9月25日 一夜明けてオリンピックの総括をしてみたい。

まず、第一に強調したいのはこのオリンピックという大会で最低で過去30年間で最も好成績を挙げたのがシドニーオリンピックであるという事実である。これを否定するすることは何人もいないであろう。その最高の成績というのが今回のベスト8進出という結果だ。この事実をベースに話を進めたい。

まず日本は大きく変わった。これまでの相手のレベルに合わせた戦い方から、常に超攻撃的な布陣にて試合を進めるチームに変貌したのだ。大会レベルが違うが、98フランスWカップに置いてはまずは守備からという方法論でシステムを組み上げたが、今のシステムは攻撃のための守備という要素からフラット3という守備ラインを選択し、そしてそれを元にどんな相手でも決してラインを下げない常に攻撃を考える布陣をひくチームに変わった。無論、この方法論はトルシエという監督の個性によるところが大きい。

また選手もこの指向に合う選手が中心となる。つまりどのポジションでも守備はもちろんのこと攻撃に対するアドバンテージが無い選手は代表に選ばれないのだ。そしてこのレベルに合わせられる選手が(長年の若年層の強化が実り)数多く存在したことがこの方法論をトルシエに採らせたことは間違いないだろう。

つまりこのチームの本質はまずは攻撃にあるのだ。その事を基本にして個々に検討を加える。

まず選手の練度である。
その技術、戦術理解の高さは他国と比べても申し分無いレベルにまで上がっては来ている。特に以前から言われたパススピードの速さ、オフザボールの動き、そしてその連動性は特筆されるべきだ。特に南アフリカ戦の2点目(中田→高原)、外れたがアメリカ戦の前半終了間際の中村→柳沢→稲本などは正にこの点で秀逸な”作品”だった。

課題とされるボディコンタクトへの対応だが、これも前線でのポストプレーを再三魅せた高原・柳沢を始め、中盤での稲本・明神でも負けているどころか、ボールをむしり取る場面も局所では多く見られかなり対抗できるレベルにはあることがうかがえた。ただフィジカルの持続性についてはやはり課題として残る。これはアメリカ戦で端的に現れたのは記憶に新しい。

また再三言われる決定力だが、これは日本独自の課題では無い。とは言えここで決められれば、と言う機会は数多くありアメリカ戦ではこのことが最後まで響いた。シュートの正確性にはその向かう力やそして技術やフィジカルの強さなどが必要だが、出場した選手で言えば柳沢は向かう力、平瀬には技術、高原はその両方を兼ね備えているが、あとはフィジカルの強さを持って欲しい。

一つ大きな課題として私が挙げるのはDFエリアで相手が縦に来た場合の1対1の対応のまずさである。簡単に抜かれるシーンがスロバキア戦、アメリカ戦では再三見られた。これは無論応対するディフェンスのほうが難しいのは百も承知だが、それにしてもフィジカルで厳しいのなら技術的に対応できねば今後は無い。宮本等クレバーな対応ができる選手を数多く育てることが必要だ。

さて次にポジション別にその評価をしていきたい。

まずFW。
今回は2トップを使ったが、この2人の動きは申し分無い活躍だった。最後の最後でゴールを決めた柳沢にしても動きそのものはいつもの通りすばらしい。ただ、ココでも1対1での勝負弱さは大きく目に付いた。ギラギラするようなFWの出現を待つしか無いのか。

中盤は申し分無い充実ぶりだった。正に”黄金の中盤”の名にふさわしい。確かに中田の不調は残念だったがそれでも最低限の仕事ははたしていた。 高原は大きく成長をした。私が彼を生で見たのは6月の磐田対清水が最後であったが、この時はボールのキープ、動きだし、そしてシュート、どれも酷い出来だった。特にポスト時の弱さは目を覆うばかりでこの時の磐田の大敗の原因となってしまった。ところがセカンドステージに入ると見違えるばかりのすばらしさ。その動きだし、そしてゴールへ向かう姿勢は中山が乗り移ったかのようだ。このすばらしさがそのままオリンピックという大きな大会で発揮できたのはすばらしい。ただ確実性の低さは改善して欲しい。稲本に「外すと思った」と言われたスロバキア戦の2点目はストライカーとしては恥ずかしい。

9月24日 PKというのはくじみたいなものである。このことはサッカーファンなら誰でも知っている。しかしPKでも負けは負けである。これもサッカーファンなら誰でも知っている。日本代表のシドニーオリンピックが今日終わった。

アメリカとの戦いは最後はフィジカルの勝負になっていたようだ。両サイドを執拗に付くワンパターンだが正確な攻撃。そして日本に疲れが見えると中を強引について来る。しかもその体力は落ちない、。そしてそれを支えるスピリットは強靱。終始日本は押されていた。このスピリットの差が最後にものをいったような気がした。

日本の攻撃にはこの試合に関して言えば余裕を持ちすぎたのが敗因では無いか?明らかに個々のテクニックに勝るため、ボールを持つ余裕がありすぎ、自分一人で抜こうというプレーがいつもより多く見られた。それにより全体のリズムが少しずつずれて来たようだ。ある意味自滅したような気もする。気迫のオーラもアメリカに負けていたような気がする。またDFラインの足下での1対1での弱さは今後の課題でもあろう。

終盤の選手の交代については個人的には難しいと感じた。攻め手を一人増やすことが最良の勝ちに行く姿勢だと思うが、そうなると考えられるのは高い位置に本山を入れるパターンだと思うが、これには中盤である程度ボールを確保できる事が必須条件。しかしそのような状況は終盤はなかなか作ることができなかったのは事実だ。逆にこの交代で前がかりになることにより中盤のディフェンスバランスが崩れることのほうがが怖かったのでは無いか。後になればこの冒険、しても良かったかもしれないとも思うが、どちらにしても賭けだったろう。ただ、やはり疑問符は残る。

悲しいのは早速、各掲示板で自称サポーターによる幼稚な罵詈雑言での避難が始まったことだ。後ろ向きな個人攻撃(人格攻撃)ばかりを繰り返すこんな奴らにサッカーを語る資格は無い。インターネットという匿名性をフルに活用する、あまりに日本的な陰湿さだ。また明日も”批評”では無く、これまで分の悪かった自説の正しさを主張する千載一遇のチャンスとばかりに、くだらない”非難”を繰り返す評論家の文章が各スポーツ紙を賑わすだろう。32年ぶりに決勝トーナメントに進出したという事実をこのような人々はどう考えているのだろうか。32年という月日はあまりに重い年月だと思うのだが。

とにかくお疲れさま、サッカーオリンピック代表。次はA代表でアジアカップが待っている。


9月20日 オリンピック本戦というプライオリティの高い公式戦に負けたのにこんなに悲しくない事も珍しい(笑)。やはりサッカーというのはこういうものなのだろうと再々認識させられた。スロバキアよ、あなた方の誇りを大切にする気持ちに感謝したい。

4年前とは大きく違う我が代表の戦いぶりだった。互角?そんな言葉はいらない。攻め、攻められという「普通の試合」だったのだ、ブラジルと。オールドファンなら感涙ものの試合だったハズ。過去20年以上、本気の強豪国とこの「普通の試合」さえ出来なかったのが我が国のサッカーだった。中村や三浦などが相手をドリブルやフリーキックで翻弄し、稲本・明神の献身的な守備でブラジルのチャンスをつぶし、フラット3戦術にてオフサイドの山を築く様、またFWにボールが回った時のブラジル選手の必死の形相、これらを見るたびに涙腺が弱くなってしまうファンを、もし”負け犬根性が染みついている”と片づける輩がいるならあまりに先達を尊敬しない言葉だ。攻める日本、耐えるブラジル、こんな展開を夢見、サッカー見守ったサポーター、強化を押し進めたサッカー関係者の苦労のたまものの試合だった。今日は決勝トーナメント進出も嬉しかったが、それ以上にこの事実の方がより僕の心の奥深くを刺激した。

また決勝トーナメント進出を他力本願と規定する方はいないと思うが、そのような方には相手がいてこその勝負と言うことを教えてあげたい。たぶん、3勝を持ってして決勝トーナメント進出が決められなかった事を執拗に攻める評論家がいるのなら、その方はたぶん30000連勝ぐらいを目指しているのだろう。どちらにしろ我々とはレベルが違う。

ただ、選手は悔しいハズ。あの内容の試合をして悔しくなければオカシイ。つまり、そのようなレベルに我が国はいるのだ。その事が分かっただけでも意義ある、そして感涙ものの試合だった。決勝トーナメントを大いに期待したい。そして今度こそブラジルを撃破してくれ。とりあえず、今日は嬉しい。


9月17日 オリンピック本戦というプライオリティの高い公式戦に勝ったのにこんなにうれしくない事も珍しい。日本の対スロバキア戦の勝利はともかく、ブラジルの完敗によって何が起こるか分からない”予選”というものを改めて思い出させてくれた。

日本戦に限って言えばかなり良い試合運びだった。特に稲本の好調ぶりには恐ろしささえ感じた。攻守ともに読み・嗅覚の鋭さ、そして「大胆さ」に加えこの「強さ」には稲本が3人ぐらい居たかと思った程だ。無論、明神のフォローがあっての活躍と言うことも見逃してはならない。

解せないのはやはり中村俊輔の交代であろう。明らかに中田は不調であり、もし外すとすれば彼である。(あの時間でどちらも外す理由は僕には見つけられなかったが。)トルシエは相手の捨て身の攻撃に対処するのと、そこに空くであろう前線の大きなスペースを生かすために、弱いイメージのある中村より当たりに強い中田を選んだと推測するが、中村という(今日の出来では)”絶対的な中心”がいなくなり、前線のバランスが崩れた事で攻撃が組み立てられなくなった。これにより気持ちがディフェンシブに傾き1失点を食らったのは大きな采配ミスである。ブラジル戦に向けて中村を休ませる程の余裕はあの時のトルシエにあっただろうか?

またもう一つすっきりしない理由は平瀬である。彼はやってはいけないことをしてしまった。終了間際のゴールキーパーとの1対1を決められなかったことである。

体力的に余裕があったにも関わらず相手DFに追いつかれたのはスピードに自信のあるFWのする事では無い。あそこで決めていればこの得失点差の悩みもかなり軽減されたハズであろうし、何より本人のそしてチームの自信が違ったハズだ。枠に入らないなどという簡単な言葉では片づけられないプレーである。もしもあの1点が入っていれば・・、という後悔することになってしまう展開になった時に、もっとも悔やまれるプレーである。早速京都にでも移籍して、得失点差の怖さを身につけて欲しいところだ。

しかし・・・、南アフリカが勝つなどと思わないわけでは無かったが、現実として勝ってしまったことは正に予選の恐ろしさ、だ。こうなれば、ブラジルに勝ちに行くしか無い。引き分け狙いが出来る相手では無い。

そして、冷静に考えて見ればこの大会の命題は2002年に向けて戦えるチームを作ることであり、そして経験を積むことである。そのためには最高の舞台が巡って来た。手負いのブラジルと決勝トーナメントを賭けて戦える、こんな機会はなかなか無い。(サポーターもサポーター冥利に尽きる!?)今後に向けてプラスになる試合であることは間違いない。無論勝てばこれ以上の経験は無い。我々に取っては願ったり叶ったりのシチュエーションだと思うことにしよう。そう、こんな大会では何が起こるかは分からない。勝ってくれ、NIPPON!。


9月14日 久しぶりに代表の試合でロスタイムが長く感じられたシドニーオリンピック:対南アフリカ戦だった。

「所詮、オリンピックだから・・」などと斜に構えてはいたが、やはり実際に始まると胃が痛い。本日はスケジュールがつまっていたため、まだ昼間は忘れることが出来たが、試合開始の6時を過ぎると打ち合わせ先でも時計が気になり、「今頃日本が負けていたらどうしよう?・・・いや勝っているはずだ。」とか、妙に色々なシュチュエーションが頭の中を巡って仕方が無かったところがサッカー狂の本性だ。

僕は後半20分から(勤め先で)生中継を見たのだが、中継を落ちついてなんて見ちゃいられない。もうオリンピックなんて・・・などとサッカー通を気取っていた自分はどこへやらの変貌ぶりだった。(仕事中、大声をだしてすみません。会社の皆さん)とりあえず勝って良かった。

さて先ほどまで改めて録画した試合を見たのだが、冷静に見るとそれほど危ないシーンは無いことに気づく。(何回かピンチは迎えますが、DFづたづた、という感じには見えない)特に後半はDFも非常に落ちつきを取り戻し、3バックとボランチ・両サイドの連携も前半とは見違えるように修正されていた。これはすばらしい。

また、確かにフォーチュン等の南アフリカの選手の個人技・身体能力は非常にすばらしいが、何かチームとして勝ち方を知らないような気がする。選手同士の意思疎通が合えばすばらしい攻撃なのだが、その時々のイマジネーションで全てが組み立てられているようなチームである。工夫、といったらいいのだろうか、そんなものが足りない後半の攻めではあった。(まあこれも勝てたから言える発言かな。)

日本は1点取ってからも攻める気持ちを忘れず、とは言え非常にクレバーに試合を進められたことが一番の進歩の証だ。あの状態で”冷静にファイト”(by岡田氏)出来ることが強者の共通するところ。そういう意味でこの代表の強さを見た気がする。

最後に・・・。色々な方が諸所のところで既に書かれているが船越氏のアナウンスメント技術の拙さには滅入った。過去の資料のオンパレードでは無く、今目の前で起きていることをしっかり実況さえしてくれれば十分なのだが・・・。


9月10日 世間的には既にオリンピックモードに突入だが、我々2部チームをサポートする人間にとっては”それはそれ、これはこれ”の週末。 先日の朝日新聞紙上でトルシエ監督に"前園のようになる可能性がある"と心配をされた小野とその該当人の前園がそれぞれ中心をなす湘南vs浦和を平塚に見に行った。僕は無論湘南の応援のためということがメインだが。

僕ら湘南を応援するサポーターにとっては単なる騒音でしか無いレッズの応援の気圧されながら試合は始まり、そして結末を迎えるのだが、この日平塚に1万人以上の人が集まった両サポーターにとっては悲しく、そして傍観者にとっては眠くなるコト請け合いの試合だった。


コーナーを蹴るのは小野
両チームとも判断の遅さ・パスミスの多さは特筆もので、レッズに関しては来年1部に浮上したときはどうなることか人ごとながら心配になってしまい、ベルマーレは相変わらず”動かない(動けない?)選手達”を10人並べただけの戦術無き戦いに終始した。

小野は以前よりはだいぶ動くようになり、一時期のパスを出したら突っ立っているだけの選手からは脱皮しつつあるが、周りがその小野についていけない。いや、あっていない。彼はこのレベルで長くやっては絶対にいけない。正にレッズと共に日本の至宝が心中してしまうことを危惧する。岡野のスピードはすばらしかったがタダそれだけ、山田はこれは本物の山田か?と首を傾げたくなる出来。レッズは出る選手が全て有名選手ばかりだが全く怖く無いのだ。名前だけのチーム、レッズである。

方や既に過去の人扱いの前園だが、ココのところ切れが戻りつつある。先週のハットトリックから気分が良いのかこの日もチームの中心として以前よりは機能していた。だが悪い癖のあきらめの早さも目立ち、守備の意識は相変わらず高くは無い。そしてその周りの選手が全く動かない。後半は前半ほど酷くは無かったが、ボールを待っているだけの選手の多さは延べ人数でいったら天文学的数字に達する。確かスタメンの多くは20代前半だったハズだが、湘南の選手はきっと年齢をごまかしているに違いない。そうでなければあの動きの鈍さ、スタミナのなさは説明できない。”動き直し”や”コンビネーション”などと言う言葉はこのチームには存在しないのだろう、そう僕に思わせるに十分な酷いプレーを沢山見ることが出来、惨めな気持ちになった。

試合は少しだけ幸運だったレッズが2-0(翌日の新聞に浦和快勝!などと書いてあったが、この日の試合をまともに見た人ならこんな見出しは書かないだろう。)と勝ったが、内容の悪さを妻と討論するのに駐車場内の渋滞が苦にならないほど、嘆きたくなる試合だった。


9月9日 東京在住以外の方には恐縮だが頼まれたので宣伝を・・・。

新宿、青山ブックセンタールミネ2店でシドニーオリンピック・サッカー日本代表特集フェアを10月までやっています。日本代表に関する雑誌・書籍を一同に集めたこのフェア、なかなか店頭に並ばない本などもこのフェアで見かけるコトが出来ます。無い本も担当者が大のサッカーファンのため取り寄せ可能。気軽にお問い合わせ下さい。


9月7日 遅ればせながらモロッコ戦の感想などを・・・。

霧雨降り注ぐ国立にて日本”オリンピック”代表の最後の調整具合を 見に行って来た。対モロッコ戦である。
TVや現場で見ていた方も多かろうので私のへぼな解説など読むことも無いだろうとは思うが、オヤジのつぶやきだと思って読んで欲しい。

試合はオリンピックに対し十分期待させる内容だった。 モロッコは強かった。当たり・テクニックともアフリカ大陸とはいえヨーロッパとの 結びつきが強いことを感じさせるレベルで、先日のクエートとは 比較にならない。個人・チームとも格段に上だった。

それに対し我が日本は内容、そして結果ともこれまた遙かに上回ったことは 素直に喜びたい。特にチームとしての総合力はそのモロッコにさえ 教訓を与えたことだろう。

素晴らしいのは(今さながら再認識したが)どこからでもパスが出る選手のスキル・戦術眼の確かさ。しかもその精度は昨年などに比べ格段に上がっている。 以前のように少ない得点パターンでは無く、あらゆるところからチャンスの 組立が出来る。両サイド・ボランチ・そしてバックスに於いても、だ。 中田もこの中ではチームの一員にすぎない。といって中田が悪い訳では無い。 だれもが素晴らしいレベルにあるからだ。
私はどのクラスに於いても (中田の調整が遅れているのも一因だろうが)これほど”中田が目立たない代表”を始めて見た。

ただ、気になるのは前半のワンボランチシステム時のDFとのボランチのスペースの 大きさ。ここをモロッコに付かれ、後半ダブルボランチにしてこれをしのいだ訳だが 出来ればこのレベルに於いてもワンボランチで戦えることを証明して欲しかった。(稲本なら出来たはずだ。) これでオリンピック時にはエマージェンシー以外は安全を考え、このダブルボランチを主流にするだろうと推測が付いてしまう。つまり一つ平常時の選択肢の可能性を消してしまった訳だ。 これは才能あるチームだからこそ残念だ。(買いかぶりすぎか?)

ともあれこの代表、ひょっとするとひょっとするかも知れない。 オリンピックのレベルは低い。このひょっとする可能性はかなり高いと今私は 実感する。あとはメンタル面で崩れなければ大丈夫だろう。いや例えそれで 崩れても2002年に対してはいい薬だ。何しろ土台はしっかりしているのだ。 どんな薬も決して劇薬にはならずに良薬になるはず。期待が膨らむ雨の国立だった。


9月3日 オリンピック代表がクエート相手に6−0と圧勝した夜、そのマッチメイクも見ずにワタシは自らのチームの試合に出かけた。

その試合とは何と夜の9時から翌朝4時まで一チーム当たり11試合をこなすというオールナイトフットサルである。

出場参加チーム40チームを4ブロックに分けチャンピオンを争う、というのがこの大会なのだが、よくぞこれほどの人がこんな時間に来たな、と思うほどの人がコート周りをうろついている。まさにサッカー馬鹿の集まりである。

結果は我がクラブは健闘空しく2勝8敗(プラス1勝不戦勝)という低成績だったが、面白いのは各チームのユニフォーム。さてどんなタイプが皆さんは多いとお思いだろうか?

これはやはりというか圧倒的にオランダナショナルチームのレプリカなのである。日本人のオランダサッカー贔屓はこんなトコにも現れる。その次に多いのはやはりセリエA。(ラッティオ同士で対戦したりしていた。)更にイングランドものと続く。ちなみに我々はKAPPAの普通のトレーニングシャツに背番号を付けただけというシンプルなものである。これは個人的にレプリカをユニフォームにするのは好きでは無いという理由だけなのだが。

実際フットサルなり、サッカーなりをやると良く分かるのだが、日頃スタンドからJリーガーに対し投げつける罵声(?)を実行することは非常に難しい。簡単なところではマークの徹底、集中力の継続などから、オフザボールでの動きだし、ポジショニングなどだ。

特にボールを持った者が次のパスを出しやすいように周りの人間が適切なポジショニングを確保するオフザボールでの動きの大切さは身にしみ、しかもこれが非常に難しいことなのがわかる(体が動かないという噂もあるが、笑)。この受け手のポジショニングや走り出しのタイミングでほぼ勝負が決まると言っても過言では無い。我々レベルでもこれでかなり戦い方が変わる。良く柳沢がこの点で評論家等の玄人から高い評価を得ているが、それは正にやっていた人間だからこそその凄さがわかるというものなのだろう。イヤ、ホントに凄い。

欧州などでは観客がサッカーを良く知っている、と良く言われるが、これは正にその観客が草サッカーなり、ストリートサッカーなりを(遊びでも)少なからずやっていることに起因するのは言うまでも無い。そう、やらなければ分からないコトなどは世の中に数多く存在する。サッカーもそうだ。是非機会あればボールを蹴り、試合を行うことをサッカーファンに推薦する。点取りゲームだから得点者が注目されるのは当たり前だが、緻密なポジショニングの取り方一つひとつの積み重ねが1点をもぎ取るのがサッカーの本質なのだ。だからサッカーは単純だが複雑で、そして面白いのだ。是非、皆さんもいくつになってもプレーヤーを続けよう。


8月27日 オリンピック代表チーム、18人が発表された。まずは順当な選出だと思う。

小野に関してはもうこれは間に合わなかった、としか言いようが無い。彼には”ス−パー”な部分を求めてしまうのが(我々サポータを含め)周りの心情だが、その域までは回復していなかったのだろう。アジア大会での活躍を期待したい。

この人選で行くとダブルボランチ・1トップ、そしてトップ下に2人という布陣も見えてくる。トップ下2人のうち1人は飛び出しも出来、運動量も多い選手(本山など)を起用するフォーメーションが取れる。あまりFW2人で点を取るという形はこのチームは考えられないので中盤に得点力のある選手を配置、中盤(両ウイングMF?含む)とFWとの変化ある動きで崩すとすればこれも面白いのでは無いか、するとトップはキープも出来、他の選手を生かす動きがすばらしいヤナギか?、、、などと考えられるのも今の最大のお楽しみ。段々とオリンピックモードになってきた。

話変わりますが、たらみオールスターのEASTのユニフォーム、何かフラメンゴのユニみたいで格好良くありませんでした?
また、ワタシはオールスターのおかげでやたら”たらみ”のゼリーを食べるようになってしまいました。スポンサーは大切にせねば(笑)。


8月20日 朝、ケーブルTVで放映されたW杯南米予選:アルゼンチン対パラグアイ、引き分け。同じくTVで見たJ2:札幌対湘南、何とか湘南引き分けに持ち込む。(引き分けてくれてありがとう札幌!)そして国立でのJ1:東京対鹿島、これまたドロー。1日で見た3試合が全て引き分けという珍しい夏の1日だった。

国立での試合、何でもサンバナイトと言う催しを施していたようで会場を無理矢理サンバチックにし、盛り上げようとしていたが、この手のイベント、私正直言って恥ずかしくなる。だいたい日本人にサンバは似合わないし、本来浅草なんぞでサンバカーニバルやるのも馬鹿らしいなんて考えてしまう人間なので、何で国立でサンバのダンス見なきゃいけないのか、企画した人の感性とはワタシはあわない。しかもこのサンバ隊、試合中も熱心に応援のためか演奏するのでおかげで東京サポ、いつもの男のテノール合唱団、”俺達東京だもんね”応援はかき消され、まるでかつてのベルディの応援のようになってしまい、思わず恥ずかしい過去を思い出してしまったかのように、懐かしくもあり悲しい光景チックだった。
だいたい、何でサッカーというとブラジルであり、サンバなのだ?別にアルゼンチンだってドイツだってイタリアだってイングランドだって良いじゃないか?一度もタンゴナイトとかソーセージフェアなんていうサッカー会場での企画、見たこと無いぞ。

と、ひとしきり文句を書いた後で述べるのも何なのだが、この国立での試合、好試合ではあった。特に途中から出てきたアントラーズの本山、もの凄い切れ味のドリブルで相手DFを正に手玉に取っており、それを見られただけでも入場料の価値があった。 しかし柳沢と平瀬のツートップは完璧にサンドロ・梅山等の東京DFに押さえられてしまい良いとこなし。平瀬はやはりボールキープに難があり、ヤナギはかつてのゴールへの意欲無いFWに戻ってしまった。この2人がまともに働いていれば鹿島の圧勝だったろう。
小笠原も自分の居場所を探すようなプレーで堂々としていない。プレー自体は悪くないのだから自分が中心と言う気持ちさえ持てば変わったとは思うのだが、まだまだ中盤は遙かにビスマルクの方が目立ち、動いていた。

東京はツットが怪我(?)か、動きに制裁がない。代わりに佐藤ユキヒコが復活の兆しを魅せる。際だつのはアマラオの強さ。鹿島の2枚看板DF、秋田・ファビアーノも押さえるのにやっとの状態だった。ただやはり中盤が無い。全く無い。中盤が無い代わりに体力はあると言う感じか。

それにしても本日の入場者数3万3千人余りとの発表だったが、もうチョット入っていたように感じたのはワタシだけか?


7月30日  あきれた。

NIKKEI-NETの日本組織委員会(JAWOC)の遠藤安彦事務総長へのインタビューを読んでの感想である。詳しくは同記事を読んで頂きたいが、W-cup日本での開幕戦(6/1)の開催地を巡ってのFIFAと日本側の意見が対立している(日本側は札幌と大分、FIFAは札幌と新潟をそれぞれ推薦している)ことをふまえてのインタビューである。

「サッカーよりも自治体事情・日本組織委、譲歩の考えなし 」と題されたこの記事に沿えば同事務総長は「日本の10自治体は競技場以外に、周辺の道路整備などで500億円から700-800億円も使っている。しかも税金だ。(中略)W杯ではサッカーが第一にある、という西洋、南米の文化と日本の文化は違う」と発言しており、つまり日本でやるワールドカップはサッカーが第一にない大会だとお考えになっている。サッカーのワールドカップであるのに、だ。

では、何が第一なのか。発言の趣旨を読み解いてみると、どうやらWカップを通じた地域振興がもっとも重要のように感じる。”地域振興”といえば聞こえは良いが、要はスタジアムを作ったり、そして周辺の道路等を整備したりなどのこれまでの公共事業ばらまきの土建国家ぶりを発揮しているに過ぎない。そしてその会場はWカップ以外での使い道を全く考えていないものが大半(国体?あんな巨大なものが必要だろうか。)であり、税金の無駄遣いだと言われない為に各首長サンは苦慮しているそうで、その批判をかわすためにも是非とも日本開催案でやって欲しいと言っているようなものだ。

無論、JAWOCや各地方団体の苦労はよく分かる。サッカーに理解の無い国でサッカーいや世界で最大の大会を開くのだ。それを理解させるだけでも大変だろう。しかし、いやだからこそJAWOCにはワールドカップを開く事に対する”志(こころざし)”が必要であり、それがひいては日本のサッカー文化を育てるハズだ。そもそもワールドカップを開く意義にはそれが第一の意義だったでは無いか。しかし現状は相変わらずのハコもの行政の道具としてワールドカップは使われたにすぎず、JAWOCもそれが第一の意義だと答えているのがこのインタビューの本質だ。

せっかく国立での横浜対鹿島のすばらしい試合(豪雨でも席を立てずにずぶぬれの人が数多くいました。)の余韻に浸っている夜に最悪の発言だった。手段があればJAWOCに抗議文を送ろうと思う。


7月30日 今回より、当サイトの名前を従来の「30'S Road to 2002」から「From backstand」と変更しました。特段、変更意図は無いのですが今HPのリニューアルを考えており、その中での一つの変更です。しかし当サイトの基本的なコンセプトは変わりません。

今回の題名「From backstand」は、既にゴール裏でひたすら立って応援するにはちょっと年齢的にきついなと感じ、とは言え高い料金のメインに毎回座るにはきつすぎ、必然的にバックスタンドのハジッコから試合を見ている30代以上の方々の気持ちの代弁という意味を込めています。今後もよろしくお願いします。


7月22日 今週のサッカーマガジンで川淵Jリーグチェアマンが「Jリーグサポーターのワールドカップチケットは職をかけても確保します。」と発言するインタビューを目にした。中でチェアマンは「こういう人(=お客さん)がいたからこそ、Jリーグは成功して日本代表も強くなってきた。」という至極真っ当な意見の元に「これを一般と同じ扱いで良いのか。公平、公平と言うけどそれは違う」と結論し、JAWOCと職をかけてまで折衝しようと言うではないか。ワタシのような者にはありがたい言葉である。まあ、こうまでマスコミの前で公言するのだから勝算は既に建っているのだろうが、久しぶりに「がんばれチェアマン!」と応援してしまう発言だった。(笑)

ただし、この提案に関しては大きな問題がある。スタジアムに行きたくともいけない方へのフォローである。理由は人様々だろうが、地理的な問題が一番かと思う。そんな物理的にどうにもならない問題で行きたくともいけない、というこの人達をそう簡単に切り捨てて良いのだろうか。

最近ニュースにもなった「半券運動」なるものは、この点をスタジアムファン(=スタジアムでサッカーを見るために足げ良く通う人)にある意味配慮しろ、との運動に特化し、やはりこの”行きたくともいけない人”をどうするのか、という問題を避けている。この点がワタシには気にくわなかった。(もし避けていないなら何らかのパートナーシップ的な運動を目指すべきだった。ここを切り捨てるような方針を取ったが故にいくら説明しても”エゴ”と見られてしまうのは仕方ない。それがこの運動を今ひとつ盛り上がりを欠けたものにしたのだろう、とワタシは見る。マスコミ的には盛り上がっていましたが。)

そこで川淵チェアマンに提案したい。
確かにチェアマンの提案はありがたい。その提案は何としても実現してもらいたい。が、先ほど述べたJリーグを見に行けない人たちに対するフォローも協会としては考えて頂きたいのだ。そうでなければやはり都市部重視と言われても仕方ない施策にならざるを得ない。だからプラス更なるフォロープランを考えて欲しい。そこで我々は考えた。ある程度の地域ならば誰でも見に行ける大会があるじゃないか?そしてそれを対象に加えられないだろうか。そうすれば普段Jを見に行けないサッカーファンにも配慮できる。・・・その大会とは天皇杯の全国予選である。

天皇杯の都道府県代表は実は3月ぐらいから始まり秋に終わる各県の予選で決まる。この予選は当然どこの地区でも行われ、(Jチームが無い沖縄でも)協会に所属するチームによってその代表の座を争う。無論1種・2種の区別は無いのでいわば無差別級の戦いでもある。これを活用しない手は無いと思う。

とは言っても以前当サイトのBBSでEugene氏が提案していた案に乗っただけなのだが、(来年も年頭から行われるであろう)全国で行われる天皇杯予選を是非ともこのチケット獲得に必要なプランの一翼に加えてもらいたいのである。
これなら見に行けない方はほぼ皆無になり、日本最古のカップ戦を高校野球のように予選から盛り上げる効果もある。(ホントに天皇杯の本戦に出るだけ大変なのですよ。)ひいてはJリーグのホームタウン構想の目的とも合致する。是非とも考慮頂きたいものである。日本にカップ戦の意義を根付かせるためにも。


7月16日  もしコレを読んでいる方で、福岡に住んでいらっしゃる方(確か以前メールのやりとりをしたような方もいたけど)にお聞きしたいのだが、なぜに福岡は急に観客が球技場に行くようになったのだろうか?昨日など1万8千人をゆうに越える観客動員で、見た目には満員に見えた。タダ券配っているだとか、祭りに重なっただとか色々言われているが、何かそれだけでは無いような気がするのだ。それとも市民は降格争いのスリルから逃れられなくなったのか?または出来の悪い子供を持った親の心境に福岡市民がなったのだろうか?(笑)

いや、本当にどなたか教えてください。


7月15日  たぶんベルディよりは多いハズだが、それにしてもサミシイ広島サポの数。だが、なぜか客は入った。1万人を越えた三沢は本当に雰囲気が良くなる。(それ以下だとうら寂しい限りだが。)この日のマリノス対サンフィレッチェは最後の最後で楽しませてくれた。

などと、試合レポートをこれから書くという前フリ的な書き出しだがさにあらず。前日の痛飲のため強力な二日酔いがワタシを襲い未だ回復にはほど遠い状況。ですので気づいた事だけをかいつまんで・・。

三沢は専用球技場のため、プレーが間近に見られ選手の技量が良く分かる。まあ正直言ってJリーガーはシロウトから見ればめちゃめちゃうまいのだが、(ココだとこれはホント実感する。やはり専用球技場は良い。)特に三浦淳宏の切れが良く目立った。今は自信を持ってプレーをしている感じがしており、体の切れ、技、スピードは申し分ない。昨年はいったい何だったんだ?とさえ思う。
また、広島の久保はこのクソ暑い夜にも関わらず相変わらず長袖(笑)だったが、そのプレーのスケール感は間近で見るとより増す。足下の柔らかさ、強さ、そして相手を背負いながらも非常に早い反転でのシュート。アレで枠さえ行けば!というシュートがごろごろしていた。彼に対するワタシのスケール感は倍増した。

いやはや、飲み過ぎでのサッカー観戦はしんどい。暑い中での選手の苦労に比べの我が身、誠に恥じるばかりの夜だった。


7月6日 7/8(土)にフランス駐在のEugeneさんから”ユーロ優勝の瞬間”レポートをUPします。そこはアムステルダムでもパリでもない、フランスの一地方都市:ニースでしたが、その盛り上がりようといったら・・・。ご期待下さい。


7月1日 観客4700人余り。その中でアウエイサポは推定7割以上。しかもスタンドで見る方も日陰を求めて移動する程の暑さ。等々力で行われたベルディ対レイソルは日焼けをするには絶好の日差しと空き具合だったが、サッカーを行うには過酷すぎるほどの暑さだった。

そもそもなぜこんな時間設定になっているのだろう。あまりの暑さのため選手達は全く動けない。いや、動け、と言う方が酷だ。逆に動いてボールを追っかけていることが奇跡のように思えてしまうぐらいだ。ちなみにワタシは、席取りを間違え、直射日光の当たる席に陣取ったおかげで手足は前半だけで真っ赤になってしまった。それほどの暑さの中試合を行った両チームには敬意を表すが、内容は大変な凡戦だった。

ベルディはPK以外は攻めきれず、攻めてもシュートは枠の外。足技の巧みさは相変わらずだがただそれだけ。逆にレイソルは攻め時に北島にボールが入らず(入ったときは一気にチャンスになり北島の安定性は目立ったが)、全く攻められない。後半になんとか見せ場は作るが、暑さで集中力が切れるためかどれもコレも不正確。圧倒的に多いレイソルサポも、暑いところにきて試合がこんな調子だからイライラは募る一方らしく、持ち込んだプールに張った水を掛け合って気を静めていた。(しかし、良くあんなものを持ち込んだと感心をした。)

とにかく、真夏の昼間に試合を行うこと自体がサッカーを殺しかねない。Jの事務局は猛省すべきである。プロサッカーは観客を満足させるのが最低の義務であり、そのためには良いサッカー見せるための最善の努力を払わなければならないのだ。もしTV中継優先の試合日程でこの時間設定になったのなら(そして主催者のベルディがそれを良とするのなら)、いつまで経っても等々力の観客は4700人のままであろう。その前にベルディというチームの魅力が一番の問題ではあるのだが。


6月25日厳密にはサッカー本では無いが興味ある本が出版されたのでココに書く。

スポーツライター:増島みどりさんの新刊が出た。今回はサッカ−だけでなく、コレまで各雑誌で掲載したものの中からオリンピックイヤーということもあって、同大会各種目(全てでは無い)の選手を取り上げたものを集めている。題名は「醒めない夢」、出版社はザ・マサダ、定価1500円+税である。詳しくは著者のHPへ。


6月24日 今週号のサッカーマガジンを読んで、奇異に感じたのはワタシだけではないはずだ。原因は巻頭の伊東編集長自身のコラムにある。細かい内容は同誌を読んでいただくとして、先日の対ボリビア戦後のトルシエの質問拒否についての批判がその主たる内容だった。サポーターからは概念としてトルシエ擁護派と見られていた同誌のトルシエ批判だからより一層目立つ論調だった。

これに関して当の伊東編集長が読者からの質問に答える形で同誌のBBSにその趣旨を説明している。マスメディアの人間がネットのような匿名性の高い、そしてある意味危険なメディアにでるのは勇気のいることで、これはこれで読者に対しての説明責任をきちんと果たしたこととして評価したい。そしてこのことに対しての読者のレスも非常に水準が高く、一見の価値ある。是非ご覧頂きたい。サイトにはこちらからどうぞ。


6月20日 どうやら岡野会長は2002年までトルシエで行くことに腹を決めたようだ。彼の昨日の会見趣旨を読むとそう感じる。(詳しくはi-sizeにてどうぞ。)

問題はトルシエが現在のままで2002年までの監督を引き受けるかだろう。協会にとってはかなり厳しい条件が出されることは予想される。強化推進本部の人選等、協会のメンツに関わるところまでトルシエが踏み込んだ場合、果たして協会は"大人の対応"を取れるだろうか。ここからが岡野会長の真価が問われる。

それにしても問題なのは、まるで10月までのオプションなど存在しなかったかのように喧伝していた協会幹部の嘘つきぶりである。特に釜本副会長など、そんなもの(=オプション履行契約)など無い、と何度も大見得を切っていた。この無責任さをなぜどのマスコミも追求しないのだろうか?少なくとも彼は国会議員でもある。嘘をつくことはあってはならない立場の人物である。きちんとした説明があってしかるべきハズなのだが。


6月19日 試合終了後にオンエアはされなかったであろう「トルシエ日本!」の大コールをトルシエはどのような思いで聞いただろうか?いやサッカー協会の幹部はどんな気分で聞いたのだろうか?試合後"彼"は選手から祝福の水を掛けられ、選手と共にグランドを一周した。その時彼は何を思ったろうか。キリンカップ:日本対ボリビアのスタンドからは名もなきサポーターの愚かな協会・マスコミに対するNOの叫びが聞こえてきた。


トルシエのサッカーはわかりやすい。中心の中村が機能しないと見るや、ハズし、森島を入れる。松田が少々暴走気味だと感じるなり宮本を投入しラインを引き締める。理にかなった采配と言えないだろうか?少なくとも競技場で見ていたワタシはこの交代は深く賛同した。

TVでは解説のセルジオ越後氏がかなり厳しい事を言っていたが、確かにあと1点を取れれば文句は無いが、あれ程押しまくり、相手にサッカーをさせないのにどうしてマイナスに感じるのか?ほとんど誰が出ても同じ仕事が出来るオートマティズムが完成に近づきつつあるとは思わないのだろうか?常に勝たねばならないのはブラジル代表であって、日本代表はその荷物はしょっていないのだ。残念なが我が国は常勝軍団では無い。

試合開始前と試合後、ウルトラスの中心から「協会最低」なるコールが始まる。これは正直、あまり広まらなかった。ワタシもコレをコールするには違和感があった。(釜本ヤメロは大きな声で叫んでしまったが。)
だが、アウエイ側から始まった「トルシエ日本!」は瞬く間にスタヂアム中に広がった。それこそ瞬く間!にである。そして優勝(スロバキアと同時優勝)の祝福の拍手。この試合を罵倒することこそ強国になるために必要、と思うのはそれはそれで貴重な意見だが、ワタシはその意見には組みすることは出来ない。なぜならまだまだ我々は道の途中で、その道中は非常に順調に思えるのからだ。そして、道中、勝った時は素直に拍手を差し出し、つまらない試合にはブーイングを送る。少なくとも今日の試合はつまらない試合では無かったハズ。解説者が言うところのキリンカップの優勝なんてどうでも良いことで、チームができあがってきているのかどうかが最も重要だ。そしてこの試合でトルシエは選手を替えても機能するオートマティズムを披露し結果を出した。今日の最大の収穫は中村・中田・名波らの俗に言われるゲームメイカーがいなくともチームは機能する事を証明したことだ。(もしかしたらトップ下のゲームメイカーなどというのは旧時代のモノかも知れない。トルシエのサッカーを見るとそう思わずにはいられない。)多くのサポーターもそう思ったに違いない。試合後の「トルシエコール」こそが今日の評価だろう。ワタシは断固トルシエの続投を支持する。
最後に苦言を。
代表の試合、徹夜で並ぶのも結構だ。しかし、ゴミぐらいはせめて集積所まで持っていけないものか。もしそのようなモノが無いのなら持って帰るべきだろう。建前論と言われるのを承知で書くが、あまりに試合開始前の横国の周りの酷さに悲しくなったので写真と共に添付する。

6月14日 以前、当サイトで"W杯チケットを本当のサッカーファンに"というコトでこの日記と掲示板で議論になったコトがある。皆さん、同じようなことは思っているようで、あのサポティスタウルトラスのHPにて「きっと何の圧力にもならないけど、今まで買ったチケットの半券に自署名をしてJAWOCに送りつけ、サッカーファンはW杯が見たいのだ、その辺のにわかファンとごっちゃにするな、との抗議行動をしよう。」という趣旨の運動が始まった。
同趣旨に賛同するも良し、無視するも個人の自由。ただそういう運動がある、ということだけを、あの論議を読んでくれた方にお知らせする。


6月11日 今日不思議に思ったこと。
その一:ユーロ2000でのオープニングマッチ、ベルギー対スウェーデンにおいて、なぜ担架係はあれ程の厚着をしているのか?観客・選手は皆半袖なのに?
その二:キリンカップでの中継で、日本テレビのアナウンサーは西沢のコトを"ボレーシュートの西沢"と勝手にリングネームを付けていた。おいおい、いくら一般視聴者に分からせようたってそりゃないだろう。


6月10日 ジャマイカに圧勝したその放送は地上波の局では生放送されなかった。いや、正確に言えばフランス戦も1時間遅れの放映である。ペイテレビのみがハッサン国王杯の生放送をしたのだ。このことは、深夜帯という特殊な時間の放映とは言え、今後のTVとスポーツ放映の関係を考える上で、非常にエポックメイキングな出来事になるのでは、と考えてしまった。

今までも代表の試合を生で放映しない時は数多くあったが、今回が大きく違うのは、"放映"をする権利が"あった"のに"しなかった"ことではないだろうか。つまり生中継というプライオリティあるコンテンツをペイTVにわざと譲った、という気がするのだ。
無論、細かく放映権権利の獲得条件まで子細に調べた訳ではないので断定的なことは言えないのだが、今回生中継をしたスカイパーフェクトTVにフジTVの資本が入っているのは周知の事実(9.9068%の株を所有)。更にフジTVは将来の衛星デジタル放映(有料化が言われている)に向けて準備を進めている。このようなコトから、CXはペイTVのありがたみを視聴者に植え付けようと、わざとスカイTVでのみ生中継させた(もしくは譲った)という魂胆がかいま見えたのは筆者だけだろうか?
これは、今後よりプライオリティの高いモノについてはペイTVでみるしか仕方が無い、という方向に視聴者意識を向けさせるための土壌作りの一環と勘ぐれるのである。

このことは大きな問題をはらんでいる。つまり情報の格差が大きく広がりかねないのだ。
富むモノはより情報を得、貧するモノは2次情報でしか事実に触れられない、ということがTVに限ってはこの日本でも現実に起こりつつある。しかしこのことは、他国に比べ所得格差が小さく、中流意識の高い我が国とってはそれほど大きな問題では無いかも知れない。なぜなら誰でもその気になれば新聞購読代程度の月々の視聴料は払えるだろうからだ。それより、更に問題なのは、意識せずとも誰でも触れることが出来る情報にサッカーが入らないかもしれない、ということだ。

良く、なぜこんなにも野球が各家庭に入り込み、またジャイアンツファンがこのように多いかと突き詰めれば、いつでもTVをつければ巨人戦という野球中継がやっていた、ということをあげる方が多い。TV受像器さえあれば、だれでも無意識のうちに野球=巨人を意識してしまう状況が作られていたのだ。ある意味、いつの間にか洗脳されていた訳である。

だが、ペイTVは違う。地上波の視聴がかなり受動的な視聴が多く含まれているのに比べ、ペイTVはその家庭の誰かが相当の能動的な立場でその放映を見ていなければならない。そうで無ければ金など払うわけが無い。

この点に於いて、ペイTVというのは好きな方だけに向けた非常に能動的な視聴者を抱えたTVだということがわかる。しかし、果たして今日本でサッカーをここまで能動的に見ている方がどのくらいいるだろうか?たぶん巨人ファンの10分の1ぐらいだろう。そんな状況で、もし今、代表等の試合が全てペイTVでしか中継されなくなると、現在のサッカーファンのみしかその情報(=中継)は行き渡らなくなる状態になってしまう。たいがい興味を持つきっかけは何気なく見かけたり、ちょっと触れてみたりなどの非常に受け身な姿勢から始まる。新たなファンを作るのに最適な、受け身の環境を提供していた地上波からこのようなサッカー中継がはじき飛ばされ、有料の衛星波にそのウエイトを大きく置いた場合、そこには能動的な視聴者が存在するだけで、新しいファンが増えにくくなってしまうのだ。

確かに今までも海外のリーグ(セリエAなど)中継もこのような状態になっているが、これは元々無代の地上波では視聴率的に厳しく、そこを、"見たい人だけお金を払って見る"といういい意味の補完的な形でペイTVは存在していた。しかし、今後は"誰もが見たいものまでもがお金を払わなくては見られなくなってしまう"時代が目前まで迫っている。

現在、Wカップ・コリアジャパンの国内放映権権利料を巡って大いに揉めているのは周知の事実。そこにスカイパーフェクトTVが名乗りを上げてきており、もしかしたら"大切な試合"を有料放送でのみしか見られなくなる事態に陥るかも知れない。無論、FIFAの現在の規約では自国の試合と準決勝・決勝は誰にでも見られるようとの配慮から、これらはペイTVのみでの中継は実質禁じられている。しかし、その他の試合は全て生中継はペイTVということが起こり得るかもしれないのだ。そんな一般国民にとっては"中抜き"の中継しかしない大会など、果たして盛り上がるのだろうか?そしてタダでさえサッカーへの関心が今ひとつの国に於いて、いま、このようなペイTVのみでの放映形態が導入されるというのは、サッカーが一部の熱狂的なマニアのものに成り下がる危険性を孕んではいないだろうか?


6月6日 94年のキリンカップでフランスと対戦した時は、正直、まだ同じ土俵でサッカーをするレベルにはない、と感じた。小倉の1発でなんとか点を奪うのが精一杯だったのだ。当時、日本もフランスも"悲劇"と称される試合でWカップアメリカ大会出場を逃す、といった似たような境遇だったにも関わらず、そのレベルの違いをまざまざと見せつけられた。まだほんの6年前の話だ。

ハッサン国王杯、日本対フランスを見て感じたのは、圧倒的なレベルの差が感じられなかったことである。特に個人技、組織力においては全体の選手においてそれは感じられ、中田・稲本辺りはフィジカル的にも負けていなかった。心配された中村の欧米人相手の"当たり"もそれほど悪くなかったように思う。(彼自身の出来は悪かったが)

またディフェンス面においてもフランスWカップ時に感じた相手ディフェンダーに一瞬のスピードでおいて行かれるディフェンスの甘さ(FWの突破力は単なる瞬発力だけでは無く、相手DFとの最大の駆け引きの才によるところが大きい)も無く、むしろ余裕の対処場面が多く見られた。

うれしかったのは、まるで各選手ともJリーグで普段活躍プレーしているのと同じ"感じ"でプレーしてことだ。西澤のあのシュートは先日の長居でのシュートとつながっており、そのアシストのアツのセンタリングも同様だ。僕等が競技場で見るいつものプレーである。
「Jのレベルは決して低く無い。」
深夜の日本対フランスを見ながらそう感じずにはいられなかった。

確かにまだセリエAやリーガエスパニョーラの上位陣とジュビロ等のJのトップチームを比べても足りない部分はまだまだある。
しかしこの試合での西澤やモリシらの動きはJでの普段の動きであり、それをJリーグ戦で対戦チームのが彼らを止めれなかったと同様にフランス代表が止められなかったのも事実だ(たった1度の対戦とはいえ)。つまり、彼らの活躍はJである程度通用すれば、強豪国クラスとの試合でも十分戦えることが証明されたのでは無いのだろうか?

そんなJをレベルが低い、と行って見に行かず代表のみを応援する方をワタシは信じない。しかもクラブにより資金が集まれば(観客動員数が増えれば)より良い外国籍選手を招聘でき、それが更なるリーグの発展を生み、最終的には代表の強化につながるとわかっていながら、だ。
もしフランス等の強豪国と常に昨日のような戦いを望むなら、そして地理的に可能なら国内のJを見に行け、と言いたい。それが代表を論ずる上での最低のレベルである。

更に信じられない論点が、フランスは本気では無かった、という意見だ。これなど論外の見識だ。どちらのチームもやはり"調整"であるのは間違いない。その同じ土俵で引き分たのだ。そして、調整段階でのフランスにホームでこっぴどくやられたのはわずか6年前の話だ。
その時間の流れの中であれだけ進歩をなぜ猜疑心の混じった目で見てしまうのであろうか?これを自虐と言わずとして何というのか?

6年前の初夏の出来事が笑い話になる日がやっと来た。次は、今のところ"永久保存モノ"のこの日のビデオテープを無価値にしてしまうぐらいのサッカー文化の国を目指そう。そんな時もきっと来るハズだ。


5月28日 本来ならこの日一番の注目カードとなるハズと思われた磐田対清水の"静岡ダービー"。27日、ワタシはこの試合を見に磐田スタジアムまで"遠征"した。
しかし、まさかこの日、もっとも注目されるカードが長居スタジアムとは・・・。ワタシはこのダービーのチケットを発売2日目に買ったのだが(それでも指定は手に入らなかった。)分かっていれば、間違いなく長居か国立に行っていただろう。そう、どうせ磐田まで足を延ばす気なら大阪も遠くはない。仕方ない、コレもサッカーか。

しかし、磐田も燃えていた。
試合開始5時間前に到着したのだが、既に開門を待つ長蛇の列(左写真)が2列できあがっていた。そして、スタジアム周りには多くの駐車場(普段はヤマハの社員用。)があり、早く到着すれば車は難なく駐車できるのだが、来る人来る車、皆さん必ずレプリカユニ着用&グッズで固められている。ワタシなぞ、湘南を応援しに行くときも現地に着いてからユニを着用するダメサポぶりだが、彼らは普段着のように着ている。逆に何か着用していないとハズカシイ感じなのだ。そう言えば、東名で清水ICを過ぎた当たりから、磐田へ向かう"エスパルスユニ着用運転手が運転する沼津ナンバー"車を数多く見かけた。正にダービー、さすが静岡、である。
磐田スタジアムは思った以上にへんぴなところにあった。ヤマハの工場地域のはずれにあり、あのバックスタンドはなんと崖の傾斜を利用して出来ている。(どうりで斜度がきついハズ。)意外と小さく、無理矢理作ったスタジアムといった感じだ。ワタシの印象では、同じ静岡ならエスパルスの日本平スタジアムの方が見やすく使いやすい。

雨は試合開始前から降っていたが、ほぼ観客席は満員になる。ワタシの座ったブロック席からは通路まで溢れた観客が視界を遮り、ピッチが見づらくなるほどだ。無論、試合開始前から両サポーターの"唄"での戦いは始まっていた。

試合は開始当初はジュビロが押した。ラドチェンコをMFに配し、FWが高原・中山とする攻撃的な布陣で望んだのだが、高原のポストプレーが今ひとつなのと(ボールをキープできない)、エスパルス中盤のチェックが厳しく、徐々にエスパルスペースになる。
そして前半に伊東のすばらしいミドルシュート、後半にはそれまで押さえられていたアレックスの左サイドからのこれまたすばらしいゴールによって勝敗は決した。ジュビロは後半特に良いところが無く、見事にエスパルスに「やられた」試合だった。エスパルスはサントス・伊東のボランチを含めディフェンス陣の出来が良く、常にこのような能力を発揮出来れば2ndステージ優勝も可能だろう。

試合終了後、駐車場にてマリノス優勝の報を聞く。驚いたのは言うまでもないが、やはりセレッソは2週続けて緊張感のある試合を勝ち抜くほどまだチームがタフでは無いというコトなのだろう。しかしマリノスも棚ぼた式の優勝であり、チャンピオンチーム?と言った感じだ。やはり15試合のリーグ戦では重みが少ない。

磐田からの帰り道、行きと同様、エスパルスグッズで満載された多くの車が喜々と清水ICを目指すのを見て、果たして横浜でこんな風景を見たことがあったろうか?と横浜の優勝を素直に拍手出来ない気分になった。がんばれ横浜市民。

5月26日 明日は大一番。関西では結構盛り上がっているそうだが、横浜は?。もしセレッソが負け、マリノスが勝てばその可能性はあるだけにもうチョット騒いであげたら、と心配になる。(横浜市はもうちょっとバックしてあげるべき。)

さてそんな中、一人のサッカー少年が難病に苦しんでいる。先日の日刊スポーツでも報じられたが、千葉に住む吉井貴哉君(12歳)という男の子が重い心臓病に苦しんでいる。もしコレを読んだ方で、趣旨に賛同できるなら協力して上げて欲しい。以下にこの件をワタシに教えてくれた方の文をそのまま掲載する。

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現在、千葉市にある 千葉県こども病院という所で 吉井貴哉君(12歳)という男の子が 重い心臓病で入院しています。彼はサッカー少年なのですが、心臓移植しか彼を 救う治療法はありません。
ご存知のように日本ではまだ子供がドナーの脳死臓器移植は認められておらず、 心臓移植をするには海外へ行き、移植手術を行うしか方法がありません。 またこれには大変な経費がかかります。
現在、移植に必要な経費の6,000万円のうち、2,000万円しか集まって いないそうです。ご協力できる方は是非お願い致します。

ホームページはこちらです。

郵便振込・口座名「たかや君を救う会」 口座番号00100−0−196295
銀行振込・千葉銀行新稲毛支店 店番号071 口座番号 普通3598164
銀行振込・さくら銀行千葉支店 店番号066 口座番号 普通7368388
たかや君を救う会事務機局(043・266・0075)

5月21日 この日、三ッ沢にはサッカーのおもしろさが全てつまっていた。すばらしい気迫のプレー、勝利を信じるサポーターの声とそんな彼らで埋まった満員の観客席。ワタシは球技専用のスタジアムが醸し出す雰囲気と、身近でしかし、凡人には決して近寄ることが出来ないフィールドのプレーの数々を心から堪能した。横浜対セ大阪。まさに大一番の名にふさわしい試合だった。

試合の内容には触れずともこれをお読みの皆さんはご存じだろうからあえて触れない。 ココでは試合の当日の三ッ沢の雰囲気などを少々。

ワタシは持っていたチケットが自由席だったためもあり試合開始2時間前にスタジアムに到着した。最寄りの地下鉄の駅には"当日券はありません"との貼り紙。それでもこの時間、まだ駅は空いていた。
球技場は久々の驚きだった。何と入場するのに、雨の中で長蛇の列。「2時間前だぜ、まだ!」と驚きながら列の最後尾に並ぶ。最近の三ッ沢では久々に見られた光景だ。それが右の写真である。

球技場に入ると既にマリノス側の自由席は満員状態。セレッソ側はまだまだ余裕が見られ我々はそちらで観戦することにした。
試合開始1時間ほど前からセレッソ側もかなり埋まり始まる。雨は弱くなることも時よりはあるのだが絶え間はなく、そして常に降る。飯も食っていく側から濡れていき、コップのビールはちょっと間をおくと量が増えていた。

こんな中、早くもマリノスサポのコールが始まる。しかし、今ひとつ声が弱い。(これはいつもだが)そしてこれに呼応してセレッソ側からもコールが始まり(結構来ていた)、こちらは少ないとは言え体に響く気合いの入ったコール。いかにも"大事な試合"という雰囲気を感じさせてくれた。

雨のせいか試合が開始されてもゲートから観客が次々と入って来ており、係員は上で立って見てくれるようひたすらお願い。ココ三ッ沢はフィールドと近いため、通路に立って傘をさされると、その上で見ている観客の視界が遮られてしまうのである。しかし、いかんせんキャパ15000人の競技場。上の立ち見席もいつのまにか満員。階段に座るお客さんも見受けられ、係員は対応に苦慮していたようだ。

雨は、後半始まったぐらいが最も強く、見ている方としてはちょっとつらい状態だった。よくぞこんなに試合を見に来たモノだ、と関心したが、こない方が大損をしたというのは結果が示している。雨もこの日だけは抜群の効果設定だった。

試合がタイムアップし、セレッソの勝ちが決まると競技場内にはセレッソサポの声だけが響く。マリノスサポには涙を流す男性もおり、かなり落ち込んだ雰囲気があったが、まだ可能性を残すためか悲壮感(=厳しさ)はそれほど見受けられず、(どちらにもそれほど肩入れをしていないワタシ的には)サポも含めたチーム全体としてこの辺がマリノスの弱さかも知れないと感じる。
また、2シーズン制のため、"我慢のタメ"ようなモノがちょっと少ない。1年を通し艱難辛苦を舐めながら優勝をもぎ取る、というのが本来のリーグ戦の姿だ。次がすぐある(セカンドステージは6月より開始。)と思うせいか、優勝を逃した!というコトの悔しさが足りない気がする。逆に勝者にとっても、こんな短期間のリーグで"優勝"という文字をが与えるのはいかがなモノか。そろそろ1シーズン制に戻すべきだろう

それにしてもセレッソは良いサッカーを見せてくれた。気持ちの伝わる、それでいてクレバーなチームだ。これで来週の長居が満員にならないようでは選手がかわいそうだ。満員の観客の長居で優勝させたい。セレッソサポの意地を見せてもらいたい。


5月20日  アサヒ芸能によるとペルージャ・ガウチ会長(息子の方ね)自らが書いた中田裏話本が出るらしい。(別の筋からも出版されるという話を聞いたので出るのはほぼ間違いない−出版に合わせて来日するとの噂もあり。)中田のコトのみならず、ペルージャのコトなども書かれているだろうから純粋な暴露本(?)とは言えないが、中田の事務所がどんな反応をするか?やはりこの本に関しても"中田は関知しておりません"、と筋を通すのか。それとも公認本としてメッセージでも寄稿するのか?興味あるトコだ。
さてこの本、今売れ筋の中田&イタリア関連本なので普通はそこそこ売れるハズなのだが、果たして・・・。(ワタシは懐疑的)しかしガウチ会長、どこまでもjapanで商売をするステキな会長さん。中田までも骨までしゃぶりつくすらしい。


5月17日  どんな理由、裏事情もしくは熱意があるかは知らないが、本日TBSテレビがJ1の磐田対広島をゴールデンタイムで放映する。しかも平日だ。サッカーファンながらこんな予測をするのは気が引けるのだが、たぶん視聴率は10%行けば御の字だろう。だから、この放映にサッカーサポの一人として素直に感謝したい。それが例えどんなバラエティ番組チックになったとしても、だ。
いくら衛星やCSでのサッカー放映が全盛とは言え、地上波の影響は受動的な視聴者を獲得するのに効果的だ。良い試合を期待したい。しかし・・それにしてもなぜ?


5月12日  とりあえず先延ばしになった感のある代表監督問題。何も解決せず、協会の無能さだけをさらけ出してしまっただけの騒ぎだった。本来、代表監督と共にあるべき強化推進本部が、まるで密告者のように代表のアラ探しをするだけの監督官庁のような存在に変質してしまっていたことだけでも奇妙な話だが、この1年8ヶ月の結論も出せない程のプアーさには改めて驚く。

たぶんそれなりのレポートは存在したのだろう。しかし自分たちの出した結論が世論の反発を招く可能性が高いと見るやそのレポートを取り下げて、結論無き”議事録”がこのレポートに当たるとした慌て振りには笑止千万。彼らは2年間、ベンゲルへのラブレターの書方を練習していただけなのではなかろうか?それなら正に2年近くを無駄にしたのは強化推進本部の方だった。彼らにトルシエの仕事を批判、評価する資格は無い。いくら無給の役とは言え無責任過ぎる。

そんな地に墜ちた協会の評判だが、一つすばらしいと思えるコトがあった。それは例のベストメンバー問題への川淵チェアマンのweb上での説明である。その内容については賛否両論あろうかとは思うが、"説明責任"に対して逃げずに己(もしくはJリーグ)の考えるところをあますところなく表明するその態度には好感を持つ。そしてweb上やマスコミ上で論議されたコトに対して(全てでは無いが)Jリーグの意見を細かに述べている点も誠実さが見て取れる。同じ協会内(厳密には違うが)なのにどうしてこうも違うのか?と思うぐらいだ。こんな点はもっとサポーターの間でも評価されるべきだ。そしてこの表明に関して議論がもっと活発になるべきだ。文句の言いっぱなしで何も生まれない。


5月7日  湘南がまた負けた。サポートするチームが負けるのは悲しいが、これは個人的(?)な感情なので、他のサッカーファンにとってはどうでも良い話だ。従ってここではあまり書かない。

問題は日本の宝になるはずだった前園が危機的だということだ。彼の現状ははたから見てもかなりきつい。かつての怖さが陰を潜めているのはもちろん、チームを引っ張って行くと言う強さも無い。自爆、という言葉がぴったりする今の彼のプレーぶりである。

前園、このまま才能の墓場行きを命じられてしまうのか?それは日本サッカーに於いてもあまりに空しく悲しい選択だ。同じ背番号のレプリカを着た30オヤジは心から復活を祈る。


5月6日  3日の日記で「ゼッカ監督解任も考えられる」との趣旨を書いたら翌日解任されてしまった。あの試合を見せられただけに妙に納得したが、選手の”軽さ”も気になったのだが..。フロンターレの今後は危うい。

さて報道では代表監督:西野氏の誕生も近いそうである。無論、どこまでが飛ばし記事か分からないが、協会の最近の動向を見ると不安になるのはワタシだけでは無いハズだ。

ちなみにワタシは西野監督は評価する。アトランタオリンピックでの戦い、柏での采配ぶりを見ると「将来ある監督」だと思う。しかしココで代表監督に・・というのはどうかというと、これはNO!なのである。

まず整理してみたいのはなぜトルシエが解任されなければならないのか?ということだ。フィールド面での最大の問題は決定力の欠如・攻撃の形の不透明さ、そしてマネージメントの問題では、協会やリーグとリレーションがうまくいかないと言うマネージャー能力の欠如。この2点が一般的に言われている解任の大きな理由であろう。
では翻って西野氏にこの能力がトルシエ以上にあるのかというと, これははなはだ疑問である。

良く指摘されるのが西野氏のサッカーは守備重視であり、オフェンスへのアプローチはうまいとはいえない。現在の柏の不安定な戦いぶりも攻撃のオプションが少ないことに起因するのは彼のコメント(5/6 対神戸戦後のインタビュー)を聞いても明らかであるし、それをこの2年かけても解決出来ないでいる。逆にあの不安定さで柏をココまで持って来た彼の手腕は評価に値するが、しかし未だリーグ戦では結果が出せないでいるのは事実なのだ。その結果が出ない彼にどうして代表の監督に、と言う声がかかるのかが分からない。まだジュビロの監督だった桑原氏(優勝という結果を出した。)、というのなら分からぬでもないが。

またマネージメント能力では、確かに協会やリーグに対してはトルシエよりも円滑に進む可能性があるが、これは単に協会にとって与しやすい相手と言う基準において、という注釈付きになる。彼が就任することによって、今後大事になる他国との親善試合等のマッチメイクへの不安は無いのであろうか。どうも協会は、そのような仕事は協会事務方に任せれば良い、という意見らしいが、かのサー・ファーガソン(マンU監督)は自著の中で、現代の監督とはフィールド上のコトのみならず、選手の獲得、環境の整備等の”マネージメント能力に長けていなければならないとの趣旨を述べている。この意見に組みするなら、果たして西野氏はトルシエ以上にこのようなマネージメント能力に長けているとの評価を下せる”何か”があったのだろうか?

どうも協会の一部(大多数?)の人たちはは”自分たちの力”だけでWカップを戦いたいのだというフシがありありだ。いや、ここでの”自分たち”でというのは、長年苦労を共にした日本サッカー村という古い体育会系社会独特の世界にいる人たちだけで、という意味である。つまり口うるさい部外者(=トルシエ)は邪魔なのである。

確かに苦楽を共にしてきた仲間みんなの力でWカップホスト国として戦う、というのはサッカーの悲惨な歴史を見れば分からぬでも無い。ようやくココまで来た日本サッカー、作ったのは我々だ!もしかしたらW杯勝利という褒美にありつけるかもしれない、そんな褒美を、名誉欲の強い部外者に持って行かれるのでは我々のこれまでの努力は何だったんだ!協会関係者は本気でこんな風に考えて考えているのではないだろうか?
そこで出てきたのが西野氏を監督に、という観測気球気味の提案である。協会としては正直、彼で無くてもかまわないのだ。同じサッカー村に住む住民であれば桑原氏でも岡田氏でも。

尚、これらはこれまで報道された内容が真実だという前提においてである。こんなうがった見方は全て間違いだったといえる日が来て欲しい。ただ日本人の体質(自分を含め)やこれまでの経緯を考えるとこんな思惑でコトが進んでいると感じる。協会の人間は2002年前と以降が別の次元にあると考えているようだ。全ては連続性の上に成り立っているのに。

やはりワタシはトルシエを支持する。こんな体質をうち破るためにも悲しいかな、外圧が必要だから、いう観点からもだ。また日本サッカー協会の強化委員の総辞任を要求する。日本サッカーを”自分たち”という私物に属化している理由からだ。いい加減、村体質は辞めてくれ、日本人。


5月3日  ゴールデンウィークは自然と観客は集まるモノ。天気も良ければみんなどこかへ行きたくなり、その選択肢の一つとして「サッカー観戦」も加えられる。だからこんな日こそ、普段なかなかスタジアムへ足を運ばない人に対して、試合で「何か」をアピールしなければそのチームはサポーター獲得の絶好の機会を逃すことになる。その意味で川崎Fは多くのモノを逃したこの日の対磐田戦(等々力競技場)だった。

2枚看板(中山・高原)のみならず要(かなめ)である福西までを欠く磐田に対してあそこまで押し込まれるとは・・。集中力の欠如も見られ、試合開始から30分も経つと左右のライン裏をとられまくりジュビロ攻撃陣のおもうがまま。ワタシは川崎サポが多く集まる席で見ていたのだが、サポーターの失望がアリアリと感じられた。ゴール裏のピッチから見えないところには張り紙で松本育夫社長の現場復帰を望む垂れ幕もあり、いよいよこの試合を持ってゼッカ監督の進退も考えられるのではなかろうか。

この日の等々力はやはり磐田側から埋まっていったコトから考えても川崎Fのサッカーを応援しに来たというよりは前述の通り「サッカー観戦」という休日の過ごし方を選択した方も数多かったに違いない。(無論、磐田サポは東京近郊でも多いのでこの限りでは無いのかもしれないが。)そこでこのようなぶざまな試合をした川崎Fは自チームの新規サポーターのみならず、サッカー全体へのサポーターをも獲得する時を逃してしまった。この罪は大きい、とワタシは思う。奮起して欲しい。

ちなみにこの日、目を見張ったのは磐田の川口。彼はサイドアタッカーとして大きく成長している。このまま順調にいけば代表の右サイドも任せられるかも知れない。無論守備力は未知数だが。


5月1日  ちょっと今回の協会のゴタゴタを見ると暗澹たる思いがする。どう転んでも良い結果が出そうにないような気がするのだ。ちょっと気を落ちつかせてからこの話題は書きます。掲示板のワタシの文章も支離滅裂ですし。スミマセン。


 



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