
明日は最大のカーニバル。
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2002年6月29日
いよいよ明日でワールドカップが終わる。
先週、大阪でセネガル−トルコを観戦した頃は韓国問題もありワールドカップに少々飽きていたが、
準決勝のチケットが偶然にも取れ、浦和美園駅に降り、色々な国の人間が駅前に
たむろし、交流している姿を見ていたらその気持ちは再び変わった。
そこでは皆が人種を問わずフットボールを語っていた。
やはり、ワールドカップは世界の祭りだ。素晴らしい祭りだ。それが祖国で開かれたというのは
とんでもない幸運だ。今更ながらのくさい言葉だがサッカーは世界に繋がっている。それをこの荒涼とした埼玉の駅で実感した。
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たぶん、明日の新横浜にも準決勝と同じように、決勝に進出する両国のみならずいろいろな国の方が集っているだろう。
決して安くはないチケットなのに、無理してでもそれを買い、そしてはるばる日本まで
旅をしてきた様々な国籍の人たち。目的は一つ。サッカーを見に来ただけなのだ。そのためだけに世界中から人が
集まっている。信じられないけどこれは事実だ。
そう、フットボールはこんなにも世界の人を動かす。そして、こんなにも世界中を夢中にさせるほどフットボールは素晴らしい。
ワールドカップは最後の最後で私にその事を再度教えてくれた。
私は明日、チケットを持っていなくとも横浜に行く。なぜなら私もフットボールに夢中だから。フットボールが人生だから。だから行く。理由はそれだけで十分だ。
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2002年6月27日
ひとまず韓国騒動が終わった。
掲示板にも書いたが、実は直前になって韓国へ行くのを止めた。
仕事の都合ということもあったのだが、何より行きたくなかった。
"テーハミングコール"なぞ聞きたく無かったのだ。
ライバル国の陶酔状態など見ても面白くも何ともない。
国粋主義者だとか、差別主義者
だとか言われても構わない。
(自分は違うと思っているが。)
そんなもの"聞きたく"ないのだ。
その素直な自分の心に従ったままである。
そんな訳で韓国には行かなかったので、伝聞でしか
かの国のことは分からない。
もともと見たことしか責任を持たない性分なので、
そのいわゆるスタジアムに見に来ているお客さん(サポーターでは無い)の問題や
空席の問題、そしてサッカーでなく韓国"のみ"見に来ているという韓国人の
国家主義的気質などは何ともコメント出来ない。
(それらの現象の根幹は日本でも皆無とは言えないのではないかとも思っている。)
ただ、TVから醸し出されるあの雰囲気は何か熱い!というより怖いのだ。
60年前に日本もかかったあの熱病に近い雰囲気を感じてしまう。
裏返せば、我が国でも未だ起こりうる可能性がある全体主義の臭い。
そんなものを感じてしまった気がする。
そう、これは我が国でもあるかも知れない。だから嫌いなのかも知れない。
ただ、韓国チームは賞賛には値する。
プレー自体は私の好まない体力勝負のサッカーだが、
それをワールドカップで出来るところが素晴らしい。
ベスト4のチームとして妥当か、と問われれば疑問符が
かなりつくが、もともと今回のベスト16でもその名誉ある権利に
値するチームは少ないと思う。
その中で最も運が良かったのが韓国及びドイツトルコそして
ブラジルなのだろう。
無論 運も実力だ。くだらない誹謗中傷しか書けない
馳星周氏はそれがわからないらしいが。
それにしてもメディアの言論統制の雰囲気にはがっかりする。
臭いものに蓋、腫れ物には触らないという事なかれ主義がまかり通っている。
これら言論には呆れてものも言えない。
少なくとも誤審問題が起きていることをベタ記事以上で取り上げるべきだ。
そして韓国を応援しよう!という世論誘導をするより、
なぜ今回のワールドカップがこんなつまらないものになってしまったのかを
議論すべきだ。
更に書かさせていただけばその"応援しよう!"だが、どこを応援しようがそいつの勝手だ。
その意見を言論機関で述べるのも構わない。
だが、なぜどのメディアも同じように特定の国に限って"一緒に応援しよう"などと
キャンペーンを張るようになってしまうのだ。
このこと自体が全体主義につながりメディアの自殺に等しいこと
をやっているということをどうして分からないのだ。
例え共催相手だとしてもそれを押しつけるのは甚だおかしい。
この国においてメディアはワールドカップ報道に於いては
大本営発表が盛んに行われていた時代となんら変わっていない。
この事実が最も恐ろしい。

大阪行ったらやっぱココは行くべし。
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2002年6月23日
長居スタジアムの周りでは幾人もの人がポータブルTVを持ち寄り、そこを囲み様々な人種の人々が耳をそば立てていた。3時半から行われた韓国でのスペイン対韓国戦の結果を誰もが気にしていたのである。そして試合終了。韓国の勝利。その瞬間、一部の日本人はそれを祝うかのごとく「テーハーミングッ」と叫んでいたが、大方の空気は「何故?」という微妙なもの。正直に言おう。私は韓国の敗北を祈っていた。スペインの勝利を期待していた。そして結果を伝え聞いた瞬間、私の心の中でも言葉では言い表せない何か嫌な気持ちがこみ上げてきた。
かつてトルシエがフランスの新聞に日本がベスト8に進出するのはワールドカップの権威を失墜させると語ったという。そして今回の韓国のベスト4という結果を見るとその言葉をそのまま引用したくなる自分がいた。果たして現在の韓国はワールドカップのベスト4というランクに相応しいのだろうか?いや確かに結果が全てだ。素晴らしい快挙だ。ただ、どうしても納得出来ない今の私の気持ちがある。これは単なる妬みなのだろうか?それともこれはやはり差別的感情なのか。
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サッカーはブランドで見るモノでは無い。ホームアドバンテージというものの存在も十分理解していると思っていた。サッカーとナショナリズムの関係があればこそワールドカップは面白いとも思っている。国同士の対決はその威信を懸けたものでもあるはず。それはそれで素晴らしいことだと認識もしている。ただ、韓国のここ数戦を見ているとどうしてもワールドカップの悪い面ばかりを見てしまったような気がするのだ。何が何でも勝とうとする国家の威信や民族の誇りが全面的に出過ぎており、そしてそれは他国から見るとかなり奇異に見えてしまう。何かこう韓国ばかりが不器用なくらい頑張り過ぎてしまっており誰もそれについていけない、そんな白けた雰囲気が今回のワールドカップを覆っているように思えるのだ。悪い意味での”一人勝ち”という言葉が当てはまる、そんな大会に見えてしまう。
ただ、あの韓国の威信を懸けた雰囲気が特別な訳では無い。他国同士でもいや国によってはリーグ内でも遺恨ある戦いには異常なまでにその威信が問われ、狂気の中試合が行われていたりもする。それが韓国で起こっているだけなのだ。単にこれがかの国で起こっているため、私が拒絶反応してるだけなのかも知れない。でも言おう。正直韓国という国家が恐い。何か他のものとは違う。あの雰囲気は好きにはなれない。
アジアのフットボールは今後何処へ行くのだろう。サッカーが国威発揚の場だけ盛り上がる国が勝ち上がり"アジアの盟主"を名乗るようでは未来は無い。
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2002年6月20日
あまりの酷さに呆れたため宮城スタジアムについて特別に記す。以下はあまり愉快な文章で無いことはご容赦願いたい。
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既に試合終了1時間。 雨の中ひたすらバスを待つサポーター
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一日あけての宮城スタジアム訪問記についてである。
あまりに悪名が高いのでどの程度かと思い、ある意味期待して
行ったのだが、予想以上だった。
これはもう酷いとしか言いようが無い。
以下の3点からである。
厳しい言い方だが宮城県はワールドカップを誘致する実力は無かった。
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まず立地だが、どうしてこんな山奥に作ったのか一度宮城県の責任者に聞いて見たい。
どの最寄りの駅からもシャトルバスで25分。
とても歩いて行ける距離では無く、つまり試合当日にシャトルバスを
手配しなければ観客はスタジアムに行くことが出来ないという有様。無論、Wカップ以外では駐車場も解放されるようだが、そこへたどり着く道は一本道のため、特にいっときに集中する帰りの渋滞は必死。
山の上のスキー場から帰る車の渋滞を思い浮かべてもらえれば良いだろう。
(スキー場なら山の中に作らねばならないがサッカー場は・・・。)
この日は仙台駅から地下鉄にのり泉中央駅でバスを待つこと1時間近く。
12時45分に仙台駅に着いたのに、スタジアムの座席に座ったのは
なんと3時である。
作りも酷い。
私はバックスタンド中段に座ったのだが、観客席の斜度は緩く、横浜国際の1階なみ。
これで陸上競技場兼用なので遠くのサッカーを平面で見ているような感じである。
更にメイン・バックは屋根はあるがゴール裏は無し。その屋根も変にデザインをしたおかげか、
メインの前列に対しては全くの無意味。
トイレの数も座席数に対し少なすぎる。
椅子の足回りが少し狭い。カップフォルダーも無い。良いところは、無い。
これだけ酷いスタジアムであるのなら主催者側も相当気を遣わなければいけないハズだが、
これまた運営もまずかった。僕の行った今回のワールドカップ会場では最悪の運営だった。
まず、泉中央駅からシャトルバスに乗るのだが、前述のように異常なバス乗車待ち列。
これはこれで仕方ないかも知れないが、少なくともあとどのくらいでバスに乗れる等の
アナウンスが欲しい。さも無いと寒い雨の中、いらいらしながら待っている乗客は
情報が無いため更にいらいらし出す。実際、既に行きのバス待ち列で係員に食ってかかる人も
いた。
帰りもバス待ちの列はいい加減。途中から列が出来るようコーンがあるのだが、
その前はぐちゃぐちゃ状態。それを整理するなり、観客に情報を与えるなりの運営が本来は必要だが
ただ待たされるだけ。まったく列が進まないのに「ゆっくりお進み下さい」ではそりゃ切れる。
ちなみに僕はそのぐちゃぐちゃ状態を待っている間にいつの間にか最後尾になってしまい、
かなり切れ、係員に食ってかかってしまった。あまりに酷すぎる運営だ。
また、スタジアムに入るのにも一番時間がかかった。
これはバスという手段でのみ観客がこのスタジアムにくるので時間が集中し、
それにより異常に長い列が出来たのであろうと推測する。
他には雨が降っていたという理由もあろうが、それにしても入場に際して待っていた時間も長く、席に
着く前に既に疲れはててしまった。
運営側はこれでも努力したと言うのだろうが、最初からあれほど立地条件の悪いところを使うのなら
最初からかなりのことをしなければならないとの認識があったはず。
しかし往路だけとっても他の都市と比べ、最低の運営だった。
たんに並ばせて運ぶだけだったら、ものは簡単だ。
要はこのスタジアムはW杯のようなビッグイベントの使用には耐えられないものなのだ。
このような観客のことを全く考えていないスタジアムというもの珍しい。
たぶん、どの主催者もこれだけ評判が悪ければ使うことを躊躇するだろう。
箱もの行政の典型的な例である。
たぶん、私は2度とこのスタジアムに行くことは無いだろう。
これまで私の訪問したスタジアムの中で最悪のスタジアムである。
宮城という県は仙台スタジアムという日本最高峰のスタジアムと、宮城スタジアムという世界最悪のスタジアムを
持つという希有な存在の県であった。
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2002年6月19日
負けた。
日本は圧倒的に押しているように見えた。もしかしたらトルコに持たされていたのかも知れない。
それでも勝つチャンスはあった。いや、勝てる試合だった。だが結果はベスト16で敗退。これによって
フィリップ・トルシエが作った我が代表の4年間もエンディングを迎えてしまった。
2002年6月18日、日本代表の2002年ワールドカップは終わった。
先発メンバーには私も驚いた。よく"勝っているチームはいじらない"と言われるが、改革者のトルシエは
己の信念を通すかのごとくそのセオリーも無視し賭けに出た。しかしこの賭は失敗した。それは結果となって現れた。
西澤は前半こそポストプレーに走り込みに威力を見せていたが、微妙に他のプレーヤーと呼吸が合っていない。
しかも後半は早くから相当ばてているように見えた。終盤惜しいシュートを外したが、既にあの時点では
身体が浮いており、ゴールネットを揺さぶるボールを蹴るのには難しいように思えた。
アレックスは確かに効果的ではあったが(防ぐので精一杯の対面のトルコの4番が試合中、
DFリーダーに対応の指導を受けていた)
、少し持ちすぎるきらいがある。私は以前アレックスの代表選出に軽い異議を唱えていたが、
ドリブルでも抜けず、効果的なクロスも上がらないようでは前半で代えられても
仕方は無い。
この2人を先発で使うというトルシエの賭は不発に終わり、それは必然的に敗戦という事実で帰結した。
全ては結果なのだ。
宮城がトルシエジャパンの最後の戦いの場となってしまった。
さて、この敗戦を経ていくつか議論がネット上でも繰り広げられているが、その中の意見で自分なりに奇異に感じたものが
あったので反論したい。
それは、この試合を見て日本代表に気迫を感じない、韓国代表に比べて迫力が無い、さらにはサポーターのサポーティングも
なっていない、などという輩が結構いたことにだ。でもちょっと待って欲しい。
少なくともこの試合において終始選手同士の声は出ていたし、その動きには鬼神のごとく感じるものがあった。
また、スタンドも日本(いや世界的に見ても?)ではめずらしくバックスタンドも前半から総立ち状態での応援だった。
ちょっと前のようにコールはゴール裏にお任せという雰囲気では無く、どこからでも発生し、そのためバラバラになりがちながらも
そこには統一感とはまた違った自分で何とかしようという感情が溢れていた。
少なくともあまりにマスゲーム的なしかもお決まりのような声援よりすばらしさを感じた。
サポーターがものすごく自発的になってきているのだ。
だから、この試合も"淡々と進んだ"などということは断じて無い。もしあるとすればそれは見ていた方が気持ちのどこかで
試合を淡々と見ていたからでは無いか。確かにスタジアムでもそういう風に見られている方はいた。
(ただ、それは個人の観戦法であり攻める気は毛頭ない。)
更に書けば、韓国代表のあのスピリットを我が代表に欲しいなどという意見もあるがこれなど無理な話。
それを植え付けるのにはまず僕ら一人一人が日頃の性格を変えねばならない。少なくとも代表はその国の国民性に立脚
するものである。我々日本人は感情をあまり表に出さず、どんな事にも淡々と事を進めるのが特徴でもあり、
それは良い面である場合もある。そしていつも謙虚であり、時にそれは自信が無さげにも見える。国民性としては、
俗にいうクールなのだろう。
韓国民は我々から見れば大げさなほどに感情を露わにし、はっきりものを言い、そして時に過剰とも言える程自信を持っている。
その土壌の上に韓国代表は成り立っている。
だからあのようなともすればいきすぎのパフォーマンスを繰り出す程ファイティングスピリッツ溢れる
チームになっている。
でもこれは少なくとも我が国の土壌には合わない。
上記のような批判をする場合は少なくとも自分も含めた意味で代表という我が国を代表するものを批判して欲しい。
自分自身に立脚した批判で無ければそれはただの評論であり、金子達仁や村上龍らとなんら変わらないスタンスでは無いか。
もし日本代表を韓国のようにしたければまずは自分自身が変わらねばならない。
そして周りを変えねばならない。
他国に比べ代表に覇気が見えないように感じたなら、それはあなた自身の問題やその周辺の社会環境の問題でもある。
彼らはピッチ上ではとんでも無い超人だが、素顔はあなたの周りの友人や会社の同僚、そして部下と何ら変わらない普通の
日本人である。だからこそ"代表"なのだ。
まあ、私は今の日本が少なくとも韓国よりは好きなのでこのままで良いと思うが。
ともかく、我が代表はひとまずこれで終わった。しかしまだワールドカップは続く。ワールドカップが終われば
待ち望んだJリーグも再開される。そして代表も、まずはU-21代表がアジア大会を目指して動き始める。
サッカーは続く。
そしてこのワールドカップを通じてサッカーに興味を持った人も大勢いる。
そんな彼ら・彼女らを一人でも多くJリーグのスタジアムへ向かわせれば、日本サッカーは更なる幸福な時代を迎えられる
ハズ。
それを促すのが日本代表の更なる活躍を期待するサッカー馬鹿の責務である。
ワールドカップが全てでは無い。しかし全てはそこにつながる。それが現代フットボールの定めだ。
もっとサッカーで夢を見よう。
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2002年6月16日
不思議に思うであろう。ローティーンの子が赤十字の旗を背負いスタジアムに向かう様を。それとも好印象を持つのであろうか、若い女性のグループがベッカムの名と背番号が入ったイングランドレプリカユニフォームをお揃いで着込み、かの選手がボールを持っただけでその黄色い声援を送る様を。果たして、はるばる極東まで来たイングランド人は、自分たちよりよほどばっちりと決めたアジア人のイングランドサポーターで溢れかえる新潟スタジアムでどんな思いを抱いたのだろうか?
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ずらりと並ぶイングランド国旗。
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ワールドカップも決勝トーナメントに入り、この日私は新潟スタジアムへ向かう。昼時の東京駅はそのスタジアムへ向かう観客で既に賑わっていた。時間が早いためかあまりイングランド人のサポーターは多くは無い。無論、デンマーク人など見かけもしなかった。
列車を一本待ったお陰で自由席の座席を確保出来、悠々とビールを飲みながら新潟駅へ着く。改札口へ続く階段の上にはゴールマウスが飾られており、なかなか心憎い演出。駅を出るとそこは既に人でごったがえしており、取りあえずへきそばを食いに街へ繰り出す。2階建てのその店はTV(無論、ワールドカップ中継中)のある1階は既にビールのみで動かないイングランド人で占められており、我々は2階の座席でビールと共にそばを食した。うまかった。
その後、少し露店のバッタ屋をひやかしながらシャトルバスへと向かう。ちなみにイングランドレプリカ5000円(ベッカムもの)、イングランド国旗1000円というのが相場らしい。どちらも飛ぶように売れていく。無論買うのは日本人ばかり。皆さんそれを早速着用し、お陰で街もスタジアムも"日本人"のイングランドサポで占められてしまう。
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たぶん、イングランド人にこれはファッションだ、と説明しても分かってもらえないだろう。逆説的に日本代表レプリカで占められるスタジアムも皆ファッションで着ているのかと質問を受けたとしてもそれを否定するほどの材料を僕は持っていない。これは日本サッカーの未来図に暗い陰を落とす現象なのかも知れない。イングランド国旗でも日の丸でもファッションで背負ってしまう僕ら日本人に未来はあるのだろうか。
さて、私の新潟スタジアム訪問は2回目だが、やはり見やすく素晴らしい。今回はバックスタンドのセンター付近ということでピッチも見やすく好試合を期待したが、結果はデンマークの自滅だった。個人的にはデンマークのサッカーの方が優れているように思え、そのシステマティックは動きには目を見張った。4−3−3というか4−3−1−2というべきかその専門で無いので不明だが、FWのうち2人が両ウイングに大きく張り出し、センターFWとトップ下?の縦の動きは誠にダイナミズムに溢れ、攻めるときはそのサイドのMF,DFとも上がり、バックスは3人もしくは2バックを組んでいるように見え、攻撃的しかもセンス溢れるそのコンビネーションは見ていて楽しい。少なくともイングランドのサッカーよりも楽しい。しかしそれでもデンマークは負けた。GKの下らないミスでそのすばらしさを私に堪能させる前に前半のみで負けた。でもそれがサッカーなのだろう。
この結果に対アルゼンチン戦の時ほどでは無いが、やはり千人規模で新潟を訪れたイングランド人と、数万人規模の日本人イングランドサポを大喜びさせた。後半途中からはゴール裏の通路でイングランド人が肩を組みながら行進を初め、やがてそれはスタジアム全体で始まる。日本人も楽しそうにその輪に加わる。試合そっち抜けでお祭りである。少数のデンマーク人は既に何処にいったのかその陣取っていた付近も分からなくなってしまった。この夜のこの時間はイングランドの領土になった新潟だった。
試合が終わり少し待ってから帰路につく。試合後の駅までのシャトルバス運行もスムーズで、このあたりからも相当新潟はコンフェデレーションカップで鍛えられたようだ。バスを降り立った新潟駅周辺は時間も既に12時近かったせいか意外と静かだった。少なくともこの前の札幌のようなことはこの駅前ロータリーの周りでは無かった。東京方面に帰る日本人もイングランド人もそして少しのデンマーク人もまっすぐ駅で待つ臨時の新幹線に向かう。
10分に1本というその臨時ダイヤも驚きだが、私を感動させてくれたのが新潟のおもてなし。新幹線に乗るために改札から構内に入ってくる全員にカロリーメイトとお茶のパックを配っていた。(無論、新潟観光の案内も同封されていたが。)既に駅内の売店は全て閉まっており、あるのは自動販売機のみ。こんな時にこのような心遣いは腹の減った私には最高のもてなしだった。深夜にも関わらず列車出発時の駅員とボランティアの手を振ってのサヨナラの挨拶も含め、私は日本の良さを改めて感じた。それはきっと数多く訪れたイングランド人にも通じただろう。
文頭の風景を見て今のこの国の成り立ちに暗澹たるものを抱えた気持ちも、このことにより少し晴れた。このような素晴らしい心の風景がある限り日本という国は捨てたものじゃない。最後にそう強く感じさせた新潟での最後のワールドカップだった。
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2002年6月14日
このサイトのこの日記でこの4年間ひたすら言い続けたことがある。
日本サッカーの方向性は間違いなく正しい方向にある。
Jリーグは決してレベルは低くない。
トルシエのやっていること、そしてその戦術は決して間違っていない。
2002年6月14日、2度目のワールドカップ出場にて初の決勝トーナメントに進出した我が代表。
この4年間が決して間違いで無いことが証明された。
この決勝トーナメント進出を導いたのはJリーグの発足、日本サッカーの育成システムの勝利とそして4年間のトルシエ指導のたまものである。そしてこのトルシエを最初から最後まで擁護したのは紛れも無い、インターネットの普及に伴う一般ファンの意見の発露によるものであろう。なぜなら、それが無ければあの横浜国際でのトルシエコールは無かったハズであり、メディアに嫌われたトルシエは彼らの作る"世論"とやらによって解任されていたハズだからだ。つまりこれはインターネットという新しい形のコミニケーションメディアの勝利でもあり、マスメディア権力の崩壊というべきものでもある。この勝利は我々が思っている以上に日本社会にとって意義深いものなのだ。このことを私たちは今一度考える時である。
ここから先はこの勝利を得るまで我慢していた言葉である。本という言論メディアを扱う当サイトである以上控えていた言葉でもある。個人攻撃と言われるならその誹りも甘んじて受ける。ただ今日ははっきり言わせて欲しい。これらはマスメディアに対する不信感の発露でもあると思われたい。
馳星周よ、あなたのみにくいトルシエ批判は文筆家という言葉さえ汚らわしいものだ。実体も精査せずまことしなやかにその人格攻撃をする様は今後一切見たくない。その付け焼き刃的な欧州万歳姿勢は何なのだ。これを機にサッカーに対する一切の文章の発表を控えて頂きたい。例え人格者で無くとも僕はこの勝利をくれた人物を評価する。全ては結果なのだ。
金子達仁よ、あなたの名文家を気取る様は正直むしずが走る。日本サッカーを心から愛しているとは思えない発表文の数々。あなたの言う無駄な時間とは一体どこのことを指していたのか、そしてトルシエの何がいけなかったのか今一度きっちり書いてもらいたい。書けるのなら。
杉山茂樹よ、フラット3の脆弱性、トルシエ戦術の古さ、4-2-3-1の優位生を主張するその言論、この結果の何処でつじつまを合わせるのか教えて欲しい。欧州最先端(笑)ばかり見ていて足下を見ていなかったのでは無いか?
トルシエ戦術を早期に理解できなかった全てのメディア関係者、何故、中田コをフラットDFの一角にコンバートしたのか、どうして中村俊輔を左サイドに置くことに固執したのか、今となっては分かるだろう。それがどういう意味か何故理解しようとしなかった?トルシエの奥さんの写真より戦術理解そして何よりフットボールへの愛情が必要だろう。このままではマスメディアは崩壊する。間違いなく。
スポーツを含め現実世界において全ては結果なのだ。ミスリードしたマスメディアはきっと責任などとらないだろうが我々の目はよりシビアになる。この4年間の言動を決して忘れはしない。そして経済活動という究極の手段によって報復をするだろう。上記の名指しした方々には真っ先にその報復が待っていてもおかしくは無い。そしてそれを私は支持するだろう。
ともかく今宵、我々サポーターは勝利した。このことは間違いない。
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2002年6月13日
会社帰りに行けるワールドカップ。これだけ聞くと何のワールドカップ?そんな名前の飲み屋あったけ?的な
フレーズだが、まごうこと無き本物のワールドカップに仕事帰りに行って来た。未だこの事実のありがたさが
信じられない。サウジアラビア対アイルランド戦@横浜国際である。
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終了後大喜びのアイリッシュサポ。
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北新横浜駅から出るとこんなマイナーな駅前のコンビニにもビールを求めるアイリッシュがいた。恐るべし増殖率。
無論、新横浜駅は緑一色だったろうが。
(ちなみにこの市営地下鉄の北新横浜駅は横国にあざみの方面から向かう場合はお勧めします。
人混みも無く、駅前にきっちりコンビニも2軒あり、新横浜駅よりスタジアムからは遠いですが、それ程苦になるような
距離でもないためです。この日も列待ち無しで横国に入れました。)
試合はご存じの通りアイルランド祭りと化してしまったが、可笑しかったのは、私が座った席のこと。
この日は少し雨混じりの天気で、2階席前列には合羽が必要な状態だった。そこで雨が降り出すと、
皆さんポンチョ等を取り出すのだが、そのポンチョが総じてJクラブチームのもの。
”おいおい、おまえさっきまでアイルランドのレプリカじゃ無かった?”ってな人もあっという間に横浜マリノスサポに
早変わり。
どうやらここはサポーター枠当選者用の席だったようで、中にはモンテディオ山形ものを着用の方もちらほら見受けられ、
いやいやまさに"通"の席だった。
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帰りは静かな小机駅から帰ったためアイリッシュ達の狂乱ぶりはついに見られずじまい。新横浜はどうだったのか
興味あるところだ。
翌日はおとなしくインターネットテキスト観戦(このフレーズって何か変?)。
アルゼンチンが一次リーグ敗退とは・・・。初戦の出来から完全優勝候補にしていたのに完全なる期待はずれ。
フランスもあっけなく敗れ去るし、おかげで私の観戦する新潟のラウンド16は、デンマーク対イングランドという
ファンタジーとは"遠縁の親戚の隣の家"みたいな国同士の戦いとなった。また、ビール野郎達と一緒に観戦か・・。
今日は先ほど東京チケットセンター(有楽町)に発券のため行ってみた。いやはや凄い列。
昼時に行ったせいか、発券を求める列はフォーラムの中央広場まで延びていた。
約30〜40分待つと発券機までたどり着けるが、結構次から次へと発券を求める人が来る。
日本人7、外人約3割と言う雰囲気。発券自体はスムーズに行われた。
明日は、いよいよ一次ラウンド最終戦の対チェニジア戦。
チケットを持っていないため、未だどこで見るか(もしくは見ないか)思案中。
とにかく明日、全てが決まる。
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2002年6月10日
日本代表がワールドカップで勝ったらこういう風に書こうとか、このエピソードは入れようとか色々考えていたのだが、すっかり飛んでしまった。勝った時の気持ちには偽り無い喜びがあった。サッカーを見てて良かった。間違いなく思い入れが深いほどこの勝利の喜びはひとしおだ。少なくとも招待券で(あろう)見に来ていた便乗タレントの連中の数倍は嬉しかった。こんな極上の歓喜、そんな節操の無い方々には一生味わえないだろう。ざまあ見ろ。
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スタジアムに着いた時は正直"まずい"と思った。明らかに"偶然抽選に当たりました"もしくは"スポンサー絡みで取りました"的な方の人口比率が高い。対ベルギー戦の方がまだ遙かに戦闘モードな人が数多く見受けられたのだ。「うーん、どうしたものか」としばし考えさせられてしまった。(お前が考えても仕方ないだろう、とも思ったが。)
既に自分自身はこのWカップ4度目の観戦のため、入場時のチェックも慣れたもの。その"儀式"は他会場と対して変わりなく、特筆すべき点といえば紙パックのジュースにストローを刺せというものぐらいか。でもこれ、ストロー付いて無かったらどうするんだ。しかもストローを刺してもそれを"投げる"という行為に対しての影響がさしてあるとは思われないのだが。
とにかく入場した。そしてそこで、4度目にして初めて自分名義のチケットで入場したことに気づく。(笑)
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帰りの横浜線車内。騒いでいました。
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席は2階席。カテ2というなかなかレアな席種で、配置としてはいつも見るゴール裏自由席のハジッコという位置取り。ロシア側である。
試合開始を前にして何かセレモニーが行われていたようだが余り見ることは無かった。演じ手の方には申し訳ないが、素直にサッカーを待ちたかったのだ。
それにしてもどの会場に行ってもグッズ売り場の行列は凄い。そのせいかなかなかお目当ての記念ピンバッジなどは買えない。今回もカウンター前にたどり着いた時には日本とロシアの対戦ものグッズはほぼ売れ切れていた。無いと知ると無性に欲しくなる。
わずかにあったスタジアム限定公式グッズでその物欲をちょっとだけ開放してやった。
改めて席に戻ると相変わらず「きゃー、横国初めてぇ」のようなノリの方も見受けられたが、逆に"いつもの"サポーターはフル充電に近い感じで来ているようで、どうにか均衡は取れているようだ。これならスタジアムの雰囲気も良くなるだろう。そう思いこんだ。
いよいよ試合開始。前半を見た限りでは、最後にあれほどボールを回されるとは思えないほどロシアのパス出しのタイミングがスロー。ワントラップしてからゆっくりとした動作でボールをつなごうとしており、日本のプレスもかかりやすい。こりゃ勝てるな、とこれまた思いこんだ。(すると後半はダイレクトプレーの連続。ああ、作戦だったのネ。)
そうこうするうちに前半終了。あちこちからコールは起こるがまだ応援は多少まったり感が伴う。前半終了時に日本コールがスタジアム全体に広がらなかったのがその証拠。後半開始時もそわそわした雰囲気の中始まる。
ちなみに前半から声がつぶれがちだった私は後半早々から水分補給をこまめにする。ケアケア。
だが後半、稲本の得点時には声もそうだが感情もぶっこわれてしまった。メーター振り切れ状態。すると様子見のようだったにわかサポーターも一気にボルテージが上がっていくのがわかる。前半あれほど聞こえた自分の声が、あまり聞こえない程の喧噪状態が生まれたのだ。この状態はついに試合終了まで続いた。
ロシア猛攻時を耐え、試合が終わった時には一瞬、審判がロシアのファールスローを採ったのか、と勘違いをした。すると日本ベンチが大喜びをしている。ああ、勝ったんだ。勝った!勝った!日本が勝った。ふと気が付くと隣の見も知らぬおっさんと抱き合って喜んでいる自分がいた。
私はこの試合で勝てたことも嬉しいが、その勝ち方も意義深い。これまでの日本サッカーでは体感出来なかった、世界最高峰レベルでの大会で守りに入って勝つ、というパターンを経験出来たことだ。先日の対アルゼンチン戦で見せたイングランドの踏ん張りを我が代表も見せてくれるとはドームにいる頃には想像もしなかった。これは必ず強豪国になるには通らなければならない道。この日経験したものは選手を通じて必ずや日本サッカーの隅々まで浸透していく事だろう。日本は守ろうと思えば守れるようになった。守りの文化誕生の日であった。
試合後もしばらくはスタジアム中で歓喜のコールが響く。観客席を出ても響く。スタジアムの周回路を歩いていてもアイーダが歌われる。あちこちで見知らぬ人とハイタッチが続く。ボランティアの人ともハイタッチ。お巡りさんとも無理矢理ハイタッチ。新横浜駅についてもハイタッチ&コールと続いた。警官と警備方の規制は正直うざかったが(行きたい方向に歩けない)、飲み屋が既にやっている時間ではないため素直に電車に乗った。無論、その車内でも歌声は響いていた。
2002年6月9日横浜国際競技場、この場にいられた事を心から感謝したい。
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2002年6月08日
すすきの、いや札幌はイングランドに占領されているようだった。
因縁の対決、アルゼンチン対イングランドは圧倒的なサポーターの
力によってイングランドが勝利した。
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私が札幌駅に着いたのが昼の1時過ぎ。そこで既に数多くのイングランドサポーター
を見かけたが、大通り公園に行って見るとそこはまさに白地に赤十字の
イングランド国旗が数多く掲げられたイングランド解放区のよう。
公園のあらゆるところを車座もしくは立ち話をするイングランド人に占められ、
例外なく片手にはビールを持ち、まるで水のようにそれを次々と飲み干す。
無論アルゼンチン人もいるのだが人数比で言えば比較にならず、
まさにここはイングランドのホームだった。
昼飯を食ったラーメン屋によれば、昨日からこういう状態が始まり今日が前日に比べ倍加されたとのこと。このラーメン屋にも次々とイングランドサポが入ってラーメンを食しているのを見て私はこの混沌とした状況が楽しくて仕方なかった。
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ここは何処の国?
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またすすきのでは上半身裸のサポや体中イングランド国旗のいかつい野郎
がぞろぞろと闊歩している。ただ、トラブルになるような雰囲気は皆無で、しいて
言えば、すすきのの街自体が東京から来た僕からすれば妙に静かだったことが
逆に不気味だった。
そんなイングランド人に制圧された雰囲気の中、僕は札幌ドームに向かった。無論
地下鉄の中も同国人で溢れかえっており、歌声も途切れない。そのような中ではかえってスーパー帰りの袋を持ったおばちゃんの方が異質だった。
ドームに入場するにはチケットの色別に分かれてルートが決まっており、私はイエロー
の色が示されていたため、その方向に進む。
入場口にはすらっと警官が並び、物々しい雰囲気。入場時のボディチェックもこれまで
行った2会場にくらべ最も厳しく、チケットチェック(本人確認は無し)、持ち物検査、金属探知機による検査に加え、触診によるボディチェック(両足も台に乗せられてチェックされた。)、更には被っていた帽子まで脱がされるほど。さすがに、警備の面からも要注目の1戦である。
席はアルゼンチン側ゴール裏。座ると先日カシマで知り合ったアルゼンチン親子と再会。私はろくに英語も出来ないので、簡単な挨拶をし再会を互いに喜ぶ。
ちなみに試合終了後に僕の着ていた湘南レプリカとおじさんのアルゼンチン代表Tシャツを交換しようと言われるが、さすがにレプリカは金額的にもきついので丁重にお断りを
してしまった。おじさん、ごめん。
このゴール裏から見たイングランド側のスタンド風景は壮観だった。そこにはもうどこにも隙間が無いほどの赤十字旗が掲げられ、席には先ほどまで街を制圧していたイングランドサポが席巻している。ドーム入場者の約半数はイングランド人であろうぐらいである。
翻ってアルゼンチンサポは先日のカシマよりも少し少ない。そしてこちら側にも多くのイングランドサポが座っており、トラブルにならなければ、とちょっと不安にもなった。
無論非常に多くの警官が配置されており、それはそれで安心なのだが、逆にそれが物々しさを感じさせることにもなった。
また試合中はアルゼンチンサポは意外と大人しかった。これもカシマでの試合に比べれば比較にならない程。イングランドのサポの人数に気圧されたか?
それにつられてかアルゼンチン代表も前半から押さえ気味に来ており、いまいちぱっとしない。イングランドも中盤の迫力はあるがそれが有効な攻撃になかなか結びつかない。どちらかと言えばつまらないゲームだった。そして例のオーウェンの突破から生まれたPKが目の前で告げられたのである。
判定自体はその瞬間は個人的には「えっ!」というモノだったが、ベッカムのPKシーンの前もアルゼンチンサポはあまり騒いでおらず、PKは結構あっさりと決まった。直後、ベッカムの駆け寄った方向にはアウエイ側であるにも関わらず詰めかけていたイングランドサポの大群がおりその喜びの様はベッカムが決めたということもあり尋常では無かった。
後半に入るとご存じのアルゼンチンの猛攻。これも自分の座るサイドでの攻撃だったため、その猛攻は目の前で行われており、まるでかぶりつきの席で見ているような迫力。またそれを防ごうと懸命に守るイングランド代表(何と10バック!)のうちシュリンガムとベッカムの鬼のような形相で見方を鼓舞する様は思わず胸を打たれるものがあった。今回は席に恵まれた。
ちなみに札幌ドーム、観客席の角度もあり意外と見やすいのには驚く。
そして試合終了。喜ぶイングランドサポと対象に呆然とするアルゼンチンサポを横目に
スタジアムを後にする。
すすきのに戻るとそこは既にそこではgot save the queenの大合唱が響いている。
特にすすきのの交差点では野次馬的な日本人もごったになり、交通を遮断するほどの
人垣の中「ENGRAND!ENGRAND!」のコールが途切れない。いつの間にか私自身もその渦に巻き込まれ、しょうがないので一緒にコール。そのうちコールが「にっぽん!」に変わったり、信号によじ登る日本人の若者は出るは、警官が騒ぎを交通を遮断させないため
規制に入ったりしたがそれほど強く規制していないため騒乱は続く。でも結構というかかなりの部分が日本人で占められていましたが。
状況は大通り公園も同じだったが、こちらはどちらかと言えば、試合後の臨時ミーティングのようで、真夜中なのにイングランドサポがビール片手(まだ飲んでいる!)に今日の試合を延々と振り返っている。(たぶん) それを取り囲む警官もものすごい人数ではあったが、その集いを排除しようとする姿勢では無かったのにはホッとした。
とにかく我が人生であれほどイングランド人を見たのはたぶん初めてだった。
1時過ぎにホテルに帰るため拾ったタクシーに乗った時、私自身はやっと日本に戻る事が出来、こうして長かったイングランド支配下の一日は終わったのである。時に日付をまたぎ2002年6月7日から8日にかけての出来事である。
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2002年6月05日
午前の仕事を終え一区切りついたところで昼飯に行けば、隣のテーブルではにわかファン?らしき方が同僚に熱く昨日の代表を語っている。仕事から家に急いで帰れば、生中継のTVでのアイルランドの信じられないような同点劇を目のあたりにする。あちこちにサッカーが溢れている。無論酷いものも多いがそれでも僕は幸せである。やはり自国でのワールドカップは特別だ。
そんな中、今日、怒りがこみ上げる記事が2つあった。
まず一つは今朝の朝日新聞。一面で「最後のW杯、ヒデはチームのために」(記事はこちら)と題する忠鉢信一記者の署名記事。なんなんだこれは。
内容の真偽はここでは問わない。私が怒るのは、記事を書くタイミングとこの文章を書こうとした記者のいやらしさ、だ。
いま代表に一番必要なのは不必要な雑音だ。中田と言えば、誰でも知っているエース。しかし普段の言動からその去就は平時も注目される。そこに、国中タダでさえピリピリしている時期、しかも勝ち点を奪い一致結束しようと盛り上がっている最中にそれを覚ましかねない代表選手の去就記事。果たしてこのタイミングで書くべき内容か?
更に気にくわないのはその書き方。
スキャンダラスなスクープによって物語を作ろうとするいかにもの手法で文脈は作られており、そこには記者個人(及び朝日新聞社)の功名心と名文を作ろうとする陶酔心が如実に見られ、この日のゲームそのものにまったく関係のない駄文でさえある。(この日一番活躍したのは稲本であり、もしこの試合に関することで一面という新聞の"顔"で個人をクルーズアップするのなら彼しかあり得ない) 物書きとしての責任も見られない。彼、及び朝日新聞社は果たして何をこの文章によって何が言いたかったのか?単に物語を作りたかったのでは無いか。W杯の勝利より中田のお涙ちょうだい劇があった方が彼らとしては嬉しいのだろう。少なくともこの記事によって中田の周りはかなりざわつくハズだ。それが果たしてWカップを戦っている最中に相応しいことなのかどうかということぐらい判断できなったのだろうか?
この記事を書いた忠鉢記者というのはジュニアユース時代に日本代表として世界大会に出場し、その後あの名門筑波大学サッカー部にで活躍したほどのサッカー人間である。昨年出版された「進化する日本サッカー」(集英社新書)は当サイトでも高評価をしたほど私は期待していた。日本サッカーを心から愛していたからこそ書けた書物とも思った。しかし、全てが間違いだった。
今後、どんな本や文書を書こうが猛省しない限り、私及び同サイトでは同記者の文章及び作品を全く評価しないことにする。
今一つ腹が立ったのは、埼玉県知事のこの発言。
おまえ("あなた"などという優しい呼びかけもしたく無い)は殿様気取りか。埼玉県の家主は間違いなく埼玉県民だ。それを怒っているからであろう出た本音がこれか?しかも人を招待したいなどと抜かしている。いつから埼玉は江戸時代に戻ったのか?
また、そのFIFAに抗議してまでも招待したという人々は何者か問いたい。地域のサッカーコーチや関係者、もしくは埼玉の名前を全国に響き渡らせた浦和レッズもしくは大宮アルティージャの関係者かその熱きサポーターであるならまだその点に限っては許す。間違っても名だけのサッカー推進委員とか意味の無い地方の名士とか議員とかでは無いだろう。もし後者ならFIFAも腐っているが貴様も腐っている。
誰が本当にサッカーをそして国を愛しているかを探すのは難しい。
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2002年6月04日
埼玉スタジアムについても何かワールドカップというよりキリンカップという気分で意外と自分自身は冷静だった。だが、試合開始が近づくにつれ周りの雰囲気がこれまでの親善試合とは全く違うピリッとした雰囲気に包まれる。別に誰がどうこうした訳では無い。だがいつの間にか"精一杯応援しよう"という言葉さえ甘く感じてしまう"戦う"という空気がスタジアムを包み込んだのだ。
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6/4この対戦がついに来た。
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僕はずっとこの雰囲気を代表の試合に求めていた。これこそあの97年予選の雰囲気。どこから指示される訳でも無く、自然に歌声や選手を鼓舞する声が発生しすぐにスタジアム中に伝播する。試合後のベルギーワセージュ監督に「日本のサポーターは質が高く、「12人目の選手」以上の存在。こんな雰囲気の中で試合をしたのは初めてだ」とまで言わしめたこの日の観客席。これがワールドカップの魔力なのだろうか。この雰囲気にいられた私は幸せだった。更に結果も2002年ワールドカップ、日本の初戦、対ベルギー戦は日本サッカー史上初めてのW杯での勝ち点1を得たのだから言うことは無い。
確かに勝てたかも知れない、との思いはある。コスタリカの審判に文句の一つも言いたくなる。しかし前半あれだけ相手のプレッシャーを受けながら、後半になり先制されたにも関わらず一度は逆転するに至った内容は賞賛されるべきだ。まさにガチンコ勝負という日本がどちらかと言えば不得意とする内容の試合を引き分けに持ち込んだのは価値がある。我が代表は強くなった。間違いなく戦う集団になった。
次の試合へ向けての課題はゴール前での競り合いの工夫と小野と中田へのフォローがもっと必要だ。更にボランチが二人ともカードをもらったのもいただけない。修正と注意を払って欲しい。何かとりとめの無い文章になってしまった。とにかく今日は疲れました。また少しまとまったらこの日のことはココか掲示板に書きます。
P.S.帰りのシャトルバスで駅に向かう最中、たぶん通るであろう代表の雄志を一目見ようと幹線沿い集まる多くの人を見かけた。その方々が帰宅に向かう我々のバスにも手を振ってくれ、また車中の我々も振り返した。「応援がんばったな」「ああ、ありがとう」って感じで。
その時、サッカーで幸せになれるかも知れないと感じた。
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2002年6月02日
いやいや凄い試合だった。お腹一杯、もう食べられません。出来ればずーっと見ていたかった。アルゼンチン対ナイジェリア@カシマスタジアム、時間かけて行って良かったぁ。
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早朝、東京駅に着くとそこココにアルゼンチン人とおぼしき団体が既にいる。日本人の急性アルゼンチン中毒患者(ユニ着用)も結構おり、今一つその感覚が分からないが、でもそれも含め東京駅では既にアルゼンチンの圧勝。流れるままに8時10分の鹿島神宮駅直行列車に乗った。
列車内もアルゼンチーナが多い。そして早速始まる。「VAMOS! VAMOS!♪ ARZENTINA!」の大合唱。普通の通勤用の総武線快速列車である。そのミスマッチさが分かるだろう。つり革に捕まりながら太鼓と足でリズムを取りながらの大合唱である。社内には観戦に関係のない普通のお客さんもいたと思うがさぞやびっくりしただろう。私も総武線が人の声とリズムで揺れるのは初めて経験した。この調子はとぎれることもあったが鹿島神宮駅まで続いたのだ。いや、駅についてもやっていた。アルゼンチン、予想通りの凄さである。
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スタジアムに着いて更にボルテージは上がっていました。
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私の席はアルゼンチンサポの中心、1階ゴール裏。しかも一番騒いでいる地域のすぐ横だった。国内にいる在日アルゼンチン人(日系も多いようだ)がたくさん来たのか、思った以上にアルゼンチンサポーターが多く、僕の周りもスペイン語が飛び交う。そしてひたすら先ほど電車で嫌と言うほど聞いた応援が再び始まる。紙吹雪も舞う。通路に出ないようにと笛をピーピー鳴らしながら注意する小うるさい警備員をちゃかす。挙げ句の果ては警察官も配備されるが打つ手無し。一体ココは何処の国だ。スタジアムは確かにいつものカシマスタジアムなのに僕の周りはすっかりアルゼンチン。目の前ではバティやクレスポ、ベーロンがやけに気合いの入った練習をしている。この妙な感覚が不思議だ。日常の中の非日常。でもここに来て理解できた。確かにこの国でワールドカップが開かれている。なんてことだ!!ああ、ワールドカップ、来て良かった。
試合は凄まじい肉食同志の争いのようで試合中興奮しっぱなし。あんなサッカーを見せられたら、僕はどうしたらいいんでしょう。(笑) 冷静になんか書けません。とにかく良かった。
さて恒例の入場時の規制チェックだが、やはり名義のチェックはやっていない。バッグチェックは入念だが、いくらでもすり抜けることは可能と見た。金属探知器もいい加減で、実際僕はポケットに鍵と携帯を入れっぱなしで通過出来た。そしていつの間にか水筒の持ち込みは禁止になっているようだ。またペットボトルは蓋が無ければ最終ゲート手前までは持ち込めるがそこから先は紙コップに移し替えをしつこく指導された。更にビールは試合前の1時間半前で無ければ売ってくれなかった。
僕自身は入場に関して所要した時間は45分程度だったが、どうもこれは一番のピークだったようでもう少し遅く来れば(試合開始1時間前程度)入場待ちの列も無く、すんなりゲートを通過出来たようだ。
また、僕は鹿島神宮駅から歩いていったのだが、途中でスタジアムへの経路をゲート単位で分けられるが、これは無視し、スタジアム前まではいつもの道(とにかくまっすぐ)歩いていった方が良い。特に1・6ゲートの人は指示にまともに従うととんでもないところまで歩かされてしまう。
残念なのがニュースにもなっている空席問題。カシマスタジアムでもブロックまるきっり空いているという状況が数多く見られた。スタジアム横の道路では「チケット譲って下さい」という札を掲げた人が大勢いるというのに・・。日本での試合の前売りチケットは売切のハズなのにどうして空席があるのか?たぶんバイロム社によるチケットコントロールのミスだろう。このエージェンシーほど信頼ならない企業も珍しい。次のWカップからは"バイロム"と言う名前が出てきたら信用しないこととする。
そして禁じ手のネットでの当日券販売。寝耳に水とはまさにこのこと。しかし申し込みが多くてサーバーはダウンしがちでなかなか手に入らない。何とかネット以外でも普通に買えるようにしてもらえないだろうか。(たぶんそんな器用なことをバイロムが出来るはずが無いと思うが。)私はこの点ではJAWOCにも同情の念を禁じ得ない。でもこうなったら何でもアリだ。JAWOCも開き直れ。
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2002年6月01日
情け容赦ないなあ、ドイツは。だから嫌われるんだよ、と嫌みの一つでも言いたくなるほどサウジアラビアは弱かった。あれだけ中盤をフリーにさせればドイツにとっては練習試合も同じ。これはサウジお得意の監督解任路線に突っ走る予感。
ちなみに現地に行っていた特派員からの電話レポートによれば、
- 札幌ドームには札幌駅周辺からチケットの色別で(下にある×が付いていないのがあなたの色)乗るシャトルバスがわかれて走っており、しかも次から次へと来るため大変スムーズ。地下鉄より便利では無いか。
- ドームに着いてから入場まで所要時間は約40分。それ程時間がかかった感覚は無い。
- 入場時の名義確認は少なくとも自分を含め周りでしているようなことは無かった。
- バッグチェックはいつものJリーグの10秒増しぐらいでそれ程入念では無い。ヨーロッパに比べれば適当。
- 札幌スタジアムはいい!
- 試合中は普段のJリーグより静か。ドイツサポも思った程いない。
- 最後はスタジアムがサウジの応援で一体化し盛り上がる(何のこっちゃ。)。
- ドイツはやはり強い。今日はサウジも弱かったがそれ以上にドイツの強さが感じられた。
とのこと。本人はある意味歴史的な試合を見られたことで満足していました。(笑)
明日はいよいよ私の生観戦初日。アルゼンチン対ナイジェリア@カシマである。アルゼンチンサポのすぐ隣というシチュエーションはほぼ間違いない席のため今からドキドキワクワク。ホームゴール裏で湘南のユニ来ていたら私の可能性が高いのでお暇だったら声でもかけて下さい。また、力が残っていたら明日中にカシマの雰囲気はレポートします。
追記:アイルランドサポ、凄いね。これは今日の新潟は楽しそうだ。
2002年5月31日
朝起きたら体が緊張していた。気分がどうにも高揚しているのが分かる。通勤途中でなにげに(何故か)フランス国歌をハミングしていた。会社では仕事も上の空。こんな妙な気分は97年のW杯アジア最終予選以来である。いよいよWカップが始まった。
開幕まであと1年などという時期は「早く始まれワールドカップ!」だったのが、1週間を切った頃からはもっとこの開幕前の雰囲気を味わいたいと思うようになり、「1ヶ月先に延期してもいいぞ、Wカップ!」とわがまま一杯。始まってしまうのが楽しみだが怖いのも偽り無き気持ちである。
アジア、しかも自国で行われるワールドカップとはどうも妙な気分である。いつのまにかワールドカップは深夜とか早朝に無理矢理見るという"癖"がついていたのだが、帰宅後テレビをつければ"生"でワールドカップがやっているというのはあまりに日常的。そのせいか開幕戦のフランス対セネガルは前述の気持ちとは裏腹に何かただの親善試合を見ている気分になってしまった。
また試合自体も少なくともスペクタクルな試合とは言えなかった。
まず、開幕戦独特の雰囲気があるためかフランスは慎重すぎた。1点を取られたあとは攻めるが迫力が感じられず、最後はまるで悪いときの日本代表のようである。何かこう、慢心というかなめているというか、試合に入っていけない雰囲気が感じる。翻ってセネガルはゲームプラン通りだったと思うが、対フランス戦に限って言えばまだまだ力を出し切れていない。日本との親善試合時に見せた組織力はそれ程感じられなかった。それでも強い。まあ、これでA組も死のグループと化したことは間違いなくW杯を盛り上げるという意味では面白くなってきた。
ちょっと気になったのはスタンドの静けさ。意外と多く来ていたフランスサポーターも静かで、TVで見る限りにおいては何かざわめきだけが聞こえ、どよめき、歓声などというサッカー場にありがちな雰囲気があまり感じられなかった。何かこう、観客席も取りあえず見てやろうという雰囲気のように思える。(これは自国じゃなきゃ日本もそうかも知れないが) そういやチケットも余っているとのことで、確かにTV画面からも空席が分かる。ホントに韓国は(W杯を見るという本質的な面において)盛り上がっているのだろうか。
ところで私のワールドカップ観戦予定である。以下の通りデス。
6/2 アルゼンチン対ナイジェリア(カシマ)
6/4 日本対ベルギー(埼玉)
6/7 アルゼンチン対イングランド(札幌)
6/9 日本対ロシア(横浜)
6/11 アイルランド対サウジアラビア(横浜)
6/15 ラウンド16(新潟)
6/17or18 ラウンド16(神戸or宮城)←日本が勝ち進むこと前提
6/22 ラウンド8(大阪)
6/25 準決勝(ソウル)
仕事はどうなるんだ?(以下自問・・。)
とにかく始まった。代表もプレッシャーの中苦しい練習をがんばってこなしているハズ。私もがんばろうと思う。
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