ホームへ

2002年12月31日

自ら"サッカーイヤー"と言っていた2002年が終わる。 今年一年を振り返るとやはりワールドカップの印象が強烈である。 世間様もそのようであちこちで今年の重大ニュースのNO.1を獲得したり、 年末恒例の一年を振り返る特番でも盛んに取り上げられていた。

そしてこれらの番組の中に出演する自称サッカー評論家の中では あのトルシエ氏は日本代表を"ベスト8"に 導けなかった最悪の監督と評価で一致しているようだ。 随分と日本サッカーも偉くなったものだ。 ついこの前までこの国のサッカー界に於いては ワールドカップは別世界だったはずなのに、 そのワールドカップでベスト16まで導いた監督に対し、 市井の評論までもが駄目監督と言い放てるまでになったのだから 恐ろしいばかりの進歩である。(笑)



日韓ワールドカップはあんたらの大会だったヨ。

話は少々ずれるが、最近常々思うことだが日本のスポーツに対するメディアの取り上げ方が私は 不思議でならない。

例えば12月30日の一般紙のホームページでスポーツ面を見ると 「松井、故郷へ帰る」とある。

確かに松井はスポーツ選手だ。プロ野球界を代表するスラッガーでもある。 しかし彼が故郷へ帰郷したのは"スポーツ"では無い。 単なる話題であり、スポーツという事象には当てはまらない。

別にこういうものをマスコミが取り上げてはいかん!などとは思わないが、 スポーツという行為(私はその目標を達成するための 手段的行為までを含めて個人的にはスポーツだと思っている )でないことをスポーツ面というスポーツそのものを取り上げるページで 掲載する神経が解せないのである。
スポーツ紙などは更にこの辺が非常に曖昧で、 だからこそ本物のスポーツ紙が無いと嘆くのである。


最も注目を浴びたイングランド対アルゼンチン戦
ベッカム、PKを決め歓喜のイングランド。

そこで今回のトルシエ無能論だが、 これらの傾向と今回のトルシエ氏への低評価は似ていまいか?

つまりスタディアム外での言動とフィールドでの事象の 境界線が曖昧なままスポーツを語る習慣がスポーツメディア界に あることがトルシエ氏への低評価につながっているように思える。

確かにインタビューや記者会見等を読んだ限りでは (また最近では今頃になって暴露本に近いものまで発売され) 彼の言動は褒められたものではない。 しかしフィールドでの事象はサッカーを知るものにとっては 全くもって理に叶っており、少なくと彼はノルマのベスト16という 成果を達成した偉大な監督である。

そんな前にあって、マスメディアでは、出演した"評論家"が、得点を取った選手が監督に抱きつきに行かなかった ことを強調したり(サッカーは監督に抱きつきにいくことを目標としたスポーツではないし、そもそも 私が数多く見てきた得点シーンでも監督に真っ先に抱きつきにいったこと など数えるほどである) 、ロシア戦でのラインコントロールの変化で選手と監督の決別を印象付ける番組制作意図などを見ると、 フィールドでの事実では無くスポーツ外での出来事まで含めてスポーツそのものを 語ろうとしており、そこにはスポーツ事象そのものを語ろうとしている姿勢が見られなく残念だ。。

少し譲ってこれらがスポーツ行為に及ぶものと考えたとし場合でも、 ラインコントロールの件に関しては、それをもってフラット3の崩壊=トルシエ戦術の 失敗と語る方は、フラットに並んだDFでラインを上げ下げするだけがこの戦術のすべてだと 思っている戦術音痴か、選手が全員常に監督の言うとおり動くと信じている 似非社会主義者ということを自ら肯定しているようなものであり、 また、選手が監督に抱きつく云々というエピソードも、 そんなことをサッカーというスポーツで重要事項として見ているという 観戦音痴ということを自ら露呈しているようなものである。
恥ずかしいからそんなことを意見として持ち出さない方が良いと思うのだが。

ついでに書けば、トルシエ氏のきつい物言いに対し「選手がかわいそうだ」的意見には開いた口が塞がらない。
スポーツ行為に対しては何ら関係の無い意見であり、それこそ過保護であり、 未だ自立出来ていない社会現象を象徴する意見である。 プロスポーツを教育の場と勘違いしている大馬鹿ものの意見が 大勢のように報じられること自体が悲しくなってしまうのだ。

また、これらのことはわかった上で単にトルシエ氏が嫌いだという結論から屁理屈をつけ、 そのフィールド上での功績を否定しようとするなら、メディアや評論家業の自殺行為に 等しい。それならそれで勝手に自殺してもらってもかまわないが、日本スポーツの発展を 妨げるだけだからなるべく早く去ってもらいたいものだ。

とにかくフィールドでの現象とそれにつながる事象のみを論理的に扱える メディアがもっと数多く出てくることを期待し、そのようなメディアが売れる社会 になることを切に望む。
そうでないとまたこのトルシエ氏の悲劇は繰り返されるだろう。

また彼の功績を讃えるしても、"感謝"とか"ありがとう"という言葉は不要である。 彼はしっかり契約を履行しただけで我々もその対価を払っただけの 満足感を得たのであり、我々はその契約を結んだことに感謝をしなければならないのだ。 そういう意味で協会には感謝をしたい。

ただ、個人的にはトルシエ氏には"サッカー"を多くの点で学ばさせてもらった。 これは契約外の範疇であり私の個人的な利益なので感謝したい。

親しみと感謝を込めて言いたい。
「ありがとうフィリップ。」

とにかくワールドカップイヤーは終わったのである。
私の目は次に向かっている。
不安の多い2003年へ・・。
皆さん良いお年を。





最後の"東京"スタジアム。(試合前)

2002年12月15日

天気の良いこの日は天皇杯での湘南の試合を見るため東京スタジアムにいた。

この東京スタジアム、来年からは味の素スタジアムになるという。
この都の「売名行為」、個人的にはOKなのだが、"東京"スタジアムという文字を見るのもこれが当分は最後かと思うと、 なんだか不思議である。ほんとに来期はあそこに"味の素"と いう文字が貼り付けられるのだろうか?それは想像するにいささか滑稽な景色を思い浮かべるのだが事実そうなるそうなのだから 可笑しい。 でもきっとそうなればそうなったですぐその光景にも慣れてしまうのだろう。略して「味スタ」、いろいろな意味で何とも微妙なネーミングだ。

そして、自宅から来やすいため結構通っていたこの"東京"スタジアムの最後の試合が、我が湘南の試合かと思うとこれまた不思議な気分。 こんな大きなスタジアムでベルマーレの試合やっていいのか、という自虐的な疑問も沸いたりする。

そんな天皇杯3回戦はこの地も含め波乱に満ちたステージだった。

実は試合が始まる前は僕は東京による湘南大虐殺劇を恐れていた。
そう思っていた人は湘南サポに多かったらしく、試合前に誰かがまるで自分に暗示をかけるように叫んだ。
「今日の東京はセレッソよりは強くない!」

確かにアマラオやケリーもいない。誰だ、馬場って? 阿部ってなにもんだ?
そんな会話が湘南サポ席のあちこちから聞こえる。
しかしきっと東京サポも試合前は言っていたであろう。
「湘南の選手、大半は知らん奴ばっかだ。」

試合が始まる。湘南がいきなりトップギアで走り回る。
「おお、この前の試合よりいいぞ!」 ・・だってこの前の試合は酷すぎた。

しかし徐々に本来の自力の差か、東京に押されはじめ、サイドを何回も抜かれる。今日はパラシオスがいないため 守備に関してはある程度は仕方ない。最終的には白井のファールで相手をぶっつぶしてでも止めるしか 無さそうだ。

だが今日の湘南はヤスを除き自信に溢れていた。(ヤスは終始今ひとつ) 相手のプレスに怯まずに前を向く。 坂本がサイドを突く。難しい角度からシュートを打つ。いつもは入らないのになぜか今日は枠の中へ。先制!

この1点から湘南は普段のサッカーを思い出した。そしてサポも確信した。東京の守備はザルだ。

J2のチームはそのリーグの性格からJ1以上に守備に重きを置く。 そのため、東京のように攻撃重視のイケイケなサッカーはまず採用しない。唯一あるとすれば横浜FC。しかしその 結果はご存じの通り。

無論、レベルの差はかなりあるが、あれほどおいしいスペースをあちこちに作れば今の湘南には 格好の餌場である。ということで前半終わって2−1。勝っている!誰もがアップセットを期待し始める。

しかし湘南は集中力が続かない。サポも前半はしゃぎすぎてぼーっとしていた後半早々相次いで失点。あっという間に逆転された。 やはりパラシオスがいないとやはりうちも守備はザルなのか?

だがこの日はここから守備陣が持ち直す。(3点取られてから持ち直しされても普通は遅いのだが) 特に白井が獅子奮迅の活躍。 石川をひよっこ扱いでぶっ潰し、ここぞというスペースを埋め、相手のボールをインターセプトしまくり、 そして積極果敢なオーバーラップ。
「まるでマリノスの松田ようだ。」と思ったが、あまりほめ言葉になってないと思い言葉を飲み込む。で、 フィードの不正確さも松田ばりだった。

後半も半ばを過ぎると東京の足が止まり始める。休み休みで年間30試合しかないひ弱なリーグ戦を戦っていると 体力落ちるのも早いようだ。こちとらは44試合休み無しのJ2リーグを戦っているので体力だけは負けない。 みるみる東京の選手の動きが鈍くなり、湘南は競って勝ち、囲んでは取り、ドリブルしては相手DF陣をぶっちぎる、という夢のようなシーンが次々と出現。 これだけ出来るならリーグ戦の時ももうちょっとがんばってくれよと思うのは贅沢か。

そしてゴール前の混戦からこの日の2点目を戸田が押し込む。戸田と白井はこの天皇杯、確変したようだ。とにかくここからは もうイケイケ。ひたすらチャンスばかりという嬉し楽しい時間が続く。

しかし、押しているのは良いのだが最後のツメが甘く一押しが足らないままタイムアップを迎え延長に入る。 延長というとやたら弱かった昨年を思い、いやーな予感が少し頭をよぎるがそこは昨年とは違った。 試合が再開されても流れは変わらない。

そして延長前半も終わるかと思われた時、 この日キレキレだった加藤大志が右から狙いすましてループシュート。そのボールはスローモーションのように ゴールマウスに吸い込まれ試合終了。湘南サポ側はその瞬間ぐちゃぐちゃだった。

この日の天皇杯はかなりJ2チームが1部のクラブを倒すということが多かった。たぶん、モチベーションの差なのかも 知れない。普通に考えればこんな簡単にはいかない。湘南とて今の東京に勝つのは相当難しかったはずだ。それなのに 普通では無い結果が何試合も現れるというのはやはりモチベーションの差なのだろう。どうやら今年の天皇杯、 制度を考える上でも一つのターニングポイントになるかも知れない。





歓喜の柏サポとエジウソン(エジウソンは右下白シャツ)

2002年12月02日

試合開始からその勢いは凄まじかった。様子を見ようとかとりあえず落ち着いてなどという雰囲気は微塵も無く、とにかく 前進あるのみ、という気持ちが前面に出ていたこの日の柏レイソルは素晴らしかった。三つ巴になったJ1残留争いに 決着がつくこの日、私は意外と暖かった柏サッカー場に居た。

約3年ぶりの柏駅に降り立つと相変わらず駅前のそごうにはレイソルの試合告知巨大POPが掲げられている。その広告の 一番下に記されている対ガンバ大阪戦という文字を綴った製作者はこのカードがレイソルにとってどれだけの重みを持つか 製作当時はまったく考えなかっただろうが、意識する目にはその活字だけが大きく見える。その下で同行者を待ち、 スタジアムに向かう。

スタジアムも3年前とまったく変わらず、相変わらずバックスタンドは仮設でチンケで、 しかしひとたびゲートをくぐればピッチからとても近く非常に見やすい愛すべき建造物であった。 ゴール裏の席からゴールまではまさに手が届くようで、その環境があの柏のサポーターを育てるのだろう。 もしこのスタジアムが陸上トラックのあるスタジアムだったらレイソルサポーターの気質も随分違ったものになっていたはずだ。

その柏サポーターが試合前から気勢を上げる。相手のスタメン発表時には強烈なブーイングと野次。 負けずとガンバサポも声を返すが、分裂した片方のグループはともかく、 中心辺りは女の子が多くまったく声に迫力が無い。こんな切羽詰まった状態においてはむしろ場違いなくらいだ。 きっとワールドカップでの宮本の活躍に感化されたのだろう。多くが圧倒的に声が若い女性だった。

アウエイ側に若干寄ったバックスタンドに席を見つけた私は、満員になったスタジアムを埋め尽くす 「かしーわっレイソルッ!」の声とともに試合開始を待つ。やがて試合開始。そして冒頭の柏の怒涛の攻めに出会う。

柏の前半は最高の出来だった。危機感がこうまでチームをアグレッシブにするのかと、少し前に国立で見たチームと 同じとはとても思えない。サボる人間が居ない、押し上げも早く誰もが積極的だ。見ていて楽しい気持ちにさせる サッカーだった。1点目はそんな中で生まれた。

方やガンバはやはり少し勢いが無い。モチベーションの差なのだろうか、柏の迫力の前に持ち前のコンビネーションも 発揮できていないでいる。何度か右サイトの森岡から崩しを図るがゴール前では単調になり、いい形に持っていけない。 前半を見る限りは柏の勝利は動かない=残留も決定と思われた。

しかし後半、ガンバの一人の選手がすべてを変える。マリセリーニョ・カリオカ。魔法の足を持つ男である。 前半の森岡と同じように右サイドに張るカリオカはその一本のパスで柏のDF陣を混乱に陥れる。同時に吉原の代わりに 入った"売り出し中の男"中山もマグロンとのツインタワー役を果たしそして巧みに仕掛け、試合は完全にガンバペースに なる。

私たちはこの時点で広島が1−3で、神戸が2−0でそれぞれ試合を優位に進めていることを知っていたので、 このガンバペースの間に柏が1点を喰らう事になればそれは柏にとっては圧倒的に不利になるだろうと感じ始めて いた。それほどガンバの攻撃は長くそして柏は防戦一方の展開となる。

しかし点が決まらない焦りからかしばらくするとマルセリーニョの ボールを持ちすぎる時間が増え、苦し紛れにパスを出すシーンが見られるようになる。 それでもまだガンバの時間かと思われていた時、そのマルセリーリョの不用意な横パスをそれまで今ひとつの 出来だったエジウソンが掻っ攫う。結果論だがマルセリーリョの登場は諸刃の剣だった。

エジウソンは一度味方に預け再度ボールをもらい、試合を、いや残留を 決定付けるゴールを決めた。その時、スタジアムはバックもメインも総立ち。ガンバにしてみればまさに魔がさしたとしか 思えない、そして柏からすれば思ってもいない1点だった。そのため喜びも倍加する。

エジウソンはイエローカードの恐れも何のその、看板を超え、ゴール裏に陣取る、残留を信じながら 相手を威嚇し見方を鼓舞していた柏サポーターの元へ一直線。そしてそこに駆け寄り喜びを爆発させる他の選手たち。 「柏が好きな理由のひとつに観客席が近いこと」をあげるエジウソンらしい素晴らしいゴール後の もみくちゃパフォーマンスだった。そんな観客と選手が一体となった歓喜を見る私も何故か幸せな気持ちになる。 やはりこのスタジアムは最高だ。

こうして柏のJ1残留はこのホームで決まり、方や広島はアウエイの北の大地でJ2への道を宣告され、 サッカーイヤーだった今年のJリーグも終わったのである。



2002年11月20日

今回の対アルゼンチン戦はスタジアムでなくTV観戦だったのであくまでその域での感想である。

前回の対ジャマイカ戦は「日本代表の戦い方どうする?」というような命題に対しジーコから「自由にせよ 」というまことにもって日本人の最も不得意な方面での仰せのもと、選手が右往左往した印象だったが、 今回は個々人が開き直ったのか、クラブでやっていることをそのままやったという感が強く、 それが結果的にチームとしての戦い方にうまく作用していた。前回に比べ遙かにましな戦いぶりだった。

ジーコがこの方向(クラブでのやり方をそのまま持ち込む)を選手に求めているのは間違い無いだろうから 今回はいなかったとは言えジーコ監督の方針の目指す方向が少し出たと感じる。

つまりは”クラブ戦術のつなぎ合わせというチーム戦術”がジーコジャパンのチームの骨格をなすということが 少し見えてきたと思うのだ。ただ、これがいつ何時も機能するかは?だが。

TVでは中村をチームの中心にしたがっていたが、どう見ても前半は小笠原を中心としたアントラーズの チーム。名良橋も中田・小笠原といういつもの面子と一緒なら後ろを気にせず思い切って上がっていける。 そこでは中村は本山的役割を担うべきだったかも知れない。

後半は高原・中山の前線を起点としたジュビロ路線。再三FWが作るチャンスの度に2列目には遠藤でなく藤田が欲しいと 思ったのは私だけでは無いはず。

DFもあくまでアントラーズ的だったが、ひとり松田がマリノスで時おり(というか必ず)見せるようなオーバーラップを 披露していたのもジーコジャパン的にはOKなのだろう。早く戻れよ松田、アントラーズにそれは無い、とTVを見ながら思わずつぶやいてしまった。
何はともあれあまり負けても悔しく無い試合内容だった。

さて来年はこの”クラブ戦術のつなぎ合わせというチーム戦術”を代表がより追求する過程でのその進化が見物だ。 徐々にブレンドされぴたっとはまるのか、うまく調合できず結局バラバラになるのか。試金石は6月の代表強化月間。 このトルシエとは正反対のチーム作りへの評価はその時にしよう。

それにしてもアルゼンチン、うめえなあ。とりあえず今年一年、代表はお疲れさんでした。





大宮駅前にて。

2002年11月19日

長かったJ2リーグも最終盤戦。
湘南は日曜に行われたアウエイでの大宮戦に引き分けた事により5位が確定した。 2年連続の8位から比べれば順位もさることながら内容でも大きな進歩を遂げたこの一年だった。

端から見れば2部リーグの5位も6位もそれ程違いは無いのだろうが、 サポーターにとっては大きな意味を持ち、5位ともなれば、根拠は限りなく無いに等しいのだが、 来年は昇格争いに絡めそうと「捕らぬ狸の皮算用」的心情にて楽しい年末年始を過ごせるのだ。 そんな楽しい年末のためなら大宮まで応援に行くのは何でも無い。

ただ、一般の人から見たら相当奇異な行動と移るようである。

この日、たまたまこの試合を私の古くからの友人(特にサッカー好きと言うわけでは無い。 ワールドカップからのいわゆる初心者)が見に来ており、それをこれまたたまたま知り、 試合後彼に会ったのだが、私が大宮まで試合を見に来たことにまず驚き、更に 「ここは近い。新潟や九州に比べれば・・。」との私の弁に、 異人種と話をしているかのように驚いた反応が面白かった。 私にとってはこのことはそれ程特別な事では 無いが、きっと彼にとってはどうしてそこまで・・・、という気持ちになるのだろう。 そしてたぶんきっとそれが普通で、しかもまともな大人はそんな事はしない(と思う)。

しかし私は来年も湘南とともに、常では無いにしろ、北海道から九州まで出かけて行くだろうと思う。 この歳になるとそんな事ばかりしていていいのか、ともふと考えたりもするのだが、 やはりこの辺りは理屈では無い。 たぶん私の脳味噌が少しばかり狂っているのだと思う。どうにも大人の行動常識からもずれているかも知れない。 しかし人間、少しばかり狂っていた方が人生は楽しいハズだ。最近はそう思いこむことにしている。

湘南の話ついでだが、私は田中監督の退任は残念だと思っている。
彼の指向していたサッカーは意図も良く汲み取れたし、何よりはまれば面白いサッカーだった。 トップ下という概念が無い、堅い守備体制から攻撃へ少ないタッチ数で攻め込むサッカーは、 古い凝り固まった言い方をすればカウンター主体のサッカーに見えるが、 これは現在のサッカーに於いては最も有効で最も攻撃的なスタンスのサッカーだった。 ある意味トルシエの目指していたモノと似通っていた。 現代サッカーのエッセンスが詰まったサッカーだった。見ていて面白い、そして勝てるサッカーだった。 少し残念である。

次年度は誰が監督をやるかこの時点では分からないが(いろいろ新聞紙上をにぎわしているが)、 是非この方向性を継続できる監督をつれてきて欲しい。 そうでなければこの2年間積み上げてきたモノが無に帰ってしまう。

そんな訳で(話があっちこっちに飛び散ったが)、思わぬ旧友との再会というおまけも付いて、諸般の事情により 次週のホーム最終戦を待たずして私は今年最後の湘南のリーグ戦観戦を この大宮サッカー場で終えた。

来年は1部へ行こう。湘南ベルマーレ。



2002年11月12日

対アルゼンチン戦の日本代表メンバーが発表された。

前回と違い、いわゆる海外組の小野・中田・稲本及びジュビロの名波・服部がそれぞれチーム事情を考慮し外れた。これは致し方無いことではあるのだろうが、果たしてこの傾向は今後の日本代表を編成していく上で大きな問題となるではないだろうかとふと思った。

というのは、今以上にヨーロッパに代表級の選手が渡った場合、日本で行われるいわゆる親善試合では所属クラブからの要求により、フルメンバーが集まるのは希になるかも知れないということが考えられるからである。

このことはつまり真剣勝負の場(それはワールドカップ予選を於いて他に無いと思われるが。) 以外では常にチームはメンバー不足のまま、もしくはチーム練習をろくにしないまま試合を戦うこともあり得ると言うことで、サッカーという団体競技に於いてはそれはいざ本番という状況に於いて著しく不利な状況を醸し出す危険性があるということでもある。 その危険度は前回W杯予選のブラジルの苦闘ぶりなどを見てもらえれば分かるだろう。

無論、今後選手個人や各クラブが積極的に代表招集に応じれば別だが、今回の例を見ても その方向性は低いと思える。

果たして現在の日本サッカーのレベルに於いて、このようなチームとしての煮詰め無しの状況下が続くという前提でワールドカップアジア予選が始まった場合、それを勝ち抜けるほどの力はあると言い切れるだろうか?私は甚だ疑問である。

現在、誰もが海外に渡ることは日本サッカーのレベル向上につながる=善と考える。私もその効能や経験値におけるレベルの嵩上げは否定しないし、それによって日本サッカーのレベルが上がることも喜ばしい限りだ。

しかし、同時にこのことは日本代表というチームを考えた場合、上記のような煮詰まらない可能性のあるチーム状態のままワールドカップ予選等の重要な試合を戦わざるを得ないという危険性があるということにもなり、諸刃の剣でもあるのだ。

そしてこれが現実化すると、もしかしたら選手個人は海外に進出したが、代表チームはいつまで経っても予選を突破出来ないなどという事態も十分に考えられるのである。さて、その時に於いても代表の活躍のみに一喜一憂するサポーターは海外進出を諸手をあげて賛成するのであろうか?

無論、今回の名波や服部のように国内チームの選手に於いてさえ、同様の理由により参加しない場合も考えられるが、少なくとも地理的な理由を盾に招集拒否を申し入れられる事は無いはずだ。

更に過激に言えば、Jのクラブにとっては今のところ「日本代表」は”無二の奉仕が行える存在”だが、ヨーロッパのクラブにとっては我が代表なぞは”どうなっても良い”存在なのである。この、対代表に対しての想いの違いは、選手を雇っているクラブとそこから選手を借りると言う立場の国家代表という存在を考えた場合、日本代表チームにとってはかなり大きなウエイトを占める問題である。

しかるに、今回の招集メンバー発表を見ながら、私は、現在の選手個人における海外進出万歳路線がWカップ中心の日本サッカーの将来を本当に明るくするのだろうか?と将来に対し少なからず不安を持ってしまったのである。
(と、書いていたら中村俊輔もチームから招集拒否とのニュースが・・・。)


2002年11月03日
甲府にヴァンフォーレ対ベルマーレを観戦してきた。一泊2日という日程である。この日程からも分かる通り、観戦ついでに温泉宿と、ワイナリー見学等も盛り込み、なかなか良い旅を満喫出来た。

温泉は甲府近郊の山あいにある宿で、部屋や風呂から見える甲府盆地の夜景が見事、料理も甲府の田舎料理でまずまずで料金も良心的となかなか穴場的な好宿で満足。仲居の人に聞いたらヴァンフォーレの選手も良く来るそうだ。

ワインもちょうど新酒のシーズンだったこともあり何処も大にぎわいで、それらの観光客にもまれながら勝沼のぶどうの丘で新酒等の試飲なぞを行い、気に行ったものを3本程購入出来これまた満足。甲州ぶどうの奥深さを堪能した。(おいしんぼ的!)

さて試合だが、これはまったく堪能出来なかった。両チームの出来が今一つで特に書くことは無し。私的には勝ったことだけが良かったという試合で、スタジアムから見える南アルプスや八ヶ岳の風景に心を癒された1戦だった。

しかし甲府もホントに強くなってきた。中盤のプレッシングがなかなか早く、湘南が手こずったのもそのあたりに起因する。このまま順調にいけば、来年、甲府も相当侮れないチームになるかも知れない。ただ、あの荒れたピッチはどうにかして欲しい。試合が”まずく”なる。

ちなみに、山梨には山梨日々新聞という地元紙があるのだが、ここのスポーツ面ではヴァンフォーレの記事は全国紙で言うところの巨人並にスペースを取って書かれている。試合日の朝刊には試合予想が、試合翌日の紙面には戦評と更に詳しい解説が、と大盤振る舞いの紙面扱い。そこには松井の大リーグ挑戦も大分のJ1昇格も脇役で2の次ぐらいの取り上げ方で、試合選評だけを読んでいると眠かったあの試合がとてつもないビッグイベントだったように錯覚をしまうほどだ。観客も思った以上に多かった(湘南サポも結構来ていたのだが)ことも考えると少しずつではあるが、地元のクラブチームとして”熱く”認知され初めてきていると感じさせる甲府の現況だった。




今にも降りだしそうだった東京の空。

2002年10月27日
雨は降らなかったが屋根が無く囲いも無い国立競技場は、この時期は風が少しでも吹くとかなり寒い。特に上段はその向きが強くかなりしんどい観戦になる。しかしこの日の横浜対磐田の試合は、そのしんどさを少しも感じさせない素晴らしさと、思いも寄らない滑稽さを堪能させてくれた試合だった。

この戦い、女性サポの数が多いことでもつとに有名な両チームの対戦である。両ゴール裏はもちろん私の座ったバックスタンドもとみに女性が多い。またメインの高そうな席が結構埋まっているのも両チームのこの状況に寄ることかも知れない。

正直なところ、女性サポの声で「戦えマリノスッ!」やら「俺達のほこぉりぃ(誇り)!」はかなり痛い応援だと思うのだが、それ以上に選手紹介などの甲高い声で、「キャー」という声援にはまるで別の見せ物を見に来た感さえある。Jリーグを盛り上げる大事な方々なので彼女らに応援するな!とも言えないが、それぞれの男性サポよ、まったり席に座ってこんな状況にぶつくさ文句言ってる暇あったらゴール裏に言って男性テノールで応援してこい!とは言いたい。



試合はジュビロの上質なサッカーが存分に堪能でき、個人的には大満足の試合である。ここのところTVで見る限りではチームの出来に今一つの感があったが、この日生で見た磐田はまさに”磐田”そのもの。アグレッシブな中盤、美しくそして早いパス回し、スペースの使い方そしてその作り方の見事さ、何も言うことが無い程である。その中で高原は、有る意味最もジュビロらしく無いプレー(突っかける強引さ)が最近は多いが、これもまたその反則とも言える”強さ”によって更にジュビロサッカーに色を沿えている。アレでは足下パスばかりのマリノスでは手も足も出ない。ホントにこのチームをヨーロッパチャンピオンズリーグに出して見たいと思ったのは私だけでは無いはずだ。。

さてこの試合の焦点は、高原の素晴らしいゴールや、3点目の名波→高原→中山へのまさにキラーなパス回しや、中山隊長の何度ハズしてもめげない姿勢などでは無く、終盤にあった奥とウイルの味方同士でのいざこざである。

あのシーン、私は事の起こりを見てはいなかった。気がつくと奥とウイルが近いポジションで重なっており「何であんなところに2人いるんだ?だからマリノスは・・・」等と思っていたらそこに上野からパス。するとそのパスがジュビロDF陣に取られそうになり、あわてて何とか体を入れそれを防ごうとするウイル。しかしそのすぐ側にいたハズの奥は何故か背を向けすたすた自陣に向かって歩いている・・。「何やってんだぁ、奥は?」と不思議に思うと、ジュビロDF陣とボールを取り合っていたウイルに笛が吹かれる。イエロー2枚目で退場。するとウイル何を思ったのかいきなり奥を背後からキック!止めに入る上野・・・。という感じだった。

あの場合、味方を試合中に蹴飛ばしたウイルは断罪は免れない。プレイが止まっていたとは言え、観客のみならず相手にもマリノスチーム内の軋轢を披露してしまったのだから最悪。暴力がいけないなどという杓子定規的な善悪論では無く、チームへの貢献という面に於いて、給料泥棒に匹敵する行為である。

但し、同様の点に於いて奥にも非があると考える。勝利ということを考えたら、例え、試合中ずっといがみ合っていたチームメイトがマイボールを取られそうになる目の前の出来事に於いて、何とそこから背を向けてスタスタと自陣に歩いている選手など言語道断。例え気づかなかったなどという言い訳があったとしても、それはプレーに集中していなかったと言われればまったく返す言葉は無いハズ。お陰で横浜で最も得点力のあるFWは味方のフォロー無いボール奪い合いの末に退場。これがチームへの裏切り行為で無くて何だというのだろうか?

正直、あの時の奥を見て彼が何故ジュビロで大成出来ないかが良く分かった。好きな選手だけに残念だ。
実はこの日はこの試合だけで無く、もう1試合を観戦した。東京スタジアムで行われるナイトゲーム、FC東京対仙台である。

国立の試合は5時に終わり(試合中、延長が無いことを祈っていた!)、試合終了の笛と共に急いで東スタに向かう。電車の接続が思いの外スムーズに行き、東スタのある飛田給駅には5時40分に着いていた。意外と近いこの両スタジアム、今後もゲーム観戦のはしごに使えそうである。

スタジアムに入ると、アウエイゴール裏には既に多くのカニサポが陣取っている。幸い、カニサポの大半はバックスタンド寄りの席に凄い密集度で固まっていたため、他の席は余裕がある。私は東京側ゴール裏はほぼ一杯だっこともあり、アウエイ側メイン寄りのゴール裏席に陣取った。



ナイトゲームの東京スタジアム。

試合開始前から仙台サポはエンジン全快。昨年、仙台スタジアムでそのサポート力の凄さをまざまざと見せつけられたので、それ程驚きは無かったが、それでも迫力十分。東京サポも大半は男ばかりなので、先ほどの国立とは全く正反対の男臭いテノール応援が東京スタジアム中に響き渡る。観客数的には国立の半分ほどだったが、その雰囲気はフットボールの本質に見合い、なかなか良いモノを醸し出していた。

そのような雰囲気の中でファンタジスタが光臨した。仙台GKのノリオこと高橋範夫である。

昨年共にJ2を戦った相手なのでその凄さはとっくに体感済みだが、この日のノリオは外れぷっりが凄かった。

まず1点目の失点は明らかにキーパーの責任が大きい。あれだけボールをゴール前で振られれば仕方無いという向きもあろうが、あの浮き球に意味無く体だけが反応し、翻弄されたあげくボールには触れず、結局アマラオに1発決められては言い訳は出来ない。 ”役立たず”である。

2失点目はDF陣のまずさの方が大きい。ファーをあれだけやられているのに、あの場面でもケア出来ずに易々とシュートを打たれては・・。しかもシュートに反応した味方DFにボールコースを遮られていては反応も遅れること致し方なし。ただ、普通のJリーグレベルのキーパーだったら取れていた可能性も否定できない。

しかし彼の”見せ場”は後半だった。とにかくパントはタッチラインを割り、相手に渡し、背を向けていた味方にはぶつけてしまうというミスの連続。しかもゴールを空け恐ろしいばかりの飛び出しをしたかと思えば、そのキャッチの際は「そんなに回転するかぁ?」というぐらいの側転を魅せつける。またバックパスのリターンキックの際は仙台サポを何度恐怖の底に陥れたか。すぐ裏の東京サポには茶化した声援でいじられまくり、ファンタジーとしか言いようが無いほどの千両役者っぷりだった。

試合のレベルというモノでは大いに疑問だが、彼無くして仙台というチームを語るのも何かおかしい気もするのでこれも個人的には大満足な試合だった。

さて、来週はJ2の6位を賭け、甲府との直接対決アウエイ戦に出かける。関係ない人にとっては2部の6位も7位も大差ないだろうが我々は大まじめでこの微妙な位置にこだわっている。ここで6位を完全に確保し、いよいよ5位を目指し大宮に対しラストスパートを駈けるのである。ちなみに甲府はワインもシーズン。こっちも楽しみである。





僕は不安だ。ジーコよ・・。

2002年10月16日
今日、私は失望した。こんなに酷い代表の試合も久々である。初めての試合ということを差し引いても内容の無さには憮然とする。

DFはただ守っているだけ。MFはボールを回しているだけ。FWはボールが出てくるのを待っているだけ。何処にも戦術も戦略も無い。ただボールを支配し続けていただけの試合だった。(少なくとも素人の私にはそう見えた。)もし判定がサッカーにあるのなら優勢勝ちだろうが、残念ながらそんなものは無い。その結果が、追いつかれて1−1の引き分け。何とも歯がゆい試合内容であった。

そもそも、この試合の代表には一体どんなゲームプランがあったのだろうか。”黄金のカルテット”でボールを保持し、あとは個々の才能に頼って相手を崩すなどと言う、全くリアリティに欠く試合戦術を本気で考えていたのならジーコ監督に未来は託せない。この試合、私には攻撃陣がどうやって相手を崩していくのか全く意図が見えなかったのだ。



何か行き当たりばったりのボール運び、気まぐれなパス交換、しかもその多くは足下へのパスばかりではどうにも相手は守りやすい。何度か中盤の選手達がそのポジショニングをチェンジし、相手のマークを外しスペースを作ろうと試みていたが、これも動きながらではなく、ただポジションを移しただけなので全く効果は見られない。しかもMFとFWの連携は柳沢が出るまで見られず。チームとしてどうやって点を取ろうという統一した意識が全く見られなかった。

いや一回だけあった。それは中盤での素早いプレスからパス一発で前線に飛びだしたボランチの小野へ、という展開によりこの日の日本代表唯一の点を決めたシーンだ。しかしそれは以前のトルシエの信奉していたヨーロッパサッカーそのものである。これでしか決められなかったのは単なる皮肉か、それともやはりこのやり方の方が我が代表には向いているという暗示なのだろうか?

また、DFもどのように守ろうとしたのか全く分からない。一体誰がラインやマークを指示していたのだ。どこで当たり、どこで退くというコントロールは果たして今日の試合で見られたか?否、今日見られたのはただ目前の敵を止めるという、何とも原始的なDFである。へたくそなジャマイカ攻撃陣に何度助けられたか。

ジーコ監督の采配も正直意味不明だった。もし勝とうとするならあの時間に同じようなタイプのボランチを一気に入れ替える意味が分からず、逆にもしテスト的な意味合いならたった10分では短すぎる。そしてあの試合で勝ちを狙うのなら調子の上がらない中村を引っ込め、運動量の豊富な選手を投入すべきでは無かったか。(ああ、でもそんな汗かき役は選ばれていなかった!どういうわけだ?)事実、FWにスペース作りや引いてポストのうまい柳沢を入れたあとは前線は活発化したではないか。

確かにあの4人のボール回しは楽しいかも知れない。しかしトルシエが言うようにサッカーはサーカスでは無い。点を決め、勝たねばならないスポーツである。その言葉が今日の日本代表への痛烈な皮肉に思えた。

試合の後半、ミスをたくさんしてくれてスペースも思う存分与えてくれたジャマイカ(そう、ジャマイカは更に酷かった!)陣のフィールドに対し、森島の登場を願った人は私だけで無いはずだ。また、中盤の底でただボールを回すだけの我が代表のボランチの位置に左右に大きくチームを操る事の出来る戸田や、スペースを絶えず探し働き蜂のようにボールを追いチームのリズムを作る明神の姿を見たかったのも僕だけだろうか?そう、このチームには献身的にチームを引っ張り、試合をメークする陰の主役がいない。みんながスターでは残念ながら現代サッカーでは勝てない。それは事実だ。

ジーコ監督の目指すサッカー、私は不安で一杯だ。



2002年10月06日
自分も行くのであまり言えないのだが、平日のジャマイカ戦がチケットが早々にソールドアウトし、しかもそのチケットが 高値で売買されているのを見るにつけ、代表バブルも極まったと思っていたが最近更なる驚きがあった。何と対アルゼンチン戦の観戦チケットは最低の席でも定価4000円!一昔前ならSAはおろかS席も取れるかというお値段。しかもあるインターネット調査によると、この親善試合は今秋最も期待するスポーツイベントとして評価されているようで、昔のスカスカ国立を知る身には隔世の感を通りこし、何故か怒りさえ覚えてしまう。追っかけの心理では無いが、俺達の代表は何処へ行った!と叫びたい気分にもなる。

そんなバブル花盛りの代表に関して、今、正直あまり論ずる気が起こらない。人にアジア大会の戦いぶりに関して意見を求められても「いいんじゃ無いのぉ。」と無責任&無関心の生返事を返す自分がいる。チームは何とかベスト8までは行ったようだが、アジア大会のあのレベルをわざわざゴールデンにJリーグを押しのけて放映する試合か?と疑問符をあと4つぐらいつけたくなってしまう今の状況を論じたい気分である。ますます代表を中心とした日本サッカーバブル崩壊の怖さをひしひし感じてしまうのは私だけなのだろうか?

また、マリノスでふつーに活躍していたシュンスケも、レッジーナでFKを決めるシュンスケも同じ人物で同じプレーなのに、後者にあまりにプライオリティをおく報道ぶりと一般ファンのリアクションは、価値観を自身で持てないことをさらけ出しているようで滑稽でさえある。今のシュンスケの状態はまるでマリノスで悪かった時の彼の状況と同じである。あの程度のプレーなら今までも腐る程横浜国際で見ることができた。少なくとも眠い目をこすって夜中に見る程の珍しいプレーでは無かった。”セリエで活躍する中村”というブランドを外せば何ら今までの彼のプレーとさほど変わりは無い。それだったら売るほどあった横国のスタンドで見ていた方が余程楽しいし、だいいち体にも良い。さっさとJリーグに見に来れば良かったのだ。

こんなブランド信仰と、自信の無いことの裏返しである海外励賛主義ばかりが横行する現状からそろそろ抜け出せなれば、この国のサッカーを見る目ひいてはサッカーを取り巻く環境は少しも進歩しない。まずは自信を持って足下を見つめよう。





観客も多いが看板の数もJ2のレベルでは無いことに注目。

2002年9月16日
14日・15日両日に行われたJリーグの試合で一番観客は集めたのはどの会場かご存じか? 国立でも無い、仙台でも無い、新潟スタジアムである。そう、ここはJリーグ2部のアルビレックス新潟のホームグランド。この日の入場者数は実に34627人。地方の2部の試合である。それが、もしかしたら同日行われた東京ドームのジャイアンツ戦より実数では多いかも知れないという出来事は驚くべき事だ。(野球はあまりに観客数の水増しが過ぎている。) この現象に注目しない中央マスメディアは目が腐っているとしか思えないのだが。

しかもこれが一過性では無く、昨年からひたすら続いているというのだから更に驚きである。さぞやスタジアムはオレンジ一色、新潟を応援する声は地響きのようという、アウエイチームにとっては過酷な雰囲気だろう。これはサッカーファンとしては見なくては(+そんなところだからこそ湘南の応援もしなければ←実際はこっちが主なのだが。)と思い立ち、新潟まで日帰り夜行というきつい日程で行って来た。

新潟を訪れるのはワールドカップ以来ということで今年2回目。既にそこにはワールドカップの余韻は無く、当時駅近辺にたくさん出没したバッタ屋の姿も懐かしい。この日の駅前には何処にでもあるいち地方の普段と変わらぬ光景があった。(当たり前か。)

試合前、駅ビルの中をプラプラしていると、何気に「がんばれアルビレックス!」のポスターが目に入る。結構あちこちに貼ってあるので、盛り上がりを期待させるが、その他にはあまりアルビレックスを意識させるモノが無い。レイソルの巨大応援POPを駅前のデパート壁面に吊してある柏までとは言わないが、もっとデコレーション的にも盛り上がっているのかと思っていたので少々拍子抜けである。土産物屋の店頭に臨時っぽく置かれたアルビレックス応援グッズ売り場だけが妙にホームチームを主張していた。

良く新潟の観客数の多さを議論する際にいわゆるタダ券の多さを指摘する声がある。あちこちで撒いているだとか、その気になればいつでもタダとか、我々身銭を払って湘南を追っかけている風情からすればうらやましい限りの話である。で、実際どうなのかと以前から思ってはいたのだが、現地で昼飯を食した際にその流言がある程度正しいのだろうと思わせるものを見た。

私は昼と夜の2回とも駅ビル内の異なった店で食事をとったのだが、どちらも食事をした人間の中で申し出ればこの日の試合(対湘南戦)のチケットを差し上げる旨をうたったPOPをレジに張り出していた。この日の試合!って、この期に及んでまだ配っているのか・・・。ということは余程人気がないのか、試合観戦を考えている人間は既に他のところで入手済みなのかどちらかだ。更にショックなことは私も申し出ればもらえるということ・・。なんとローソンで2100円にて前売りチケットを買ったのは失敗だったのである。

実際、少し早めにスタジアムに向かい、ゲート付近で地元の方が手に持つチケットをしばらくウオッチすると招待券らしきものが多い。やはり相当配っているようだ。

これが果たして将来アルビレックスに対してどのような影響を与えるかは分からない。確かにいくらタダ券でも興味が無ければ観には来ないであろうし、何より満員のスタジアムは選手にとってもコアなサポにとっても嬉しいしやる気も出る。きっと配る元締めも盛り上げたいとの一心で、そして一人でものリピーターを獲得すべくやっていることなのだろう。確かに現在の成績・観客数ともその狙いは成功しているようには見える。

ただ、あえて苦言を言わせてもらえば、アウエイ側に限って言えば試合中にも関わらずスタジアム内をうろつく方も目立ち、一番驚いたのはハーフタイムで帰ってしまう人が結構見受けられたことだ。自分のお金で入場した訳では無いためだろうか、あれほど多くの人が試合を前半だけ見てゲートから出ていくという風景も初めてみた。残念ながらまだ能動的な3万人を集めている訳では無さそうに思える。これを見るにあの盛り上がりは今はまだブーム的段階とも言え、完全に定着するには、あと数年の好成績と、チームと地域との強烈な共同的体験を経なければ難しいだろう。やはり街ぐるみで招待券を発行し続け、あの数年前のJ1残留における激しい戦いをくぐり抜けるという強烈な体験をした福岡でさえ、2部に落ちてからの観客動員に於いてはかなり厳しいものがある。サッカー(スポーツ)クラブが地域に根付くというのは日本ではまだそれほど難しいことなのかも知れない。だからこそブーム的とは言え、そのきっかけを掴んだ新潟には頑張ってもらいたい。

さて、試合はかなり拮抗した展開だった。湘南からは200人弱のサポが来ており良くまとまっていたが、如何せん相手は3万4千人。量ではかなわない。久々、アウエイというものを恐いぐらいに感じさせる雰囲気である。選手もそんな大観衆に緊張したのか、試合開始早々にバタバタした守備からPKを取られ1点先行されるという嫌なパターン。ココまで来て大虐殺だけは勘弁してくれ、と祈って試合を見守る。すると我々サポの願いと「落ち着け湘南!」のコールが選手の気持ちに響いたのか、試合は徐々に湘南ペースになり、右からのクロスを坂本がゴール前で合わせ同点。それからはDFラインも安定感を増し、試合当初とは見違えるようなチームに変わるという、湘南の悪癖である乱高下の激しい試合となる。

後半も湘南ペース。新潟は前半見られた大きなサイドチェンジやFWのポストを使った攻撃もあまり見られなくなり、時間が進むと共に失点の匂いが減じて来ていた。あとはFWのマルクスさえ気をつければ良い・・。そう思った矢先に、一瞬ボランチ・DF陣の足が止まり、そこをまんまと寺川にきれいなシュートを決められてしまう。あの時間、あの数分だけが足が止まっていた。それがとても悔しい。

その後は湘南が怒濤のごとく新潟ゴールに襲いかかるがどうしてもボールはゴールを割ってくれない。やがてタイムアップ。我々サポもどっと席に座り込むほど悔しく疲れた1戦だった。きっと新潟を応援していた方は我々以上にハラハラドキドキのジェットコースター的気分で試合を見られた事だろう。その結末がハッピーエンドなどというのは何ともうらやましい。

帰りはあの既に伝説化しつつある驚異のバスピストン輸送が大回転をし、難なく駅まで着く。このバスを待つ列に着いたとき、湘南のユニを着た私の存在に気づかずに初めて試合を見に来たであろう若い女性が、”こんなに面白いとは思わなかった。”と連れの男性に興奮気味に話していたのがとても印象的だった。もしかしたらこの日の結果が少しでも新潟のサッカー定着に貢献したかも知れない。そう思うとそれはサッカーファンとして、だが湘南サポとして実に複雑な気分な夜だった。






体育座りのバックスタンド観客席。

2002年8月20日
今回も湘南ネタである。日本サッカー全体を考えると(そしてこの間々記のネタを考えると)柏の葉か国立観戦記なのだろうが、足を向けられる範囲のところで湘南の試合あったのだから仕方が無い。僕はそちらに行った。

さてその行き先とは東京 夢の島競技場である。この試合、横浜FCの主催試合、そう神奈川ダービーなのだが、なぜだか試合は夢の島。三ツ沢が使えないとのことかららしいが、しかし神奈川県同士の試合をわざわざ東京のハジッコ、もうすぐ千葉というところでやらなくてもよいと思うのだが。お陰で観客は2000人足らずだった。(この日は前述の2試合に加え、東スタでもJリーグがあった。これじゃコアサポ以外誰も見に来ない。)

僕は家族の「どうせあっちのほうに行くのなら恐竜博も見たい」という要求により、幕張メッセで行われたこの催しとこの試合をセットで見るという行動予定を立てた。イベントづくしの休日である。



この素晴らしき行動計画に基づき試合会場には昼前に着く。車は、スタジアム横の駐車場(草野球場を使用する人用の駐車場らしい)にも余裕があったのだが、長時間止めることも考え、向かいの公園の有料駐車場に置く。この有料駐車場、最初の2時間が300円、1時間超過するごとに100円というなかなかリーズナブルな駐車場である。(スタジアム横の駐車場はタダ。しかし観戦客の駐車は禁止されているが、早い時間に行けば別に止めても文句は言われないハズ。試合前は警備員がいて観戦客は断っていた。)とりあえずここに車を置き、僕等は幕張まで電車で出かけた。

そういえば夢の島と言えば小学校時代に習ったゴミの埋め立て地というイメージが強いのだが、今は立派な住宅地と工業地帯。しかし今でもゴミ焼却場はあるようでひっきりなしにこの公園横をゴミ収集車が走って行く。あまりにイメージと重なるこの風景は地域にとってもマイナスだろう。皆さん、ゴミの省力化に協力しましょう。

恐竜博であるが、その内容は割愛。ただただ疲れました。

そして夕方、”長時間入場待ち行列&子どもだらけで大騒ぎ”攻撃@恐竜博によって疲弊した身体を抱えながら夢の島競技場最寄りの駅である新木場駅に戻る。無論、この疲労感には幕張で呑んだビールも手を貸していたのは間違いない。(疲れを癒すための昼ビール。でも何故か更に疲れますよね。) この新木場駅、コンビニやらファーストフードやらがきちんと駅に併設されており、ここで買えばスタジアムで食べるものには困らない。(スタジアム内の売店はしょぼい。)そしてこのぐらいの時間になるとこれらの店にも少しだけ両サポの姿が目立つようになってきた。

さて夢の島競技場である。
それ程期待していなかったとは言え、そしてそれ程良いモノじゃ無くとも&別に2部だからいいんだケド、あまりに見にくいスタジアムである。作りは地方公共団体に良くあるメインはそこそこ立派、他は全て芝生席しかも狭いという作りで劇場性はまるでない。バックスタンドは観戦者のことなど何も考えていないゆるゆる角度の観客席で、観戦位置をどこにとってもピッチレベル。立って見なければ見づらいことこの上なしで疲れた身体にはチトきつい。(どちらにしろ立って応援していましたが) こんなとこ゚ムム J2の興行やる資格あるのか?と疲労人間は文句たらたら。まあ、それでも2千人しか集まらなかったので強いことは言えないム゚だが・・。

ム 合は前半は横浜FCのぺースだったが、後半は湘南ペース。自軍ペースの間に点を取った方が勝ったという内容。横浜FCの2−4−4というシステムは、あれで決定力があれば面白いのだが、如何せんそれは叶わず、システムの方向性から後半はDFが疲弊しペースダウン。そこに息を吹き返した湘南が持ち前のパス回しで横浜を更に振り回し点を重ねたという、いわば横浜FCからすればシステムに殉じた敗戦とも言える。監督は相変わらず強気のようだが、果たして横浜FCはこの定着するのに時間のかかるシステムに耐えられるだけのチーム事情(つまり今シーズンはある程度負けを仕方ないとし来年に繋げるという賭に近いことを行えるだけの余裕と財政事情)を今後も保っていられるのであろうか。

ちなみに夢の島ではビールが売っていないという伝説は本当だった。石原都知事よ、その理由(ワケ)を教えろ。






開門前にゲート前に長い列が・・(感動)。

2002年8月04日
私の現代表レプリカユニの背番号は"8"。セレッソ大阪所属の森島の背番号である。W杯時の代表では彼が一番お気に入りの選手だったからである。が、しかし、昨日はそのモリシに徹底的にやられてしまった。我が湘南ベルマーレが・・。

セレッソ戦ということで混むことを予想し、すこし早めに家を出てめずらしく開門前にスタジアムに着くとそこには驚くべき光景があった。何と開門待ちをしている列が各ゲートに長々と続いているのだ。ここは平塚競技場である。国立競技場ではない。 さすがセレッソ戦、アウエイでの集客力は抜群。

そういえば以前もこんなチームあったな、とその列を見て思い起こす。 だが、あの赤いチームはたくさんのサポを引き連れてやってくるが、セレッソはセレッソサポというより代表ブランドに反応する観客を引き連れて来るというとところが大きく違う。言うならばこの日の観客増こそワールドカップ効果である。

と言うわけでこの日は9700人オーバーで久々活気付いた平塚競技場だったが、湘南サポ6割(取りあえずも含め)、セレッソサポ1割、中間派3割といった構成の雰囲気だった。

試合全体の評という点では内容はかなり均衡していた。湘南も最近の好調さを持続しているようでパスもまわり中盤ではかなり支配できる。DFも頑張っていた。ただフィニッシュが粗いということと、何と言ってもセレッソの森島を止められなかったのが敗因の大きな要素である。

彼はJ2レベルでみた場合"スーパー"である。わかってはいることだがとにかく運動量が凄い。そして何よりその動くセンスが抜群。量だけで無く質でも最高である。(だから私は好きなのだが。)

この日のモリシはサイド気味のポジションに張っていたが、そこから動き出すライン取り、スペースの見つけ方、タイミング、そしてボールの受け方、それぞれが抜群。敵ながら拍手を送りたくなる。しかも味方もモリシの位置を常に確認しているようで、ボールが前線に送られると必ずそこにはモリシがいる。残念ながら我がクラブのDFは彼を最後まで捕まえることは出来なかった。

ただ、チーム同士見た場合、モリシ以外はそれ程大きな差があるとは思えなかった。確かにセレッソ攻撃陣の縦の動きは驚異であり、2列目以降から次から次へと前線に飛び出してくる攻撃は他のJ2のチームとは一線を画す。が、DFはセンターのジョアン(なかなか効いていた)以外は攻略しやすく、あとは湘南のFW陣がもう一がんばりし運が良ければ何とかなったかも知れない。

ただ、総合的に見ればやはりセレッソは格が違う。
例え途中湘南が勝ち越したり追いついたりしても最後に勝利はセレッソへ転がっていたように思えた。(何と言っても現役代表FWを控えに回すぐらいですから。彼の出来?ウーンッ。)何か中盤を支配"していた"のでは無く、"させられていた"、そんな気にさえなるほど余裕のある(ように思えた)セレッソの受け方だったからである。その格の差というヤツが経験の差というのかどうかは知らないがとにかく何分やっても勝てそうには思えなかったのだ。ああ、あれがカテゴリー1なのだな、と痛烈に感じた1戦でもあった。

それにしてもモリシ、敵に回すとこれほど恐い選手だとは・・。ああ、日本人で良かった。






18000人強の入りでした。
(写真はハーフタイム時)

2002年7月28日
マリノス戦での集客の先今週の違いについて前回書いたが、今週はその大きな違いを埋めるべく(笑)、国立に 行って来た。世の中的にはジーコやら川淵新会長の話題の方が面白いのだろうが、私的にはそれより今はリーグ戦の行方が 大事なのである。尚、川淵会長の事については近々まとめて書きたいと思う。

行って見て分かる事だが、この試合の集客力の無さは柏レイソルの方にもかなり問題がある。 いつか行った雨の国立の時と同数ぐらいしか柏サポが来ていない。チームが停滞しているためであろうか。 柏の動員力にかなり陰りがある。ここにはワールドカップの効果など無い。



試合は楽しめたが、ちょっと気になったことがある。それは両チームとも凡ミスが目立つことである。サイドチェンジを すればボールに追いつかない、運動量が少なくカバーリングが遅い、簡単なトラップをこれまた簡単にミスをする等、プロとしての技量を疑ってしまうものが 個人的に目に付いた。しかもココ数試合見に行った試合ではどの試合もやはり多い。

ただ、これは両チーム、そしてJリーグの名誉のために書いておきたいが、プレーが弛んでいるとか気が入っていないとかいう 事に起因するモノであるという訳では無い。(少なくとも観客席から見ている限りでは。) 思うに日本の夏は暑すぎてサッカーにならないのだ。程度はあれ、同じようなプレーはワールドカップ開催の時にも同様の事を多く見た。今から比べれば遙かに"涼しい"のに。

この日の気温は夜というのに31.1C(Jリーグオフィシャルより)。風も無く、観客席で見ていても汗がしたたり落ちてくる。 この気温では素人でもとてもサッカーをやる環境では無いというのは分かる(少しでもプレーをした方なら)。 試合も前半はまだ締まっているが、後半はもう抜かれたら追いつけない、暑さで動けないためスペースも空きまくり、 余程正確でないとトラップするのも一苦労というかなり辛い環境である。(その反面、ゴールが決まりやすくなり派手な試合になる。)

それでも彼らはプロであり、その活動量は 驚くばかりだが、多分、ものすごい湿気と暑さの壁を感じたろう。動かない自分の体がもどかしかったはずだ。

また、見る方も追いつかないハズのボールに追いつき、信じられないトラップ・シュートを見たいがために足を運ぶファンも 多いはず。それが難しくなる気象条件を前提にリーグを組んだとしても観客の欲求は満たされず、自然にスタジアムに足を運ぶ ファンは減る可能性がある。そして何より如何に超人とは言え、人間の限界を超えた気象条件下でプレーをさせてもサッカー自体のレベルの向上も見られないのでは無いか。

こういう現状を見ると私も遅まきながら秋春シーズン移行の是非に関しては肯定的な意見を持たざるを得ない。

確かに雪国の問題、寒さによる観客の入りの問題等があるが、プレーの質という本質的な問題を解決するためにはこのシーズン移行に頼るしか無い。何より暑さでやられたへたれプレーを見るより、思わずその凄さに唸り、心が熱くなるプレーを数多く見られることが、我々サッカーファンの何よりの希望だ。

ばてばてで動けないスペースだらけの試合を見させられても同情と興奮は煽るかも知れないが、 サッカーの質にとっては良いことは無い。日本サッカーの更なる強化のためにも 秋春制への移行を強く望んだこの日の国立だった。



2002年7月23日
自分の応援するチームが勝つというのは気分が良い。試合後帰る足も軽やかだし、 何より酒がうまい。

我が湘南はなんとWカップ中断後、引き分けを挟んで4連勝、中断前から数えれば5 連勝と春先には考えられない我が世の"夏"を満喫している。

細かいことは他チームサポの方にはどうでも良いことなので割愛するが、 DFが見違えるように堅くなり、MFでのパス回しもJ2では秀逸もの。
少し得点に絡む部分が弱いのが気になるが、それは現代日本サッカーの 根幹的な問題でもあるので仕方は無い。ともかく僕らサポーターをわくわくさせてく れるサッカーで勝利を重ねてくれるのは嬉しい限り。

更に選手もサポーターの勝利への貢献を口に出して言ってくれるところなぞは応援し がいもあるというもの。

そのサポーターもあの平日の台風の中でさえ2千人強が集まり、この日は5千人の入り。 かつて中田ヒデが抜けて観客が激減した頃に比べれば、何よりチームを応援するという 意識が高く、こういう方々と応援出来るチームを持てることのありがたさを 身にしみている今日この頃なのである。



久々バックスタンド満員の平塚競技場。

さて、日曜のマリノス対ベルディは諸般の事情もありTVでの観戦となった。 5万2千人を超える観客は喜ばしい限りだが、何故、今週同じ国立で行われる横浜の 主催試合はたった1万8千枚(7/22現在)しか売れていないのか?

これではもし今週末国立に2万人程度の観客が来たとしても21日との差し引き3万人強は マリノスでは無く俊輔を見に来たと言うことである。

この3万人はあまりに大きい。マリノスというチームを巡る環境の厳しさを物語る 数字である。

無論横浜国際で無く国立だからという言い方も出来ようが、 その両都市間の距離から言っても、横浜という都市規模から言っても、また日程から言っても、 そして何より首位という現在の地位から言ってもたった1万8千人という数字は マリノスというクラブがまだまだ横浜市民に認知されていないと言われても 仕方が無い数字なのである。

7月21日にホームゴール裏であれほど多くいた黄色い(もしくは野太い)声で 「俊輔」コールをしていた人達は一体何処に行ってしまったのだろう。 その人達は俊輔のみ愛していたのか?マリノスは愛していないのか? クラブは彼らをマリノスのサポーターとして引き留める何かアクションはしているのか?

現在のJリーグはトップクラブでもまだまだこんな状態である。 だから過去最高の観客動員を記録しても何も意味は無い。 それより対戦相手やイベントに関わらず来場するサポーターをどれだけ 増やすかが今こそ必要なのである。

以上、serieAに移籍するため人気選手抜け、客が激減した過去を持ちながら 何とか今では台風の中平日でも2千人がはせ参じるクラブのサポーター の戯言である。




2002年7月13日
J1リーグが再開された。マスメディアではこの日がJリーグ再開初日らしいがJ2のサポから言わせれば 既にJリーグそのものは再開されて1週間経つ。この日は"J1"の再開の日である。間違えないで欲しい。

日曜の大宮−湘南は諸事情のため(単なる疲労を考えてのことだが)行けないので、その代わりと言っては何だが土曜、 埼玉スタジアムにて浦和対磐田を観戦した。たまのまったり観戦は疲れないので気分転換には最高である。

この対戦で覚えているのは、浦和が確か1年ほど前の同一カード@国立で、 磐田に全く歯が立たず勝てなかったという(本当に全く歯が立たなかった)ことだけなのだが、 この日の対戦はむしろ浦和の頑張りが目に付き、そんな私の記憶も遠い彼方に追いやってくれる内容だった。

全般を通し、試合は積極的な守りの浦和とそれを崩すのに攻撃に腐心する磐田という展開。

蒸し暑い気候のためか調子が今一つに見える磐田に対し、その得意なパス回しを浦和が執拗なプレッシングで 追い回し磐田の中盤を自由にはさせない。以前とは違い、あのエメルソンでさえ敵ボールホルダーを追っかけて 守備をするぐらいである。如何に激しいかが分かるだろう。浦和の変貌ぶりはきっとジュビロサイドも驚いたハズだ。

しかし、さすが磐田、しばらくするとそれまでは遊びかと思うばかりのパス回しとフリーランニングの嵐で 浦和のプレッシングをかいくぐってくる。特に2列目などからの縦の飛び込みと高速パス回しを駆使し 相手DFゾーンを破る術はいくらW杯で目が肥えた観客でさえ思わずうなり声を上げてしまう程。 (それでも本調子で無いところが磐田の恐ろしいところだが。) 名波・高原の調子は今一つのように見えたが、ベースは相変わらず素晴らしいサッカーである。最終的にはその結果と同様 勝つのは当然という内容でもあった。

翻って浦和は前述の中盤でのプレスは目を見張るモノはあったのだが、攻撃は相変わらず"エメルソンが戦術"状態である。 そしてこれ以上のものは何も無く(福田のポジション=下がり目のFW?の意図は良くわからない。)、特に中盤にボールを振れるコンダクター("司令塔"では無いよ)がいないため、攻撃は単調。それでも2点を奪い一時期は磐田相手にリードしたのは エメルソンの能力に寄るところが大きく、それはそれで危惧するところではあるが、守備面での中盤の頑張りを見る限りは今後に対しては見込みがある。ただDFは問題だが・・。(坪井だけが期待か。)

この日のスタジアムは5万8千人という入りで、たぶん初めてJリーグを見たW杯効果お客さんも多かったように思う。 (以前はあまり見られなかった代表ユニ装着の方が多かったのもその辺りに起因するかも知れない。) 試合もなかなかアグレッシブで初めてJリーグを観戦した方も楽しめたかとも思うが、そんな方々が一番驚かれたのがやはり 浦和サポーターの迫力ある応援だろう。

日本代表のWカップでの応援など比では無いあの凄まじきサポートぶりは、この日もその埼玉スタジアムという空間とも相まって よりそのパワーを醸し出していた。たぶん試合内容よりそちらに惹かれ浦和のサポになっていく方も多いかも知れない。 そう言う意味で、この日の浦和サポーターはJリーグ及び日本サッカーに対する貢献の高さはかなり大である。Jリーグも彼らをもっと讃えるべきである。無論当のレッズサポーター達はこの日の敗戦に頭に血が昇ってそんなことどころじゃ無いだろうが。

とにかくJ1リーグがこうやって再開された。各チームが今まで以上の熱い試合を見せてくれることを一サッカー馬鹿として強く期待する。


2002年7月01日
ワールドカップが終わった。終わってしまった。

オリバーカーンの大会を通じて初めてのミスがワールドカップの行方を決めてしまった。 本人は悔やんでも悔やみきれないだろうが、これまでの貢献を考えれば誰も責められ ない。(そうは言っても責める人は責めるだろうが。)

詰めていたロナウドも早かった。今大会は彼の確かに数年前のスピードは無くなった が、決定力というもので見た場合は当時を凌ぎはじめているのではないか。 持たせたらほとんど枠にボールが飛ぶ。そんな印象だった。 特に2点目は才能としか言いようがない。なぜあそこにあの場で蹴れるのだろうか。 あれを見て日本のFWを叱責するのは酷すぎる。あれは神技の領域に近い。 とにかく90年以降のワールドカップ決勝の中ではベストの試合だった。 素晴らしい試合をありがとう



新横浜はまさにカーニバル。

この横浜国際での試合前、新横浜駅からスタジアムのゲート前まで歩いてみた。 試合開始4時間前で、既にどう考えても横浜国際のキャパ70000人を遙かに越える人々が 街中を歩いている。おかしな話だ。チケットも無いのにわざわざ来るなんて。 でも私もその一人。やはり少し狂っているのか。 でもそんなフットボールジャンキーにとってはこの日の新横浜駅界隈はまさに"解放区"だった。

その"解放区"にはドイツ、ブラジルそして日本人はともかく、世界のあらゆる国の 人々がいた。 そしてあちこちの会場で見かけたバッタ屋や、名物的なサポーターも数多く見かけ た。 無論日本人の中では単なるお祭り好きや野次馬という一見してわかる"サッカーとは 関係なく盛り上がる人々"も多かった。 これを持ってサッカー文化が根付いていないなどというのは簡単だが、それはそれで 仕方がないと思う。 確かにこの国のサッカーを巡る様々なものはまだまだなのは事実だからだ。

しかしそんな事を語るより、この日本で、僕の好きなサッカーで、特別サッカーを好 きでも無い人までもが一緒にこの決勝という舞台で浮かれている。このことが重要でそして嬉しい。 これでサッカーの楽しさを少しでもこの雰囲気で分かってくれたら、と思う。 そう、サッカーはこんなにも人々、そして己を熱くさせるものなんだと。

ここからは個人的な思い入れたっぷりな文章で恐縮だがお許し願いたい。

今回のワールドカップは思った以上に自分に強烈なインパクトを残した。 特に"サッカーの祭典"の意味がこの自国開催を通じて本当に理解できたような気がす る。

ワールドカップは選手だけで成り立ってはいない。 そこにはそれを支えるサポーターがいてこそ成り立つものであり、 その異文化をぶつけ合うことがワールドカップそのものだ。 そして彼らは自らのアイデンティティを強烈に主張し、それを誇りにすることのすば らしさを日本にいながら僕に教えてくれた。 更に反面教師を含めホスト国への感謝と対戦国への敬意を示すことの重要性を改めて 教えてくれた。

ワールドカップはスタジアム内だけでない。 メディアはスタジアム内の出来事だけを切り取ってその大会を語りたがるが、 本当はスタジアム外でもサポーター達によりワールドカップは開かれている。 この当たり前のようなことが僕には新鮮だった。 ホスト国で無ければ気づかなかったかも知れない。とにかく良い経験をさせてもらった。

最後に・・・、

このワールドカップを招致しようと最初に動き出したのは80年代半ばだとか。 思い返せば、その当時はまさにサッカーどん底時代。そのような状況下でその志はあまりに神々しい。 我々はこの先人達の努力と夢を見る力に今一度敬意を表さねばならない。 ワールドカップは突然開催されたものでは無いのだ。そのことを忘れてはいけない。

先輩達よ、このような素晴らしい一ヶ月をありがとう。 2006大会には我が代表と我が国を誇りに思いながら私はドイツに向かうことを皆 様に誓います。

そして、今週末からはJ(2)リーグが再開。ジャンキーに休みは無い。 そう、サッカーは永遠に続く。





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