝利の為に。" 私の切なる願いである。

チケットセンター内。正面がカウンター。
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2002年5月15日
ワールドカップチケッッティングセンター、通称キオスクに行って来た。今日からオープンである。
掲示板にも書いた通り私はインターネットでのWCTBのLast Minute Salesに参戦したのだが、狙った大阪での準々決勝が例の"10分限定"に阻まれ、最終画面まで到達出来ず撃沈した。ただ念のためカード会社に聞いて見ると何と請求はきっちりと来ていると言われ???は募っていたのだが、このもやもや感を払拭するためにもダメもとで、仕事で近くまで行ったついでに同センターに立ち寄ってみたのだ。そして結果は○(マル)。どうにも不思議な気持ちでもある。ホントにちゃんと席はあるのだろうか?何か今回のWカップも、チケットに関しては思いっきりトラブルの予感がする。4年前の悪夢が蘇る・・・。
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今回は更に同様な状態の方がいらっしゃるとも限らないので、このインターネットでの申し込み時の状態を次に書き記しておく。
私はその日、www.fifafaticket.comへの何度目かのアクセストライでやっと例の地図の画面に到達。で、長居にマウスを当てると準々決勝有りの緑ボール。早速次の画面へ。
カテゴリー2で1枚と選ぶと意外にもすぐに現在あるチケットの座席位置が表示される。この段階で制限時間10分のカウントダウンが始まる。ろくに確認もせずに申し込み画面へ。
ここでは結構次の画面に変わるのに時間がかかり、素早く個人情報を入力するが残り1分少々。またまた確認もせずSUBMITボタンを押す。
しかし待てど暮らせど画面は変わらず。そうこうしているうちに、タイムアウトの表示。最終的に画面は変わらず諦めてブラウザーを消す。
ただ翌日念のためカード会社に問い合わせしてみると見事に請求有り。最終画面(握手の絵という噂)は見られなかったのだが・・・。とにかくこの事実により希望をち発券初日の15日まで取りあえず待ってみた。
そして今日、カードを機械に差し込むと発券された、という顛末である。
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チケット発券機。至ってシンプル。
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チケットセンター(東京フォーラム)はとても目立たない。建物の入口に案内をするボランティアらしき方がいるだけで全く表示が無く、例え近くまで辿りついたとしても閑散としているため、素通りしてしまいそうである。センターの場所自体も何かわざとひっそりとしたところに構えたという気さえするぐらいのマイナー度である。
チケットセンターの入口にはガードマンらしき人やスタッフがおり、中に入ると奥にカウンターと数台(4台?)の発券機がある。カウンター内と発券機の周りには白人と日本人スタッフが同数程度おり、その方にやり方を教わりながら発券をする。ただ、チケット発券機自体は至ってシンプルでカードを入れる口と確認モニター、及びチケット吐き出し口のみというシンプルな作り。カードを差し込むとすぐにカードは戻され、しばらく経つと液晶画面に自分の申し込んだチケットの種類や枚数などが表示される。その表示内容でOKならばそのまま待つとチケットがペロッと出てくるのだ。この間3分もかからない。無論、身分証明書の提示など求められることもなかった。
チケットセンターはガラガラであった。僕が最初訪れた時は何故か決勝ラウンドが発券出来ないようで、システム復旧作業のため発券が中断されており30分程度見てから再び来てくださいと言われた。そこで頃合いを見計らって再び赴くと、復旧したばかりか少し待つ列が出来ており並んだが、10分程度でセンターに入場でき、前述の通り無事チケットを購入する。帰るときにはまた訪れる人もまばらな寂しい場所になっていたので、混んだのは復旧後のあの一瞬だけだったようだ。ちなみにチケットを入れる袋は備え付けていないので最低でもチケットを入れるものを持っていった方が安心だ。
取りあえずこれで僕のチケット騒動の一つは解決された。あとはいつまで経っても音沙汰の無いTSTチケットと3次販売分のみである。それにしても果たして開幕までチケットは間に合うのか?
ついでに昨日の対ノルウエイ戦についだが、試合内容は"ぶざま"としか言いようが無い。
つまりは最高にモチベーションが高く体調が万全で無いと、ヨーロッパの中堅どころ以上にはアウエイでは惨敗してしまうとういうのが今の日本の実力なのだろう。(低いモチベーションでキリンカップなどに来た外国チームも、試合に負けてもああまでホームの日本に対し惨敗はしていない。イコール、そのレベルよりは日本は下なのだ。)今回のワールドカップは地の利やモチベーションの違いもあるので勝つ可能性もあるが、どちらにしろ現在は相対的にはまだその程度のレベルである、という事が良くわかった1戦だった。
更に付け加えれば、トルシエが代表発表に出席しない事に対して、的はずれの非難を大事な紙面を使って大々的に繰り広げているメディアも、今はそのような事に関心を持っている時では無いと少しは分かってくれただろうか。この現実からその報道姿勢がこれから数週間だけでも変わることを祈るばかりだ。無論、日本代表の状態が上向くことを祈る方が同じ祈るならより必要だが。
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2002年5月4日
ついに、というかやっと、というか、僕の手元にもワールドカップチケットがやって来た。国内販売分である。朝、郵便箱を開けるとそこには緑封筒の本人限定受取郵便到着のお知らせが届いていた。早速郵便局へ出かけチケットの入った封筒を受け取る。受け取りは問題なく終わったが、本人証明である運転免許証は見せるだけでなく、コピーを取られたりやたら七面倒くさい。聞くところによればFIAFのWEBで買ったチケットはあっさりと宅配便で渡してくれるらしい。日本だけが生真面目に物事を進め、大元であるFIFAはかなり適当であるようだ。この辺にも日本の優等生ぶりが表れている。果たしてこれは国際社会という面で見たら歓迎されるスタンスなのだろうか?
気づいた方にはアレだが、右記のチケット、日本対ロシア戦のチケットである。カテゴリー2という範疇だが、席は通常の試合のゴール裏と呼ばれてもおかしく無い2階のコーナーフラッグラインである。この席は1万2千円という金額に見合うのだろうか?
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やっと届きました。思えば長かった。
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話は変わるが、個人的には湘南の今の出来にかなり落ち込んでいる。先日もホームで1−4という屈辱的な点差で負けてしまいサポーターグループが怒り心頭、試合途中に応援を放棄し帰ってしまうという、湘南では前代未聞な事まで起こってしまった。私的には試合途中でどんなに頭にこようと帰ってしまうのは、それが欧州で当たり前だと言われても、僕のメンタリティには合わない。彼らの心情も分かるが、”一緒に戦う”といいながら帰ってしまうのは、もし実際に戦っているピッチ上の選手が頭に来て試合途中で帰ってしまってもそれはそれで許すというのだろうか?
そんな中、私は一部の残ったサポと声を合わせて応援したが、その後もチームは反撃できずタイムアップの時間は淡々と迫り、その状況に応援しながら情けなくて泣きたくなった。酷い惨敗である。試合後は罵声やら力無い励ましの拍手やらの中で、何処にこの思いをぶつけたら良いかわからない重い雰囲気だけが残った。でも最後まで残った人も途中で怒りながら帰った人もそこにあったのは”チームを支えたい”という真摯な思いだけだと思う。翻ってそれが果たして今の代表の試合にはあるのか?罵声や口論がそちこちであるような観客席の雰囲気は確かに好ましくないが、少なくとも真剣な”勝たせたい”という互いの思いのぶつかり合いがそこにはある。それが見受けられない現在の代表の試合に僕はどうしても危惧を抱いてしまうのだ。くどいようだがあのような雰囲気でワールドカップは勝てるのか?それも含め、カテゴリー2で12000円という金額は果たして見合うのだろうか?
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2002年4月17日
代表の試合でスタジアムで怒りを覚えたのは久しぶりだ。選手にではない。監督にでもない。サッカー協会やマスコミにでもない。サポーターにである。
明神の偶発的な1点により押せ押せな我が代表。尚も相手を攻め立てる。まさにいけいけ状態。前半途中でトップ下が小笠原から森島に代わったことによりMFの守備力・攻撃力とも増し、ボールも良く繋がる。左サイドの三都主もこの時間になりフィットし始める。ここでもう一押しすれば追加点。選手交代の必要性はMFには感じない。そんな時、ゴール裏からは「シュンスケ」コールがわき起こる。やがてそれは場内全体に伝染し、スタジアム中から「シュンスケ」コール。そしてそれが大きな固まりとなってスタジアム中を覆った時、、選手は一瞬集中を欠き、若い相手FWに同点ゴールを喰らってしまう。あのコールによって選手の集中力を萎えさせたといっても過言ではない。
僕らはスタジアムにアイドルの興行を見に来ているわけでは無い。生死よりも大事と言わしめるフットボールを見に来ているのだ。しかもWカップ直前。僕はワールドカップで勝ち抜ける強い我が代表を見守りサポートするためにスタジアムに足を運んでいる。
サポーターの意味は文字通りチームをサポートするから”サポーター”である。試合の流れが読めないような場違いなコールによってスター選手をおねだりし、状況に集中出来ないような環境を作り出す奴はサポーターでも何でも無い。そんな奴らはサッカーを見たいわけでも愛する我がチームを見たい訳でも無い。TVスターが見たいだけだ。宝塚劇場でスターを見るのと同じように競技場でいつでもMYアイドルスターが見たいだけなのではないか。
こんなサポーターが大勢を占めるようではワールドカップの一次リーグ突破も危うい。ホームでやれるこのワールドカップはその勝利の行方にスタジアムの雰囲気が大きく左右するだろう。状況を読み切った上でのサポーターの声援が大きく勝利に貢献するだろう。翻ってこの日、ゴール裏でこのコールをした方はWカップまで後50日を切ったという今この時期というものをどのように考えているのであろうか。もうワールドカップは目の前なのだ。この時期で興行を楽しむ余裕など無い。ホントのサポートをすべき時期だ。それなのにこの状況では全く危機感が乏しいと言われてもおかしく無い。スタンドは嘆かわしい状況である。
2002年4月16日
土曜、磐田対清水戦をTV観戦。甥っ子が来ていたせいもあり、集中して見たとは言い難いが、テレビの向こうのスタジアムには何か圧倒的なものが欠けていた。その「何か」とはなかなか言い難いのだけど、なんというか「磐田勝っても最後は結局鹿島でしょ。」というような今の強さを反映できないリーグシステムに対して僕の心の冷ややかさがその端にあるのかなあなどと
思ったりする。僕の気持ちの上ではこの対戦はすべてにおいてチャンピオンシップのプレマッチに成り下がってしまった。
試合も磐田の強さを確認しただけの試合だった。早いとこ本気出せよ鹿島。
ちなみにこの甥っ子、この試合中継中に4度もTVを消して喜んでいた。殴りたいほどかわいいのぉ。(まだ1歳半)
日曜日はこれまたTVで仙台と浦和戦を観戦。TVマイクの方向の問題からかやたらレッズサポの声が拾われている。
スタジアムは圧倒的に黄金色なのに。>NHK、謀ったか?
試合は前半のみ激しい当たりとスピードにあふれ面白かったが、後半以降はばてばての消耗戦と化し、僕のあとの興味は双方の
応援歌合戦となる。延長開始を待つ間の仙台サポの「セイリング」の合唱とそれをとらえるカメラワークはかっこよかった。
NHKもたまには良い中継をする。
夕飯を食いながらオランダリーグ:PSV対フェイエノールトを観る。フィリップススタジアムの雰囲気も素晴らしく、小野も最初のうちは前に後ろに目立っていた。が、試合途中の接触プレイの後は小野らしくないパスミスの連続。軽い脳しんとう状態だったようだ。また、フェイエノールト自体の出来も(特に後半は)集中力欠如のヘロヘロ状態で、小野がいるせいか最悪時のレッズを思い出した。
就寝前にはセリエA:インテル対ヴレッシアを観る。ヴレッシア、良いサッカーを展開する。中距離のパスをダイレクトでつなぎ
省エネルギーでゴール前に運ぶ術は見ていて楽しい。こりゃ、もしかしたらインテル負けるか?と思っていたら、いましたよ、怪物君が。
点を決めたシュート自体はそれほど凄いなあなどとは思わなかったが、その前のドリブルでの突破やスピード、そしてその中に細かいテクニックを織り交ぜるというまさに怪物技を持つ彼は、待っていましたとばかりに終盤に2得点。ロナウドの復活したブラジル、Wカップで日本と当たらないことを祈るばかり。
(日本が決勝トーナメント1位通過を確信し、宮城スタジアムのベスト16マッチを3次販売でゲットした男の日記より)

歓迎の国旗?
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2002年4月07日
昨日の夜から降っていた雨も上がり思いのほか晴れた日曜日、久々に横浜国際競技場へ行って来た。
いつもの小机駅に降り立つとスタジアムまでの道筋が変更されており、思いっきり遠回りになっていた。しかも階段がやたら多い。行きはまだばらけるから良いのだが、帰りはかなり集中し、この階段がボトルネックになりそうだ。(実際帰りは予想通りの状況だった。)あれ、かなり危ないと思うのですが、横浜市さん。一時的にああしているのならいいんですが。
スタジアム横ではワールドカップ出場国の旗が既にぼろぼろになるぐらいたなびいており、正面入口上にはここで試合をする出場国の巨大な旗が飾られている。やはりワールドカップ決勝の地ということで何故か箔がついたような感じにこの日の横国は見えた。パチリと一枚正面入り口の写真を撮った。(左参照)
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そんなこんなで、スタジアムに入るのに少々時間を費やす。今日の観客の入りは良い。私が着いた時には既にホームゴール裏1階は満員。2階も結構埋まっている。一般的には俊輔の国際ラストホームだとかいう噂もあるが、それにしても昨年も同対戦を同じスタジアムで見ている身としては不思議な感じがした。その時は確か1万5千人も行かなかったような・・。この日は3万を超えていた。
いろいろ迷ったが、空いていたアウエイ側のバックスタンドで見ることにした。
試合は横浜DF陣のひょんな連携ミスから大阪に1点が入り動き出す。どちらもムービングサッカーとでも言うべき”動くサッカー”で見ていて面白い。横浜も昨年までの”ボールは足下で回るがちっとも人間が動かない”、というサッカーとは決別したようで、スペースへの動き出し、また2列目からの上がり、そして素早いDFと、見違えるよう。特に奥がボランチとして攻撃面で効いており、清水も豊富な運動量で相手DF陣を振り回す。それにつられて本来の良さを上野も俊輔も醸し出しており、さすがジュビロ出身者は違うな、と関心ひとしきり。これじゃ磐田は強いはずだと変に納得までしてしまった。
ガンバも攻められながらもDF陣の頑張りと、そこからのカウンターがなかなか鋭く、決して防戦一方という感じでは無かった。結果的に延長でVゴール負けを喫してしまうが、ちょっとした運があれば勝てていた内容だったと思う。また、見るのを楽しみにしていたマルセリーニョだが、この日はなかなかフリーにさせてくれず(上野のディフェンスが効いていた。)、サイドでフリーでもらう得意の形は1度のみ。それでもその技術の高さと視野の広さは確かなものであることはわかり、ガンバの攻撃の起点となっていった。また密かに僕は新井場の方がマリノスの波戸より代表では面白いと思うのだが如何だろうか。
試合終了後、俊輔のインタビューが会場に流れたが、皆さん、結構スタジアムに残って”何か”を期待していた。無論、ごく普通に”今後もがんばる”と述べたに留まった訳だが、彼はホントにレアル・マドリッドに行くのだろうか?こんなに面白く強いマリノスを見られたのも何年ぶりかとも思うのだが、その中核が抜けてしまうのは残念だ。果たしてこの試合は僕が彼のプレーを見られる最後の試合になるのであろうか。
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2002年3月31日
まだ日が落ちると寒い日曜の夜、しかも予報は雨。更にスタジアムに屋根は無く、その試合はヴェルディ戦。対戦相手も波に乗れない柏レイソル。こんな試合、誰が見に行くんだ?と思っていたら、つい国立競技場に出かけてしまった。そしてスタジアムに着いてみれば何とも予想した通りの9000人に満たない観客数で寒々しい観客席と、わざわざ来たお客を追い払うかのように雷雨の仕打ち。僕はこのさむーい国立競技場に来たことを悔やんだ。
元来雨男の僕は、試合が始まると同時に降りだし、終了と共に止んだ雨の事などでいちいちめげはしないが、やはり巨大なスタジアムにガラガラのお客さんというシュチエーションというのは気が抜ける。雨も試合時間を重ねるごとに勢いを増し、ハーフタイムの頃は雷も鳴り出す始末。試合に集中出来るシュチエーションでもないので、「帰ろうかな」という考えが頭を支配するが、躊躇しているうちに後半が始まってしまう。(実際ここで帰った方も多かった。)
そうこうしているうちに柏が点を取り、この日のヴェルディの出来からしてこれで決まりだろうと思い、今度は本気で帰り支度をしていると個人的に期待している北島が投入され、「ちょっと見ていくか」となってしまい、ついには最後まで見てしまった。しかし結果も最初の一点のみで決まり、しかも試合的には殆ど見所無しのハズレ試合だったのだから救われない。雨以上に自分の選択ミスを恨む。
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雨のガラガラ国立競技場。
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ちなみにエジムンド、昨年見た程の衝撃度が無し。体調がまだ不十分なのか。既に限界なのか。
北島は迷っている様子。切れは無い。
レイソルでは大野と平山が以前より目立つようになってきている。この日も2人とも積極的で、特に平山の頑張りは賞賛したい。
東京ヴェルディは重傷。まったく何がやりたいのか不明。降格候補NO.1。
それにしてもヴェルディはいつもの立派な屋根付きスタジアムがあるのに何故この日はわざわざ国立競技場で試合を開催したのだろう。理由があれば聞いて見たい。雨に濡れた雨男のお客として。
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2002年3月24日
私が通う平塚競技場は平塚総合公園内にある。この公園も日本の他の公園同様、たくさんの桜の木があり、満開になったこの日は
非常に多くの人で賑わっていた。
どの木も枝振りが見事で、自分もスタジアムに向かう途中、珍しくのんびりと花見などしてしまい、俺もなかなか風流だね、などと一人悦に入ったりもした。
しかし帰りは試合内容の不甲斐なさに帰宅一直線。無論桜なぞ見る余裕も無くなった。
それを予想してか行きがけにスタジアム近くで一枚の桜の写真を撮った。出来れば帰りもこの桜を堪能できる心理状態にして欲しかった。ひどい負け試合に春の風景は似合わない。心だけが殺伐とした帰り道だった。
湘南ベルマーレ、5試合戦って未だ1勝。今シーズンも苦しいところから始まっている。
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春よ、来い。
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2002年3月21日
東京地方は嫌に暖かく、そして風の強い1日だった。桜も狂い咲きのように既に満開状態。何かがおかしいこの地球だが、この日の代表も何かがおかしかった。
選手にとってはこのウクライナ戦はW杯出場へ向けて絶好のアピールの場。また僕ら周りもそういう目で見てしまうのだが、それがこの日のチームとしては逆効果だったような気がする。選手は自分のアピールばかりに先走り、チームとしてのまとまりという観点ではむしろ落第点の試合ではなかったか。
特に前半は一見してバラバラだった。むしろウクライナの方がチームとしての戦術(中盤でパスを回し、一気に前線へボールを蹴りこむ)がはっきり見え、その確かな技術力と共に良いイメージを僕に与える。
翻って我が代表は中盤でのプレスはかわされ、バックスのラインもわざとかギザギザライン。しかも裏を取られまくるは、こぼれ球への対応も中途半端だわで機能していない。これらはアピールしたいがための両サイド上がりまくり状態が続いたためである。また、深い守備からでも攻撃に繋げようとするDF陣の意識は賞賛に値するが、それも時と場合である。自陣ゴール前でも繋げられることなど披露しなくとも良い。クリアすべきところは素直にクリアして欲しい。そうでないとこちらの心臓がいくつあっても足りない。
更に前線の選手は個人プレーが多くボールの周りが悪い。新戦力のアレックスのスピードは予想通り魅力的だったが、引いた相手に対しての有効性はあまりない。個人での突っかけが多く、チームとして有機的だったかと言えば疑問符が付く。逆サイドの市川の方がチームとしては機能していたようには思えたが、彼もあれだけ上がりまくっていると守備は心配になる。この両ウイングの参加するする攻撃は魅力的ではあるが・・。
後半はそれでも機能し始める。無論中心は小笠原と中村。特に小笠原の出だしは上出来。でも消えている時間もアントラーズでの試合と同様多すぎる。俊輔はやっと戻ってきた。やはりこのチームでやる場合はアレクッスに比べ一日の長がある。これから楽しみだ。
・・と、ここまでは文句を並べたが、W杯へのアピール試合と言う観点から見れば、十分収穫もあった。前述の選手に加え、ボランチ福西もまずまず無難にこなし、ここでの選択肢の一つに仲間入り出来る可能性が出て来た。ボランチ候補の戸田・稲本、そして明神達の競争は熾烈だろう。その他の中盤も選ぶのに苦労する。中盤全体で中田・名波・山口という3人の才能しかいなかった4年前とは大違いである。贅沢になったものだ。
今回は他のチームメイトに対する競争心が良く見え、そういう意味ではアグレッシブな試合ではあったが、次はチームとしてのまとまりのあるアグレッシブさを見せて欲しい。それが実現されれば、この日見られた”個人の力”と本来あるチーム戦術が高いレベルで融合するハズだ。もしかしたらトルシエはそれを狙っていてこの日のような”戦術”をしたのかも知れない。そうだとしたら空恐ろしい監督だが果たして・・。
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2002年3月12日
自分が花粉症にかかっていることを除けば非常にのどかな週末。
土曜日は平塚、日曜は東京スタジアムへと観戦に出かけた。
本来なら日曜は家でのんびり過ごすはずだった。東京スタジアムでの試合が
BSデジタルTV(BS-i)でしか中継されないことを知るまでは。
今年からTBSが独占放映権を獲得したようで、それによりJリーグの放映権収入も
跳ね上がったらしい。これはこれで金無しクラブを応援する身としては、
分配金が増えるであろうから、「良くやったJリーグ!」なのである。
が、肝心の放映が無い。いや無いわけでは無い。地上波で無いだけで、
BSデジタルでは放送はあるのだ。
しかしそんなもの誰が持っているんだ。少なくとも僕の周りにはいない。
そもそもBSデジタルなんて将来性あるのか?
これもBSデジタル普及作戦の一環なのだろうが、それに乗って将来性が不安視されるモノに
投資出来るほど僕も裕福ではない。でも試合は見たい。見に行くしかないか・・・。
そうか!これはそんな奴をスタジアムに足を運ばせる為のJリーグの陰謀でもあるのでは
ないか?うーむ、何ということだ。
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下のFC東京のゴール裏と比べると 尚のこと寂しいヴェルディサポ席。
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ということであっさりこの目論見(どの目論見かはわからないが)に引っかかり東スタへ向かう。
(案外東スタが近いということもあったんだけど。)
試合は悪いながらも磐田が押し切った、というような内容で、ヴェルディはマルキーニョ
以外は攻撃をする気が無いのか、まったく迫力無し。磐田も前半は練習、とでも言いたげな
のんびりペースで、少なくともハーフタイムまでは暖かい東スタの中で眠気を誘う内容。
こりゃ観戦に来たのは失敗だったかなと思った後半、ジュビロが俄然やる気を見せ
(というよりヴェルディが寝た子を起こしてしまった、と言う方が正しいか。)
最後は小競り合いまで演じてくれて、終わってみれば見どころも結構あった底値よりちょい上の90分だった。
この日の東スタでは案の定、ジュビロ側から席は埋まっていった。試合開始後もその傾向は顕著に
見られ、気がつけばアウエイゴール裏は満員御礼、ホーム側はガラガラという主客逆転現象が
起きていた。ヴェルディにとっては今に始まったことではないだろうが、ここまで露骨だと
懸命に動員を計るフロントもやる気を無くさないか心配である。
結局はJ発足当時の馬鹿な上層部を持ったことを恨むしかないのだろうが、
それにしても現場は気の毒だ。
TBSも今のサッカーファンを舐めたような独占放映権の行使を早いところ止めないと
あとあと響くかも知れない。サッカーファンに一度嫌われるとなかなか元には戻れないという
事実はこの日の東スタゴール裏に良く現れていた。ゆめゆめお気をつけ下さい。>TBS様。
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代表の応援より凄いよ。こいつら。
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2002年3月03日
この開幕のJ1の平均観客人数が19610人。昨年を更に上回る数字である。盛況と言って良いだろう。なのに、マスメディアの取り上げ方には首を傾げざるを得ない。「Wカップを42試合やる」などと妙な自慢を宣伝している民放&NHKのニュースの取り上げ方など酷くて見ていられない。特にNHKのサンデースポーツなどは「Jリーグを日本代表の視点で見る」などと宣言する有様。トップニュースで取り上げた野球のオープン戦(”練習試合”をトップで取り上げるのもどうかと思うが。)と混同しているのか、試合内容の解説より代表候補選手のここまでの出来具合のみを分析するなどというのは一体、公共放送としてのメディアの意味をどうとらえているのか。
J1のみでも156,876人という数の観客はWカップの事のみを考えて試合会場になんぞ足を延ばしていない。自分のチームを応援したい、もしくはサッカー自体を純粋に楽しみたいという人間の総数なのだ。そうでなければWカップチケット応募で煽った昨年の入場者数を開幕試合で上回るハズなどなかろう。何故一地方の仙台があれほど熱狂的な応援を繰り広げられるのか、マスコミは理解出来ないのだろうか。
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はっきりしてきたのはこの国では一般の観客の方がマスメディアよりも先にサッカーを見ると言うことを理解し、地方文化の復権を切に願っているということと、そしてこの国にスポーツ文化や地方の文化を根付かせない最大の障害はマスメディアであることの2点である。
そういえば、東京一極集中を非難し地方分権を励賛するのは、そう言いながら東京を離れようとしないキー放送局であるし、スポーツの商業化を嘆き悲しみ、アマチュアリズムを賞賛するのは、巨人戦のチケットなどを餌に拡販をはかる大新聞社だった。分かっていながらあまりに悲しくなるこの日のスポーツニュースだった。
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2002年3月01日
今年もJリーグが始まる。
Wカップイヤー、しかも地元開催という滅多に体験出来ない年のリーグ戦。メディアも、普段Jリーグなど興味の無い
方からも多くの注目を集めることだろう。それが全くリーグ戦そのものよりも、”代表につながる”という奇妙な好奇心
に基づく注目だったとしてもメディアからJリーグの話題には事欠かないはずだ。少なくともWカップまでは。
さてそんな中で僕もめずらしく順位予想などしてみようと思う。
まずはJ1のファーストステージから。
1位 清水エスパルス
2位 ジュビロ磐田
3位 鹿島アントラーズ
4位 柏レイソル
5位 ベガルタ仙台
以下略。
清水の1位は何となく、である。戸田がチームの中心としてその本領を発揮し、アレックス・市川の両ウイングはこのW杯前は
張り切ってすばらしいプレイを連発するのでは・・ということから。あえてDFの怪我人の多さには目をつぶる。
磐田と鹿島はがんばってくれないとW杯に困るからこの位置にした。特に鹿島の柳沢に日本FWはかかっていると思われるので
活躍して欲しい。でも鹿島はスロースターターなのと本山がどこまで出来るかが不安なので、ホントはもっと低い順位になるかも
知れない。逆にジュビロは名波が帰って来れば一気に優勝へ突き進むかも知れない。しかし、服部が出られないのが痛すぎる。
仙台はあのスタジアムの雰囲気がこの辺まで順位を押し上げる可能性があると考えた。逆にそれが無ければ降格候補の筆頭。
しかし仙スタならベガルタは確実に12人になる。
問題はDF陣。昨年を見る限りではザルだった。が、小村の加入により少しはマシになるのでは、とも期待する。でも小村だからなぁ。
ちなみに降格候補は京都とヴェルディ東京、及び札幌、仙台あたりか。特にヴェルディ、開幕直前に他チームサポにまで年間チケットの勧誘に走るようでは先が思いやられる。え、試合と関係無い?いやいや、そういうことはチームのムードを左右する。
がらがらの東スタで降格決定か。
セカンドステージはまた別の機会に予想したい。
続いてJ2年間順位。
1位 セレッソ大阪
2位 アビスパ福岡
3位 大宮アルディージャ
4位 湘南ベルマーレ
以下略。
巷の開幕前選評では昇格候補として湘南のショの字も出ていないが、一応サポとしてはこのあたりにおいとかないと・・(以下略)。
やはりセレッソはずば抜けているだろうし、福岡だって、主力が抜けたとはいえ、ロペスやらビスコンティ、さらにはノ・ジュンユまでがいるとなるとやはり並のJ2チームとは違う。J2は強力なFWがいる・いないでは大きく戦績が変わる。大宮の3位というのもそのことによる。他チームサポとしては、このFWの衰えに期待するほか無い。
川崎だが、今年もチーム編成を大きく変え、試行錯誤を繰り返している。確かに石崎監督、やり手だが、チームが毎年こんなに
大きく変わっては果たして?専門誌などでは評価が高いが、僕は今年の川崎には否定派だ。この体制と選手が来年も続けば
かなり強いとは思うが。皆さんの予想はいかがであろうか?
と言うわけでサッカー三昧の週末がまた始まる。
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2002年2月24日
昨年まで発売されたサッカー関連本をデータベース化する、という宣言を書いて早2週間。ようやく半分完成した。現在は2001年から99年までの刊行物を検索できる。近いうちに98年モノ、そしてHP速報時に抜けていたと思われる書物を追加していきたい。尚、コメント等は基本的にその当時当HPに書いたモノをそのまま転載しただけなので、今となっては少々おかしいところがあるかも知れない。もし、そのようなところが見つかったらご一報を。また、2002年のものは現在のスタイルを踏襲するので、これらは今のところは検索等は出来ない。次年度収録予定です。。
検索方法は一般的な検索エンジンと同じで、書名や著者名、キーワードなどでヒットする。また、こちらで指定したジャンル等で一覧表示するのも可能。検索エンジンはKENTさん制作のモノを使わさせて頂いた。是非ご利用下さい。
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表彰式に向かう清水の戸田選手。
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さて、今年初観戦のXEROX SUPER CUPである。スタジアムはいつもの国立だったが、席はいつものBACK STANDでは無かった。MAIN STAND、しかもSS席、更にセンター最前列である。
いわゆる招待席だったのだが(仕事関連のさる筋からのモノです。)、すぐ横の通路はチャンピオンズロード(あの表彰台に上がる通路)である。根がミーハーなので試合よりその後の表彰式の方が気になる。しかもそれに向けて周りの警備員がうざいのだ。試合中も気になる。さすが高い席、警備は厳重である(皮肉デス)。
そんな訳で試合にはあまり集中出来ないまま観戦した。しかし集中出来ないのはそれだけでは無かった。試合そのものも集中力を維持するにはきつい試合ではあった。シーズン前、それなのに連戦、という悪コンデションの両チームなので仕方は無いが、シーズンに向け、ちょっと心配になる出来だった。本山の今年の出来も気がかりだ。
しかしやはり生の観戦はすばらしい。やっとリーグが始まるかと思うと心も高ぶる。そんな気持ちのまま、試合前に場内に流されたJリーグ10年の記念VTRを見ていたら、不覚にも感動した。毎年のことながら今年もシーズンが始まる。それだけがただただ嬉しいこの土曜だった。
P.S.表彰式の時不快な事があったのでここに記す。
SS席センターの中段辺りに居た30代と見える子連れの親父よ。あなたの行っていたことは泥棒です。表彰式から降りてくる選手に握手を求める振りをして、戸田のユニフォームを盗ろうとしたり(戸田に肘一発で拒否されたケド)、市川等の手袋を奪い盗ったりするのは、同じサッカー好き親父としては許せない行為。もしもう少し席が近ければ(そして腕力が僕にもう少しあるならば)胸ぐら掴んで殴ってやりたかった。どうしてああいう馬鹿は居なくならないのだろうか。悲しい国立初SS席の経験だった。
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2002年2月03日
現在、必死こいて過去の書籍の整理しています。データベース化を目指しています。そのため当日記を書くための頭が働きません。決して書くネタに困ったとか、スポーツ新聞の「三都主」一斉賛美に眉をひそめるとか、ベルディの坂田社長は中沢を潰す気かい?とか思ったりとか、俊輔のレアル入りに疑問符だらけだとか、だから言ったろ川口!だとか、湘南の今シーズンを密かに期待したりとか、プロ野球パリーグのイエローカード試験導入にププッと思ったりだとか言うわけではありません。(Jリーグの開幕は待ち遠しいのですが。)
ごく一部の方でこの日記を楽しみにしている方がいらっしゃるかもしれませんが今しばらくお待ち下さい。ちなみに筆者は2月23日のゼロックススーパーカップが今シーズンの初観戦になるはず。それまでにはデータベースも完成しているでしょう。たぶん。
2002年1月14日
NHKの「行く年来る年」でもいきなり横浜国際競技場である。世間が騒げば騒ぐほどどうもワールドカップと言うモノが当たり前のような大会になってしまう感がある。この番組がそうだったという訳では無いが、最近のマスコミにおける同大会に対する幼稚な取り上げぶりを見てげんなりするのはサッカー馬鹿の悪い癖か。
そんなことを書いていて言うのも何なのだが、僕自身がワールドカップというモノを意識したのは何と「おにゃん子クラブ」からである。
86年ワールドカップ当時、大学1年だった僕は、暇な夕方は”夕焼けにゃんにゃん”なる番組を良く見ていた。特に入れ込んで見ていた訳では無い。おにゃん子のファンと言うわけでも無い。ただ何となく見ていたレベルである。
この番組にはこの「おにゃん子クラブ」の他にメインに「とんねるず」が出演していた。当時とんねるずは帝京高校の野球部(タカさん)とサッカー部(のりさん)出身のコンビということを売りにしており、推察の通りのりさんはサッカー担当である。
そしてこの2人がワールドカップ開催時は盛んにそのことをバラエティ的話題として取り上げていた。当時はたぶん地上波(しか無いけど)でもそれほど中継は多く無かったのだが、この”引っ張り”により僕も意識して同大会を見るようになったのである。たぶん彼らが番組で取り上げなければ、僕は大会を見たとしてもニュース映像程度だったであろう。
その後再び僕はサッカーを見なくなった。ただこの大会のマラドーナだけは異常に良く覚えている。理由は言うまでも無いが。
それから再びサッカーを見るのは90年のイタリアワールドカップである。この大会もあの86年のあの「夕焼け・・・」での取り上げが無ければ見たかどうかは怪しい。当時からサッカー自体には興味はあったが(やっていたのもあったが。)その程度の興味しかなかったのも事実なのである。ただこの90年からはJリーグ創設の機運もあり、坂を転げ落ちるようにはまっていったのだが。
そんな”普通に”しか興味が無かった僕も今ではこんな(笑)になってしまった。その原点はもしかしたら「夕焼けにゃんにゃん」かも知れない。その何気ないバラエティ番組が話題にしなければ今僕は「こんな子に育ってはいなかった」かも知れない。だからか、バラエティ的にサッカーを取り上げることを僕は一概には否定できないのである。
確かに今では酷い番組内容や、馬鹿な質問を浴びせる勉強不足のアナウンサー、そしてにわかサッカーファン芸能人の急増には、はっきり言って腹立たしいことの方が多い。自分のポリシーを考えろだとか、ワールドカップだけで無くJリーグも注目しろなどとも言いたくなる。しかしこの国ではサッカーはまだ空気では無い。いやスポーツ全体でさえそうである。以前より”アイテム”度としては高くなったがそれでもまだまだ底は浅い。そんなスポーツというものに対しての”空気”=”文化(野球も含め)”が薄いこの国では、一人でも”見方”を作る道半ばの現状では、多少のくだらない”仕掛け”も仕方ないのでは無いだろうか。”見方”が増えればきっとこんな番組は作らなくて済む、そう思って制作しているマスコミサイドの人間もきっといるはずだ。そうでなければ絶望だが。
単純に、海外はこうだとか比較するのも結構だが、まずは日本の現状と言うのを認識しつつ、許容できるものは許容したらどうだろうか。(無論、おかしい思うモノには抗議は必要だが。)他国との比較というのがこの国の人はとっても好きだが、そもそも立地地点が違うのだ。行き過ぎの批評や抗議は控えたい。
そんな風に思い、年頭からのワールドカップ馬鹿騒ぎ番組に堪え忍んだのであった。
2002年1月2日
懐かしい歌手が目玉になるという人々のノスタルジーに頼るようではその役目も既に終わったとしか言いようが無い「NHK紅白歌合戦」を見た翌朝は元旦、それはイコール第81回天皇杯決勝の日。そしてそれは2002年の始まりを意味する。
たぶん僕らサッカーファンにとって一生忘れることの出来ない2002年。理由は言わずもがな、少なくとも僕の生きている間は2度と開かれないであろう母国でのワールドカップがあるから。
盛り上げようとか、世界との友好なんていう理屈臭いことはどうでも良い。楽しもう。心から。そして勝ってやろう。世界って奴に。鼻をあかしてやろう。常識って奴に。卑屈になることは無い。自信を持とう。とにかく前へ行こう。進もう。勝ち抜こう。
2002年、特別な1年が始まった。今年もヨロシク。
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