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2003年4月23日

数年前、福岡がナビスコカップでの対湘南戦に於いていわゆる二軍メンバーを出場させ、 そのスタンスが当時のJリーグから問題視された後いわゆるベストメンバー規定が出来たと記憶するが、 まさしく今日の対仙台戦におけるマリノスの選手編成もこの規定に引っかかるのでは無いかと 思わせるほどのメンバーであり、ナビスコカップの意義そのものも考えてしまう内容であった。

ちなみにこの日のマリノス出場選手のうちレギュラーは、GK榎本DF松田そしてMF那須ぐらいで、他は 若手か最近出番の少ないベテラン組という編成である。もちろん、レギュラー組はその多くがベンチにも入っていない。

という訳でこの横浜国際での試合はどう見てもマリノスの若手練習に仙台のトップが胸を貸してやったという内容であり、 そんなマリノスを仙台は軽くいなし、試合はつつがなく終わり緊張感の無い激しく金を返せ的な試合だったのである。

個人的には過密なシーズン日程に於いて、各大会別にどんなメンツを出そうがそれはクラブの都合であり、 また何よりリーグでの戦いを最重要視するのは決して悪いことでは無いと思う。むしろ当たり前とも 思っている。何よりクラブサポーターはリーグ戦での好成績を一番に考えているものだ。今時、カップ戦にレギュラーが 出場しないことに腹を立てそれを詐欺だなどと思う輩はリーグ戦の重さが分かっていないと言われても仕方がないほどに 日本のサッカー文化も成熟はしている。

ただ、もし前述のベストメンバー問題を経た今、そのような規定(もしくは紳士協定)が今もしあるなばら、 この日の横浜は二年前の福岡と同様にJリーグ側から問題視されるべきスタンスで試合に臨んでいたのは 明らかであり、公平さと言う観点から言っても、そしてナビスコカップを公式戦として 残したいという意思があるのならば、かつて福岡の姿勢を問題視したのと同じように 横浜のこの試合へのスタンスにもし注意を与えないのはそれはいささか不公平であり差別的である。だから今回は リーグ側はこのマリノスの姿勢を問題視すべきだろう。

さもなくば、そもそもベストメンバー規定(なんていうものがあるのなら)などという馬鹿らしいものは撤廃したらどうか。 そして今一度、ナビスコカップの位置づけを真剣に考えるべきでは無いか? 何でも欧州の真似をすれば良いというものでもない。

それにしても今日の試合、あれであのチケット代は高すぎる。



2003年4月13日

また雨の土曜である。
東京では5週連続でそうらしいのだが、いくらサッカー好きとは少々嫌気がさす。しかもJ2クラブサポーター にとってはあまり客席に屋根のあるスタジアムで試合を見られるなどというのは希であり、 誠にもってつらい。特に座席が芝生なんていう"自然に優しい"スタジアムなどでの観戦は避けたい。

そのような訳で水戸まで湘南を追っかけるのをあきらめ(他にも理由はあったのだけど)、屋根のある味の素スタジアム にてお気楽にサッカー"観戦"なぞを嗜んだ。ちなみに湘南、シーズン前の"陰の昇格候補"との前評判はどこいったんだという ぐらいのていたらくぶり。この日は実は目の前の試合よりも携帯のちっこい画面に表示される経過ばかりが気になり、 その画面に向け怒鳴りつけてしまったぐらいである。頼むよホント。



こんなところまで味スタ。
(下のほうに注目)



そしてサブグラウンドのネーミングも…(笑)。

良く考えれば今シーズン初めてのJ1リーグ観戦。さてさてヴェルディのサポーターは相変わらず少ないのかな? とゴール裏を見れば去年に比べ微増している模様。雨で客足が鈍ったとは言え昨年見た試合よりコアサポーター (この場合、声出している奴らネ)が多い。

ただ、ホームなのにその数は圧倒的にアウエイのマリノスには及ばず、 間違いなく湘南のコアより少ない。また、今だ旧来のサンバ隊も存在しており、ドコドコと太鼓を叩き その存在を誇示はしていたが、その位置も昨年以上にハジッコに追いやられているような気がする。

そんな"読売"ヴェルディの名残もあのサンバ隊と試合前に武田が前ふりをしてことぐらいか、とキックオフ前に感慨にふけって いたらさにあらず。その試合内容も旧来の"ヨミウリ"だった。

試合後小林大も言っていたそうだが、とにかくセンターに攻撃が偏りすぎてサイドが効果的に使えていない。 更に言えば、皆足元でボールを受ける意識しかないようでスペースが全く使えておらず作れてもいない。 3バック相手なのだからサイドを今少し使えば(そのスペースをつけば)かなり展開は違っていたろうに、 センターばかりの攻撃では代表クラスのマリノスDF陣にとってはいいカモである。

しかもその攻撃に入るスピードが遅いのだから無得点は自明の理。 意味の無いタメと手数をかけた中央突破では見た目は華麗だが、 今のJリーグではよほど選手の技量が飛び抜けていないとこんな80'Sサッカーでは得点に結びつく可能性は低い。 ヴェルディは今だ過去のサッカー遺産の中にいるようだ。

今節は攻撃の要であるハズのエムボマとラモンがいなかったため差し引いて考えるべきだとは思うが、 東京ヴェルディのあのようなサッカーではJ2でも通用しないと思われ、このままでは降格候補ばかりか2部の常連も間近いと思われる。

翻ってマリノスだが、私の贔屓目かもしれないが昨年と比べ格段に選手が動く。特に昨年後半、すっかりマリノスサッカーに 染まってしまった奥と清水も岡田監督の元、ジュビロサッカーを思い出したかのように精力的な動きでチーム自体を活性化 させるのに大いに貢献しており頼もしい限り。またサイドに両サイドからの攻撃は効果的であり、左ドゥトラ、右の佐藤ユキの 特性を余すところ無く発揮させている。カフーが加わったらどこにおこうかとと贅沢な悩みさえ岡田監督は覚えているのでは 無いか。そしてこのように活動量が多いチームでは、技量は素晴らしいがもともと動きの少なさに 個人的には不満を覚えた上野がベンチを温めるのも致し方無いところ。そのテクニシャンぶりは好みなので 是非精進してもらいたい。

それにしてもこの日の清水の抜け目なさはさすがチャンピオンチームにいた選手と言えるものだった。逆を 言えば同じような展開を二回も許してしまうヴェルディDFの甘さは責められるべきだとも思うが。




2003年3月29日

ただ"外人"というだけでろくに試合にも出ていない選手を使う起用法にまず首を かしげ、試合が終われば、何がこの試合にあったのか誰か解説してくれ、と 言いたくなるような内容に呆然としてしまったのは私だけだろうか? 故ありTV観戦となった国立でのウルグアイ戦は何かものすごく 無駄なものを見たような気がし、ただでさえ不機嫌な気分を更に悪くしただけのものだった。
これで今日、湘南が勝ってくれれば少しは私の気も晴れたのだが……。

(現在管理人に余裕が無いため簡単な観戦記でご勘弁を)



2003年3月20日

少なくとも私は週末のサッカー中継を吹っ飛ばすようなモノを憎みます。 NO WAR
.



2003年3月13日

もうすぐJリーグが始まる。今週末からJ2、そして次週からはJ1。楽しみである。 ただ今シーズンは少々気にかかることがある。それはリーグのレベルについてである。 私はかつてJリーグのレベルは低くないと書いた。 それすらも訂正しなければならないほど今シーズン、トップレベルに あると信じられていた日本のビッグクラブの戦績及び内容は芳しくない。

2月のA3カップ、そして現在行われているアジアチャンピオンズリーグ、どちらも 我がJリーグ勢は苦戦をしている。確かにA3カップは鹿島が優勝したが、それはホームの利もあり、 そして城南との試合では負けても優勝とは言え、内容は圧倒的に押されてさえいた。 ジュビロに至っては全く完敗続きである。

それぞれシーズン前という事もあろうが、それはどの国も同じ条件でもあり単なる言い訳である。 率直に言って日本のクラブに"強い"というインパクトは感じなかった。

そして現在行われているアジアチャンピオンズリーグ、これは全く酷い。
リーグ戦のためこの文を書いている時点では最終的な結果は解らないが、最強と言われる鹿島DF陣がいとも 簡単に相手に点を献上することなどを見ても正直がっかりせざるを得ない。 Jのトップチームがこうも簡単に敗戦やら失点を繰り返すようだと、 他のアジア各国に対し少なくともリーグレベルの優位性は無いように思え、 その惨敗を喫すクラブが今年もJリーグのトップを走るようだと、 同じアジアをジュビロが勝ち抜いた00年と比べ、リーグのレベルは落ちているかもしくは他国に比べ延びて いないかのどちらかと言う結論になってしまうのも致し方ない。

これらの大会の結果はたまたまだろうか?コンディションニング調整の失敗だったのだろうか?それともあまりこれらの大会を 重視せず、それほど真剣では無かったが故の結果だったのか?いや、決してそうではあるまい。
これはJリーグのレベルが停滞しまっているからではないか。 少なくともアジアのレベルを抜け出している段階では無いのであろう。

では、何故こんな状態になってしまったのであろうか。
その一因としてプレイヤーの質が落ちてきている可能性が上げられないか。

確かに日本代表は強くなった。アジアでもトップクラスであろう。 が、この代表を成す選手の中心は今や海外組である。Jリーグ所属選手では無い。 現在Jリーグでは本当の一流の日本人選手のプレーを見られる機会は減る一方なのだ。

彼らはかつてはJリーグで活躍し、それが認められ代表になり、更にそこで海外のスカウトに見いだされ 海外のリーグに移籍していった。また送り出すクラブの方も日本サッカーの発展のためという錦の御旗の下、 快く彼らを送り出してきた。 (そして選手は経験を積み、日本代表レベルアップの一因にもなっているのだが)

そして本来なら送り出したクラブは彼らの放出に見合うだけのプレイヤーの獲得をしなければならないはずだが、 それに見合うだけの選手の獲得は難しい。そもそも日本でも余人を持って替えがたい選手だからこそ 海外クラブの眼にもとまるわけで、国内で同レベルの選手を捜すのは困難だ。

それでは、ということで海外に眼を向けても、一流の外国人プレイヤーの中でサッカー新興国に わざわざやってくる変わり者などそうはいず、またいたとしても折からの不況でそのような 選手を獲得出来るだけの潤沢な資金力を持つクラブも 存在しない。

その上、各クラブがユース世代から強化を続け、やっと戦えるレベルに選手が育ち、チームが 好成績を上げても、それを支える(た)若手選手は翌年はチャンスがあれば海外に行ってしまうのである。 これでは編成担当も堪らない。 どのクラブも現状維持が精一杯の状態にならざるを得ない。 つまり各クラブとも日本代表クラスを海外に売る場合は赤字覚悟で 出すという、ビジネス的見方で言えばまさにばかげた事を やっているに等しい。 まるで自らを犠牲にして欧州リーグのサテライトの役目を果たしている感さえある。

そして最も怖いのが選手が(一流ほど)Jリーグそのものに価値を見いだせなくなってしまうことだ。 モチベーションがそこに無いと言い換えても良い。 もしかしたらそれは既に風潮として始まっているのかもしれない。

いいかげん、日本サッカーの発展=代表の強化という発想は止めたらどうだろうか? サポーターも協会関係者も未だこの発想に捕らわれすぎてはいないか。 良い選手は海外へ、残りものは国内で、などという風潮がいま以上に 強くなったらプロリーグとして魅力は半減してしまうだろう。 ただでさえ最高峰のリーグが生放送で見られる時代である。 クラブと地域との密着が未だ道半ばの今、誰もそんな残り物リーグなど マニアを除き見なくなってしまうに違いない。 そう、"日本サッカー"を見たければ、多くの日本人一流プレイヤーが 見られる"代表"と海外リーグさえ見ていれば良いのだから。

このままではJリーグは伸びない。 経済が好転し、ホンモノの一流外国人プレーヤーでも次々と取れれば別だが、 このまま数少ない日本人一流プレイヤーの流出が続くようだと 日本サッカーの源流であるJリーグの流れは淀むことに なるだろう。魅力の無いリーグなど選手も観客も見向きもしなくなる。 今こそJリーグそのものの強化が必要だ。

これは一方的な私の見方であろうか。私は悲観的すぎるだろうか?



2003年3月09日

シーズン最後のスキーを楽しみ、街に戻ってみたら、駅のスタンドの各スポーツ紙の 一面になにやら"疑惑のゴール"などと見出しの言葉が踊っている。。
普段スポーツ紙は買わないので特に確認もせず、「ゴールと言えばサッカーの事、 何があった?」と思う程度で家に帰り、ネットで確認すると例のナビスコカップの 京都対大分の事だと分かる。そして、その事実と見かけた新聞の見出しとのギャップに、 改めてスポーツ紙いやメディアのサッカーに関する 馬鹿さ加減を知った。

特にこの共同の配信記事は酷い。サッカーのみならず 常識レベルの事が分からない方が書いた記事だ。

totoがかかっていようがいまいが近年のサッカーというスポーツに於いて、 アクシデントに対応するために、故意にボールを出すことによって試合を中断した 相手チームに対し、ボールを返すのは常識であり、そのボールをかっさらってゴールを決める などというのはけんかを売っているのと同じ行為である。 もしそのような事があった場合は、その後予想される争乱(マナー破りをされたら 選手はおろかサポーターもぶち切れます、普通)を収めるために この日の小林監督の取った手段というのは、褒められることはあっても 蔑まれる行為では無いはずである。

それを「業界内的発想」と言いきれるこの馬鹿記者は なにやらサッカーを賭け事の対象としか見ていないようで、 スポーツとして成立する重要性より賭け事としての重要性を優先したようだ。

フェアでないものはスポーツとしては機能しない。 この場合、小林監督はスポーツとして機能させるさせるために あえてゴールを入れさせたのであり、彼の行った行為は スポーツマンとしては至極真っ当な事である。

もし、"金が動くことに留意"をし、紳士としての行為に反する事に 対して眼をつぶった場合、この記者は"金が動く事に留意し、 良く行った"と褒め称えるのだろうか。それは果たしてスポーツか? そしてもし留意したらそれは八百長とはならないのだろうか?それこそ疑わしい。

僕にはこの記者の発想が分からない。



2003年3月01日

毎日毎日、スポーツニュースが松井日記になり果て、挙げ句の果てには「松井選手が 歯医者で歯を抜いたんですよ〜」なんていう、それが公共放送のスポーツニュースでやることか! と思わずテレビに向かって叫んでしまうような事を、 貴重な電波と我々の視聴料を使ってわざわざ報道するために キャスターまでをフロリダに派遣するNHKに対し、もう視聴料なぞ払わん!と いらいらしていても着実に春はやってくる。(はあ〜)
そして春が来ればJリーグが開幕。その先鞭として定着しつつあるゼロックススーパー カップを国立競技場にて観戦した。
(ちなみに松井は好きですよ、私は)



大活躍だったグラウと藤田。

しかしこの日の国立は春とはほど遠い、氷雨が降り続く真冬の天気。 私は運良く今回はS席を入手したため、屋根の下で観戦でき雨には濡れなかったが、 それでもかなり寒く、何も飲んでいないのにやたらトイレに行きたくなって しまったほどだ。バックスタンドやゴール裏にて雨に打たれて観戦していた方 には尊敬の念さえ覚えてしまう。皆さんのサッカーフリークぶりには恐れいる。 良く2万2千人も来たとも思う。だからそんな熱心なファンのためにも この時期は同じ東京でも屋根のある味の素スタジアムでやって くれないだろうか。お願いだ、Jリーグ。

そんな悪条件下で行われたこの試合は、前半のジュビロが眠っているうちに、 そして自らのスタミナがあるうちに京都が決めきれなかった事によって勝敗は決したと思う。
それほど前半の京都はアグレッシブであり動きも良く、今シーズンを期待させる 内容だった。黒部のワントップという昨年とは少し違う3−6−1のスタイル で、特にそのトップの黒部の良さが光った。大柄にもかかわらず、細かい 足技がうまく何度もチャンスを作り、そしてゴール前での絶対的な安定感が感じられ、 前半だけを見れば私は大いに彼に満足した。コンディションさえ整えば 今年の活躍も期待できそうだ。

それに対し、前半のジュビロは相変わらずのズレがあり、特にボールホルダーが 僅かだが持ちすぎる(もしくは玉離れが遅い)ため、周囲の選手も止まってしまい、 結局京都のプレッシングに引っかかりチャンスをなかなか作れない。この状態は あまりA3カップ時と変わらず、ハーフタイム時まではやはり今年のジュビロにTOTOを賭けるのは 控えようと思わせたほどの内容だった。

しかし後半、突然ジュビロは変わる。何があったかは知らないが前半の同チームとは見違えるような 動きのスムーズさが見られるようになりその質も高まる。名波がボールを持てば 周囲の選手が一斉に動き出し、それによりパスコースが複数生まれ、またそれまで 自分のスペースを見つけるのに苦労していた藤田が、難なく相手DF陣の裏に 飛び込めるようになり、攻撃に切れが感じられるようになったのだ。 昨年までのジュビロが突然戻って来てしまった。JUBILO IS BACK!

これには稼働し始めて3週間という京都のスタミナが前半しか持たなかったという事も 勘案されるべきだとは思うが、それにしてもパープルサンガは磐田を蘇生させる手助けをしてしまったようで、 1点取られてからはいい練習相手にまで成り下がってしまった。 そしてついにはジュビロ内で唯一埋まらなかったもう一人のFWまでを見つけさせて しまうのだから京都の罪は重い。 雨の中新しいシーズンの新たな展開を期待していたジュビロサポ以外の多くの観客は きっとこう思いながら国立を後にしただろう。
「やっぱ今年もジュビロか?」





MVPは秋田さん。

2003年2月23日

今シーズン最初の試合観戦は私の年間サッカー観戦スケジュールに 無粋にも突然割り込んできたA3マツダカップだった。

その宣伝の詠うところとは違い、正直どういう意味づけをこの大会に もったら良いかは自分の中では非常に疑問だったのだが、とりあえず東アジア一の クラブを決めるといううたい文句であれば見に行かずにはおられない。
どんよりとしたいかにも寒そうな曇り空の下、大会最終日の国立競技場に出向いた。

1試合目の鹿島と韓国の城南一和を見るために陣取った席はチケット記載の アウエイSA席。しかし指定された席が低すぎて試合が見にくくなりそう だったため、上段の自由席に移る。

いつも思うのだが、サッカー場のこの座席配置はサッカーと言う競技を 知らない人が決めているのでは無いかと訝ってしまう。 どうして上段中寄りの席より外寄り下段の席の方が高いという設定になるの だろう。 アイドルのコンサートでは無いのだから、近けりゃ良いというモノでも 無かろうと思うのだが。

この日は防寒対策を万全にしてきたので思ったほどは寒くは無かった。 ちなみに私の対策グッズは
膝掛け毛布と下からの寒さを防ぐ新聞紙。
暖かい紅茶の入ったポットとバーボンウイスキーの小瓶。
最終兵器として座布団ホカロン。
無論、身繕いは完璧なだるまさん状態である。
こんな状態をしてまでサッカー観戦をしてしまうというのも 我ながら馬鹿だとは思うが。

さて試合だが、第一試合は完全に鹿島のモノだった。 アントラーズにああいう試合をやらせたら少なくとも日本一(というか日本唯一) な訳で、それをきっちり出来る今シーズンは昨年の低迷から復活すると予言しても 良い。死ぬほどつまらない試合だったが、きっちりと勝つサッカーが出来る鹿島は 王者にふさわしい。後は噂ではその残留が怪しいエウレルと怪我から復帰したとしても これまた残留が怪しい柳沢の代わりを早期に見いだせれば完璧だろう。ただ、それが 平瀬だとしたらこの日の内容を見る限りでは限りなく?を並べてしまうが・・。

城南一和は試合運びが単純過ぎた。確かに2点を取るというはきついことだが、 放り込み一辺倒では鹿島はやりやすかったはずだ。鹿島も1点取られても 問題ないという考えだっただろうから、これは相手が悪かったとも言える。 ともかく勝つサッカーということをやらせたらアジアでも鹿島の右に出るクラブは 無いのではないか。

2試合目は磐田の出来の悪さに驚く。とにかく全てにずれてしまっている。 これではJリーグチャンピオンとして恥ずかしい限りの内容である。 もしジュビロがこの大会を調整試合などと位置づけ、言い訳をするならば Jリーグは正式な大会にそんな慢心した気持ちで臨んだこのチームに制裁を加えるべきであろう。 それ程酷い内容だった。

何より自慢のパス回しの精度も悪く、そしてボールを奪った際の選手同士のポジションが 近すぎる。そのためかパスもショートばかりで相手に読まれやすく、 素早い動きだしでスペースを作り、そこに見事なまでにロング・ミドルのパスを通すという、 昨年まであったチームプレーでの"驚き"がどこにも存在しなかった。 この日見た限りではまるでチーム内部が崩壊しているような印象さえ持つ。>

これは果たして慢心なのか、それともそれぞれの選手が違う目標を持ってしまったのか、 それとも単なるモチベーションの欠如なのか理由は不明だが、 いずれにしてもこれは巷で言われる高原の穴云々という問題では無い。 チームとして停滞しているとしか思えない。 何か新しいことをやろうとして苦闘しているのではなく、 メンバーも大きくは替わらないにも関わらず昨年と同じ事が出来ていないということ は問題であり、これはひいては昨シーズンから上積みが全くないという事につながる。 シーズンまであと1ヶ月余で今後どう修正を計るのか?

これから毎週のように試合が続き、調整がしづらい磐田にとっては 少なくとも1stステージは厳しいかも知れない。



2003年2月1日

少し前から、遅まきながら山本昌邦オリンピック代表監督の「山本昌邦備忘録」を読み始め先日 読了した。
こういう内幕ものは金子氏のデビュー作から始まる一連の作品で懲りているので、 あまり積極的に読まないほうなのだが、ネット上での賛否を見ているうちに(無論、 やはり興味も有るし)今一度きっちり読んでおこうと思い手に取ってみた。

そこで感想なのだが、やはり私も"否"の方で、あまり良い読後感が無い。
本人も同書の中で書いているように、このような実情をしりうる立場だった者が その内幕を書くのは日本では非常に珍しいだけで、その行為はそれはそれで別に構わない。

ただ、確かにトルシエ氏というキャラはかなりの暴君系ではあるようだが (その辛さは良く分かります)、 その憎き対象に対し、二度と会うことも無いだろうからその粗暴さを暴露するという、ある意味極めて日本的である 陰湿な印象を持たざるを得ないような内容と書き方にはがっかりした。

「暴君の圧政の中、はっきり行動にも移せず、 最後の最後で勇気を振り絞り自分の意志をはっきりさせ、暴君に立ち向かった。」 みたいなこと意図で構成されたものなど読んでも、結果がベスト16というノルマ達成だけに 何か説得力が無い。

無論、トルシエ氏のやり方で良いところは指摘しているのだが、 その返す刀で「しかし・・・」と、今度は負の部分をこれでもかと強調する構成が 続くのにも萎えてしまう。

そして最も悲しいのは日本代表コーチが書いた書籍なのに、 この本には何故日本はベスト16という目標を達成できたのか?、 そのアプローチはどのように積み上げ、何が良くて悪かったから更なる上には行けなかったのか、 などという彼らしか解らないであろうプロセスが、対トルシエとの戦いと言う構図の中で しか描かれておらず、その観点以外で今後の日本サッカーの財産となるであろう 重要なファクターが書かれている箇所があまりに少ないことだ。

たぶん、全てを山本氏が実際に書いている訳は無いだろうと推測はするが、 その重要な部分が少なく、一部の3流ライターが描く 「ベスト16に残ったのは強運と日本選手の才能によってノルマを果たした」 「決勝トーナメントで負けてのはトルシエのせい」 などという、そんな簡単な結論ならいつでも運の良さそうな人間を監督にしておけよと 言いたくなる幼稚な結論と同列に取られかねない(少なくとも私はそうとった)ものを より強調するだけの書物などは(例えそうであったとしても)代表コーチが書くものには求めていない。

何ともそんな結論を書くためにこの本を出版し、良くも「日本のために残して おきたいこと」などと表紙に掲げられたよねと、思わず皮肉さえ言いたくなってしまう。

出来るなら氏にはトルシエ監督下で行なわれたトレーニングのその内容と効果、 そしてそこから導き出される日本代表に今後必要な事(監督交代のたび二転三転する 協会の代表監督論への意見も含め)をプラスマイナスを含め、ご自分の意見を明確に 述べた書籍か報告書を出して欲しい。
それがこの本が単なる鬱憤晴らしの暴露本でなく、本当に「日本サッカーのために」 という気持ちで書いたということにつながると私は考えている。

山本氏、期待しているだけに頼みます。


2003年1月30日

北澤豪選手が引退を表明した。

同じ街の出身、しかも歳も近いと言うことで親近感もあり私的には 井原や福田の引退よりも残念である。

個人的に彼で思い出すのは私の地元のサッカーイベントに手弁当で参加 してくれた時のこと。 真冬のイベントにも関わらず、寒空の中一人一人に丁寧に子ども達のために ひたすらサインをしていたその真摯な態度は当時の彼の名声ぶりを考えると、 それを間近に観たものとしては頭の下がる思いだった。

また彼の、「中盤のダイナモ」と呼ばれたその運動量の多いプレーぶりは 私の好みでもあった。その彼で思い出すのはやはり97年のフランスワールド カップアジア最終予選での活躍。
中山等と同じで途中から参戦した格好だが、彼が加入したことにより中盤での リズムが引き出され、その後のワールドカップ出場までの流れを作った功績は 誰も否定できない。彼が入ったことがあのアウエイでの韓国戦に勝てた大きな 要因だった。僕等サポーターは幾ら感謝してもしきれない。

将来の指導者となるべく道を歩むようだが、彼のプレーぶり、そして何より その真摯な態度から見ても良い指導者になる条件は揃っている。 今後の活躍に大いに期待したい。




黒部で逆転!

2003年1月1日

明けましておめでとうございます。
皆様、今年もFrom Backstandをよろしくお願い致します。

東京は前日から雪が降るとの予報だったが雪そのものはぱらついたぐらいで済み、好天とは言えないまでも まずまずの気象で、天皇杯決勝に50525人の観客を集めるのに一役をかった。

満員に膨れたスタンドのゴール裏の一方は遠く京都から来た多くの京都サポーターが陣取り、 方やホーム側は鹿島アントラーズのサポーターがいつも通り真っ赤に染める。 その鹿島サポーターは試合前のJFAの前会長岡野俊一郎氏がスピーチをしている間もコールを続け、 試合前の場の雰囲気を壊し少し暴走気味。そしてそのクラブも自らの自信に慢心し試合の流れを読めず 結果的には敗戦を喫すという結果に終わった。

試合は最初から京都が押す。前へ前へとこれまでの試合と同じように 前線の3トップが秋田等の鹿島DF陣に圧力をかける。

しかし王者の鹿島はそれを素早いプレッシングでつぶし、京都の勢いを徐々に削ぐ。 そしてカウンター気味に柳沢に渡ったボールはバーを叩くがきっちりとエウエルが詰め先制。 この時点では鹿島のいつもの勝ち方が大いに予想され、また鹿島か!とアップセットを期待する身と しては少々気落ちした。

その後は鹿島ペース。まるで「若人よ攻めてごらん」とでもいうように守備に専念しだし、京都もそれに つられ攻めはするのだがシュートまでなかなか持っていけない。ここまではいつもの鹿島の試合だった。 だがそれを崩したのが京都の攻撃的な戦術とそれを支える勢いだった。

3トップはそのままに更にサイドの鈴木や富田もかなり高い位置にポジションを取る。まるで5トップに近い布陣で 一歩間違えば、その開いたサイドを突かれ失点される可能性が高まる。

しかし鹿島は攻めなかった。相変わらずカウンター気味に引き、試合をコントロールしようとした。 鹿島にはこうすれば勝てるなどという、慢心に近いものがあったのかも知れない。 そこが鹿島の失敗だった。

今の鹿島にはその方程式を操れるほどの力は既に無かった。 鹿島の勝利の方程式はやがて京都の練られた戦術と勢いの前に為す術を無くす。 そして鈴木のFKからの朴の一点目が決まると鹿島はこの方程式では今日は試合をコントロール出来ないことを 理解し突然猛烈な勢いで攻め出す。しかし気づくのか少々遅かった。勢いのぶつかり合いになれば 京都に利がある。中田と柳沢のちょっとしたミスからチャンスを作った京都が最後はエース黒部の思い切った シュートで逆転。このシュートは今の京都を象徴するすかのような力任せの、しかし確実な技術が無ければ 打てない素晴らしいシュートだった。

試合には本当は方程式などは無いはずである。しかし鹿島はJリーグの中でその方程式があるかのように錯覚し、 時代が流れたことを忘れ、自ら慢心をしそのありもしない方程式に幻想を抱きすぎたのではないだろうか。

鹿島はクラブもサポーターもその王者たる地位からかサッカーに対する謙虚さが少し足りなくなっているかも知れない。 冒頭の試合前の鹿島サポーターの行いはそのクラブの現状を象徴する出来事だった。 今年の天皇杯は鹿島が王者を続けるためにはとっては大きな意味を持つ結果である。






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