2001年4月30日
どうも希薄な印象しか持てなかった横浜国際での横浜対広島だったが、一体全体それはなぜなのか?7万人という収容人数に対しての1万5千人の観客という対比が生む密度の薄さか、それともついにはシーズン当初掲げた攻撃的布陣という戦略が崩壊しつつある広島を目のあたりにしたためか、そんな広島にも苦戦をする横浜の相変わらずのつまらなさのためか、いずれにしても両チームの熱心な応援者では無い私にとっては、2000円分の価値は無かったこの日の横浜国際競技場だった。
その前日に見た平塚での湘南対仙台、あと一歩で勝ちを逃した湘南に賞賛の声が見受けられるが、サポとしては勝たなくては何の意味も持たない。無論、昨年よりは遙かにましなチーム状態で、がっかりするような試合が今シーズンは少ないのも事実なのだが、1部復帰という目標のためには今一つ”何か”が足りないということがこの仙台戦ではっきり見て取れ、試合後は個人的に空虚な気持ちが長く続いた。その”何か”は何なのかは僕にも未だ分からない。翌日観戦した横浜国際での試合が希薄に思えたのは私自身がその空虚(=不安?)な気持ちを引きづったままだからかも知れない。
ちなみにこの平塚で見たもっとも印象に残った選手は仙台の財前。怪我や不運に泣いた元天才が復活しつつある。彼の復活劇をJ1で見てみたい気もする。
2001年4月26日
対スペイン戦に対しての試合直後の私のおおざっぱな感想を書いてみる。出社前の時間の無い時に書いているため乱文は許してもらいたい。
結果的に負けてしまったこの試合だが、場外者から見れば内容としては乏しく、単にこの試合を”見せ物”と考えた場合はつまらない試合といえよう。但し、現在の日本代表の課題を考えればまずまずの内容であった。
このテストマッチでの日本の目標は、一つはフランス大敗後のショックを取り払い大国相手でも戦えるという自信を取り戻すということ、もう一つは劣性時で守りきる(トルシエの言うところの守りの文化の熟成)、この2点であったと思う。
確かにロスタイムの失点はいただけない。勝ちと負けでは全く違う。これまでも同じようなことは再三あり、日本代表というチームの学習効果を疑問視する向きもあろう。しかし、それでも私はこの試合を評価したい。
特に”自信”というものを少しは取り戻せたのでは無いだろうか。これはメディアやファンにも言え、「負けた事はいただけない」などとわずか1ヶ月前に0−5で負けたチームが、(同レベル相手にスコア的には善戦したにも関わらず、)この試合結果に対しては反省点を述べていることでも言える。あのスペイン相手に負けた我が代表を責めるのだから日本サッカー全体もだいぶ自信を回復したのでは無いか。相手はサウジではないのにだ(笑)。選手も同じ雰囲気であることを祈る。
劣性時の守り、という面でも及第点である。後半は相手もメンバーを大幅に入れ替え、テストの色合いが濃くなったが、それでもフィジカル面で負けた場面は少なかったこと、劣性時に最も必要なプレスそしてパスカットなどの場面が多く見られたことなどからである。それだけに最後の失点は悔やまれるのだが。
心配なのは日本の反応だ。まるでつまらない試合だった、とか、守ってばかりでは試合にならない、などの反応がもし評論家やファンの間で起こるのなら、正に日本には守る文化は無いと言い切ったトルシエの言葉を肯定することになる。アウエイではつまらない試合で良いのだ。そこにスペクタクルを持ち込むほど日本は強豪国では無い。それを許されるのは数カ国ぐらいだろう。
そしてテストマッチの意味をはき違える論評も多く見受けられればげんなりする。スペイン同様、日本も正にテストをしたのだ。今回はその点では十分な及第点である。結果を問われる試合では無い。
でも選手には負けたことを悔しがって欲しい。その時こそ本当の自信(そして代表の誇り)を取り戻せたといえる。
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2001年4月22日
J1の無い土曜は世間的にはおまけのような扱いのJ2だが、チーム、サポーターにとってはそんなことは全く関係の無い大事なリーグ戦の1戦。しかしながら天気も悪かったせいか、やはりひっそりと行われた湘南と山形の1戦を平塚に見に行った。
結果的には湘南が勝つ試合なのだが、今期始めて見る山形、その運動量は噂通り。後半に入り逃げ切れなかったのはその反動からのスタミナ切れゆえだろうが、それにしてもプレッシングの早さ、攻めるスピード・戻るスピードはこれまで湘南が対戦した中でも随一だろう。またサイドからの攻撃も十分魅力的で、これは侮れないチームである。柱谷(兄)監督恐るべし。まあ、そのチームに粘って勝った湘南も昨年には無かったしぶとさがあり、”強さは本物”とサポーターを心から安心させる1戦ではあった。
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当選通知。しかし肝心のが当選しないとは・・。
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話は変わるが、試合から帰るとコンフィデレーションカップの当選通知が届いていた。トップにも記したが、親戚一同を動員したおかげか新潟での日本対カメルーン戦を除き、皆当選。最も狙っていたこの試合のみはずれるとこなぞ、筆者の相変わらずの”決定力のなさ”を物語るが、それにしても妙なのはその競争率の高かったであろう同試合までもが2次販売があるということ。これには外れた私は憤慨。当初から2次販売分の予定などアナウンスされていなかったハズで、その唯一のチケットを手に入れるチャンスだった1次販売にはずれた(=もうチケットはありません)人間がいるのにはぜ2次販売があるのだ?しかも電話のみでの受付とは平日の昼間にどうやって延々とリダイヤルを押せるサラリーマンがいるのだ。個人的には折角の湘南勝利の歓喜に水を差す不可解なチケット販売システムである。
尚、鹿島での日本戦(1人)、横浜での決勝戦(ペア)など欲しい方がいたらメール下さい。権利を譲ります。(いないか。)
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2001年4月19日
駒場での浦和対東京での騒動に対して思った事を書こうと考えたのだが今ひとつ思考がまとまらない。ただ詳細を聞いて、平和ぼけした人間達が戦争ごっこをやって楽しんでいるのに似ているなと感じたのは不謹慎だろうか。なぜか滑稽な顛末に思える、と書くのは現場にいなかった人間(=私)の勝手な思いこみなのだろうか。
話は全く変わるが、浦和のサポの中に”ナイトゲームでサングラス装着する人”を特に多く見かけるが、彼らはまともにフィールドが見えるのであろうか。一度僕も試してみたが見にくくて2秒で外した。この”ナイトゲームでのサングラス”と、この国でスタンドを取り囲んだり石を投げたりするという行為の間にファッション(憧憬)という共通項を感じるのは私だけだろうか。
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2001年4月8日
1日2試合を見ると言うことは東京近郊に住むものだけに許された贅沢かも知れない。この贅沢の上に面白い試合を立て続けに見れればお腹は一杯、心から堪能できた日は心地よく寝床に入れる。4月7日はそんな春の土曜だった。
国立での鹿島対磐田戦を評してナショナルダービーたる冠がつけられつつあるが、その内容はある意味期待はずれ、ある意味期待に違わない内容だった。
期待はずれというのは、今年に限っては鹿島と磐田のサッカー質が思いの外開いてしまっていることであり、期待通りだったのは磐田が見せるスキルフルなサッカーの心地よさを堪能出来たことである。
名波を中心とした磐田は、全員が駒であり歯車であることをいとわない組織だったサッカーを楽しんでやっているように見える。明確なサイドがいないにも関わらずそのサイドからの突破が再三ある点、そして奥のドリブルまでもが全て計算されたように美しく、調子が今ひとつだったとは言え鹿島が誇るMFとの中盤での戦いも常に制していた。
翻って鹿島は昨年あった早さがこの試合ではまるで無かった。昨シーズンは中盤でのボール奪取から前線へのフィード、そしてそれに反応するようにFW等の素早い動きだしが誠にリズミカルであったのに、この日は前線と中盤の意志疎通が出来ていないかのようなリズムの悪さが目立ち、いやそもそも中盤を完全に磐田に支配されてしまうとは鹿島らしからぬサッカーである。特に以前も指摘したがビスマルクのところでボールの流れが止まってしまうように感じる。これはタメとしてそうしているだけなのか?それにしてはビスのところでの”ボール奪取され率”は高かったように思えるのだが。
それでも僕は鹿島もそれほどひどい出来だとは思えない。実際本山からのまさにキラーなパスから上がって来た奈良橋のシュートが入っていたら結果は分からなかったかも知れないのだ。ただ今年の磐田は目ざすところが全く他のチームとは違うとでも言いたげな自信に満ちたサッカーを見せつけているようで、例えあのシュートが入っていたとしても結果は変わらなかったかも知れぬ。あの組織だったチームを前にしては鹿島のチーム力などもかすんでしまう程の磐田の盤石の強さが目立った試合だった。
この日の国立は非常に良い天気でサッカーを見るのは暑からず寒からずの観戦日和だった。そしてやはりというかいつもの国立より女性客の姿が目立っており、鹿島主催試合では自由席となるバックスタンド上段中央という、どちらのサポでも無いサッカーフリークが集まりそうな場所にも大勢の女性グループが見受けられ、「ハットぉ〜!」(服部の事ネ)などと歓声を上げていた。ジュビロの女性人気は今年も健在のようである。
さて、僕は国立の試合が終わるといそいそと引き上げ、電車を乗り継ぎ横浜国際へ向かう。6時半頃に何とか到着。久々に国際に足を運んだが、入った瞬間思ったことは「で、でかい!」
最近はビッグスタジアムと言えば東京スタジアムや国立ばかり通っていたのだが(除く平塚、笑)、それらを見た後でも横浜国際の大きさは尋常では無い。さすがW杯決勝のスタジアム、大きさだけはそれに見合うものである。
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横浜国際を占拠した浦和サポ。 その応援はど迫力ものでした。
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この大きなスタジアムにこの日は3万人の観客が詰めかけたのだが、半分は確実に浦和サポーター、いや声のパワーだけを取ると3分の2は浦和サポーターでは無いかと思うほどであった。ゴール裏2階に陣取る浦和サポのかけ声が始まるとそれまで勢い良かった横浜サポの声など聞こえなくなってしまう。(横浜寄りに座っていても!)そしてそのスタイルはあくまで欧州スタイルなので湘南サポの私が見ても思わず「かっこいい」と思いファンになってしまいそうだった。現に僕の横に座っていた中学生らしき少年達などはこの応援風景にすっかり魅了されたようであっという間に浦和サポになってしまった程だ。
そんなサポに後押しされてか、この日の浦和は気合いが入っていた。特に小野、これまでは走ることが少なく、それが批判を浴びる事も多々あったが、この日は違った。とにかく動くのだ。パスを出してもこれまでのようにうっとりとその方向を見ていたりしない。パス&ゴーの基本を忠実にこなす。しかもそのセンスは間違いなく一級品なため、横浜DFもかなり慌てていたようだ。小野の覚醒を期待できる出来だった。
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この小野に代表されるようにこの日のレッズは良く動き、そしてねばり強かった。例え井原が退場し10人になっても小野をサイドバックに置くという奇策に出て、粘り強く横浜の攻撃を防ぐ。横浜も先制され何とか追いつこうと特に後半は雨あられとシュートを打つが、決定力が無いためことごとくシュートは入らず。体を張った浦和の守りと横浜の猛攻は終盤なかなか盛り上がり、単にサッカーを楽しむだけなら非常に楽しい時間だった。
ただ、そこには一部を除き、国立でのそれに比べレベルの低い試合でもあったのは事実だ。特に横浜のバラバラ度は当分勝てる見込みが立たないのではないだろうかと思わせる。攻撃に入っても全てが個人技に頼った攻撃で大抵がゴール前であえなく撃沈。そんな個人技でも何とか木島や中村が見せ場を作るがFWの出来は悲しいばかり。このチーム、マジで2部落ちがあり得るかも知れない。チームとしては機能していないのだ。特にボランチ(上野)にボールが入っても前線の動きが無いためかボールが停滞することがしばしばあり、上野や下がった時の中村の出来もボールをこねくりすぎて攻撃を沈下させる役目しか果たしていない。果たしてこねくり回す中盤がいけないのか動かない前線がいけないのかは「卵と鶏」の論争だが、どちらにしてもスピード感にかける攻撃なのは事実。これでは勝てない。
また浦和もこんな横浜だからこそ気合いとトゥットだけで勝ったようなもの。やはりまだチームとしては戦術は見えていない。小野の覚醒とチームとしてのタフネスさをかいま見せたことがこの試合から見えた希望の星か。
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2001年4月1日
桜に雪とは風流な・・と思いつつ東京スタジアムに行くとそこは気温3度の世界。風が無いことと屋根のあることへ感謝しつつ、清水サポの雪まみれのいつもの応援に、たぶん世界クラブ選手権に清水が出るとサンチャゴベルナベウでもこのサウンドと踊りが見られるんだろうなぁ、それはそれで凄い事だと関心しつつ、翻ってベルディの全国区グループメディア応援丸出しの姿勢に、あんなことやってたら少なくともJ以降のサッカーファンは嫌悪感を示すだけで、そして東京人こそ”おらが東京”を求めているはずなのにどうしてそのことが分からないのだろうと悲しくなり、悲しいままキックオフを迎えた。
試合はその応援と同じく圧倒的に清水が優勢だった。バロン・沢登がいない事でどうなるかとtotoを清水にかける際にもちょっと躊躇した布陣だったが、そんなこととは関係がないほどチーム状態は良くなっているようだ。特にもとから定評のあるボール回しのすばらしさに加え、スペースを作りマークを引きつけるなどのサポート選手達の動き質の向上が見られ、見ていて単に足下で受けようとする選手ばかりのベルディとは2ランクほどのサッカーの質の違いを見せつけていた。
清水で目立っていたのはボランチ戸田。昨年までDFの選手だったが、そのボランチ能力の潜在性はまさに発見。移籍したサントスの穴を埋めるどころか、攻撃面参加時のバラエティの多さなどは既にその存在を凌駕しつつある。コンバートがこれほどはまった選手は最近では珍しいかもしれない。今後要チェックである。
ベルディはなぜ後半前園を出したのだろう。去年一年、湘南で思いしらされた前園の復活の遠さは更に遠くなったようで見ていて悲しくなった。ボール保持者のそばで足下で受けようとして突っ立ていてはいつまでもボールなど回って来ない。復活を期待し、昨年レプリカの背番号を10にした人間としては彼の復活の可能性が年々低くなっていく様(さま)を見るのはあまりに忍びないのだ。"もっと動いてくれ、前園!"、こう言わずにはいられない。
そんなこんなでタイムアップを迎えた訳だが、スタジアムから飛田給の駅まで帰るのに人の波が全く進まず、どうなっているのだと降り続く雪の中で怒りを通り越し、その一パターンの退路しか造らなかった設計のいい加減さにまたもや悲しくなる。最後まで悲しいことの多かった雪の東京スタジアムであった。
2001年3月25日
あのドイツ代表をしても一方的な試合になり、ショルにも「意識しすぎた」と言わしめるほどの現在のフランス代表の存在感である。日本が大敗をしようと何ら不思議は無い。かつても日本代表がヨーロッパで試合をしたことはあり、最近でもウエンブリーでのイングランド・スウエーデンと対戦し善戦したことは記憶に新しいが、今度はまさにもっとも脂ののった世界王者との対戦である。Wカップ予選真っ最中のヨーロッパ戦線にデビューをする異邦人には最高すぎる相手であった。
とは言えこの日の0−5というのは日本サッカー史にあらゆる意味でターニングポイントになるべき試合で、私もいささかショック。ただしショックというのはあまりのフランスの凄さにショックなのも多分にある。サイボ−グのような選手が11人並びしかもそのチーム力は想像以上に高い。これがポルトガルレベルのチームにたいしての大敗だったら更にショックは大きかっただろが、こんなレベル相手では致し方ないとあきらめに似たショックの受け方だった。
そして、いろな悪条件が重なっていることはアウエイだから致し方無いところ、むしろそれを経験した上での0-5だからと納得するしか無い。もしホームでこのような結果だったらそれは更にショックだろうが、2002年のWカップにのみ於いて考えるなら日本が勝ちうるだけの条件を整備面等で施せるのだから、そういう意味ではあまり悲観的になることも無いのかも知れない。しかしあのフランスでは例えホームとは言え対抗できたかどうかと言われれば私も自信が無い。
日本の分析に於いて検証しなければならないとこは、なぜトルシエはこの試合直前になりトリプルボランチにワントップというシステムに変更したのか?この方法でなければ列強との戦いとは難しいと彼は考えているのか?そしてそれをなぜ選手は例え短期間の練習とは言え消化出来なかったのか。今後1年で消化出来るのか?これらの点では多くの検証が必要だろう。
フランス代表に一番強く感じたところはチームとしてのボール回しのうまさ。受け手が湧き出るようにキープした人間の周りに幾通りも顔を出し、そのままゴール前まで持って行けてしまうスキルの高さには感嘆に値する。(しかも超ハイスピード!)これほどの組織としての機能美と個人技をミックスしたチームというのはそう滅多にはお目にかかれない。ドイツを一蹴するはずである。アレでは体の大きな対戦相手はドイツのようにファウルすれすれでゴール前で止めるしか手が無く、そうでないチームはもうどうすることも出来ないであろう。あのフランスを止めるにはイタリアクラスでもどうであろうか?現在唯一対抗出来るのは非常にスキルの高いアルゼンチンぐらいではないだろうか?
そして我が代表はフランス代表と比べても圧倒的に若いチーム。そんな若いチームが世界チャンピオンに相手のホームでしかも悪条件で負けたとしてもそれはそれで学ぶことは多いはずだ。我が代表はようやくヨーロッパの地へたどり着いたに過ぎない。そのような状況で世界最高レベルとの開きが確認出来たのが大きな収穫としたい。それにしても日曜朝から少し凹んだ気分というのはイヤなものだ。
2001年3月21日
前回の日記で「このサイトを継続する気力も起きてくる。」などと書いてみたらその途端インフルエンザを患ってしまい、このHPの更新はおろか仕事にも行けず、既に5日間近く自宅軟禁状態を余儀なくされている。日頃、冬の風邪=インフルエンザだとばかり思っていた僕は初めて医者にその似ていて異なる病状を指摘されてその違いと猛威に気づく。とにかくいつまで経っても全く治る気配を見せない。熱は39度を幾夜に渡って彷徨い続け、喉は何も通らない程腫れ上がり、無論パソコンなどさわる気さえ起こらない。何たってサッカーさえ見る気が起きなかったのだから。
さてこの原因は何かと考えてみると、寒風の中、満員のハズ(入場者数3万930人、アレ?)の東京スタジアムにて、前半だけ見れば鹿島の圧勝で終わったいた試合を、時に味方にすばらしいパスを配給し、自らキレキレのドリブルやシュートで敵DFを混乱させ、ゴール前のピンチ時にはトップのハズの彼がわざわざ自陣まで出向き、作戦か激励か何事かを味方DF陣に授け勇気を与え、そしてついにはその活躍により試合を延長にまで持ち込みひっくり返してしまうというという、お前はラモスか!状態の武田修宏(東京ヴェルディ1969 年収650万円 それでもオレより高いじゃないか!)の出現によるところが大きい。すんなり鹿島が勝っていりゃ、私のトトも3等ぐらいまでにはこぎ着け、試合もさっさと終わりインフルエンザなんぞにもかからずに済んだところを武田君の活躍が全てぶち壊してくれた。(プラス肝心な所で決められない柳沢も、だ。)
と言うわけで、この日の夜、武田の活躍を恨めしく思ったのは何も鹿島サポと出場ポジションを一つ失った控えのヴェルディFW陣だけでは無い。
2001年3月16日
いつぞやも書いたとは思うのだが、元々このサイトは当時私自身が血眼になって情報を集めていたフランスWカップの日本戦観戦ツアーの情報を、どうせなら勉強ついでにウエッブに公開しようと始めたものである。現在の本の発刊情報もあるにはあったが、どちらかというと「ついで」であった。
そんな理由から始めたこのサイトもこの3月で4年目に突入した。丸3年もたつといろいろなものがすっかり変わったりするもので、例えばこの日記ももっと単文で現在の掲示板への書き込みのような文章だったが、年々その更新スパンの感覚は空き、比例して更新時の文量は増えテイストも大きく変わってきた。またそのようなサイトの内容だけでなく、このwebページを始めた事がきっかけとなり、結果的に私の仕事自体も大きく変わり、現在では当時からは想像も出来ないような業務をこなしている。そんなことを考えると、やはり丸3年というものはそれなりの年月なんだな、と感じ入る。
なぜこんな事を思いついたかのように書くのかと言えば、第1号からその編集姿勢を当サイトでも強く支持していた「サッカー批評」が4年目を迎え、今度はsports-naviのサイト上でweb版を展開するという記事を読んだからだ。「あの批評もwebか」とちょっと不思議な気持ちになると同時に”良くこの3年間出し続けたな”と思い感慨深く感じた。
推測するに発売当初(もしかしたら今も?)相当苦しい収益構造の中を、一般には受けが良くないであろう(=売れにくい)まったくビジュアル性の無い小難しいフットボール話(ばなし)でその全編を埋め尽くしている雑誌を3年以上も出し続けるのは並では無い。
僕らのようなジャンキーな人間は大喜びで大いに支持し、発売を心待ちにするが、そんな輩はこの世の中ではきっと少数派のハズで、販売部数的には苦しいハズ。このような状況下の中出し続けるのはよほど出版元及び編集サイドが脳天気なのか、志(こころざし)が高いのかどちらかである。その意味で商業出版物として同誌を出し続ける双葉社には感謝状の1通でも送りたい気持ちではあるし、編集部の方々にはその労を讃えたい。今後も大いに期待しているし、このサイトもがんばろうなどと見当違いの意気込みなどを感じてしまうのである。
そんな「From Backstand」だが、特別ひいき目に本を紹介している訳でも無いにも関わらずあのサッカーマガジンが現在(3/15現在デス)発売の本誌「読者情報コーナー」でこのサイトを紹介をしてくれた。まさか4年目へのご祝儀と言うわけでもないだろうが、それはやはり掲載はうれしいことで、ついつい自慢もしたくなる。日頃紙媒体なんて・・・、などと悪態をつきながら、メジャー誌に紹介されるとやはりうれしいなどと感じてしまう私はやはりミーハーだ。あまり信用しない方が良い。とにかくなんだかうれしかった。このサイトを継続する気力も起きてくる。 ちなみに付け足しでは無いが、皆さんからのメールや書き込みなども励みになる。感謝しています。
そんな訳で4年目もよろしくなのである。
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2001年3月11日
国立へ向かう電車の中での暇つぶしにと久々にスポーツ新聞を買う。1面はサッカーだったことは喜ばしいが、見出しの”toto開幕、いきなり1億円だ”に思わずこける。こうしかJリーグ開幕を載せられないスポーツ紙のレベルに改めて驚くが、まあ想定読者の中心をなすであろうおっちゃんたちに少しでもサッカーに関心もってもらうためにはこれも仕方ないかとも思う。きっとスポーツ紙のでデスクもそういう気持ちでこのコピーにしたはずさ、と妙に今回はスポーツ紙にやさしい私である。
そして千駄ヶ谷へ。ダフ屋のだみ声をかき分けてスタディアムへ向かう。既に半券には自分の名前・住所などは記入済み。入場ゲートにてもぎり係の人にもぎってもらう。しかし係りの人も裏面はさすがに確認するが、もぎった後、ビニール袋に入れるのは昨年までと同じ。ホントにちゃんと僕の大切な半券は抽選に回るんだろうか?と心配しながらスタディアム内へ。鹿島対広島の両チームにとっては開幕戦は寒い風の中行われた。
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買ったスポーツ紙の見出し。そりゃこうつけちゃうのも分かるけど。 |
この日の入場者17000人あまりのうち16000人は鹿島サポであろうと推測出来るほど好対照なスタンドの入り。いくらホームが遠隔地とは言え広島側はがーらがらで寂しい限り。得意のしゃむじハンドクラップも無く、「おーシャンゼリゼー」をもじったコールも寒空には映えない。東京ベルディ対広島という戦いだけは東京スタジアムや国立で見るのはよそう。心が寂しくなるのは確実だ。
さて試合だが、私自身は既にtotoは3ゲームもハズしているので、この試合では勝利を鹿島とした事さえどうでも良くなり、反対に判官贔屓で広島に肩入れしながら見ていた。特に大きく変わったといわれるその攻撃的な姿勢に大いに期待をして観戦したのだ。
結論から言えば確かに4−3−3という攻撃態勢は面白かった。特に藤本を中心とした3
トップの動きはすばらしく、前半だけ見れば鹿島に対して押しており、今年ブレイクを予感させる。しかし最終的には鹿島の強さを思い知らされた。やはりまだ広島は鹿島の敵では無い。最後は案外あっさり広島が鹿島に絡め取られたというのが印象だ。さすが試合前「三冠王君臨」やら「勝利主義」と試合前にオーロラビジョンに映し出すタカビーなチームだ。苦戦してもそれを試合中に修正して勝ってしまう。強い。
今年の開幕戦は全体的に昨年より観客も多かったようで同慶の至り。totoやらW杯チケットやらの話題ばかりで本筋のJリーグから曲がった取り上げ方が多い気もするが、何にしろ話に取り上げられるのは良いことなのでそれも良しとしよう。とにかくいつもより世間的には話題を振りまいてJの開幕戦は全て終わったのである。
そして私の今節のトト最終成績は10勝3敗とまことに惜しい限り。しかもトリプル1種類のみであとはシングルというケチな買い方なのでかなりの高率。toto、意外と当たりやすいかも知れない。(と、惜しいだけで天狗になる。)早速次節のくじを観戦からの帰宅がてら予想し、善は急げとばかりに購入したのは言うまでも無い。あれ、オレってギャンブルもの弱いハズでは・・。
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2001年3月10日
2001Jの開幕。何年たってもシーズンの開幕は気が高ぶる。全てがリセットされそしてサポートチームの勝利を何より期待する日である。さてどこへ行くかと思案し、個人的にかなり東京ダービーには惹かれたのだが、この日は平塚競技場へ行って来た。やはり何よりもまずは湘南である。
この日の相手はJFLから上がったばかりの横浜FC。最近ではゴタゴタが話題になっているが、アウエイのサポーター席は満員で、そんなことは感じさせない雰囲気があった。翻ってホーム湘南もバックスタンドは立ち見も出るほどで、久々に会う常連さん達(とは言っても名前も知らなきゃ、話したことも無い)も無言のうちにまたここへ還れたことを互いに確認しているようで、いかにも”開幕”という雰囲気でここち良かった。
さて試合だが、我が湘南は去年とは大幅にメンツを入れ替えて望み、特に注目はコロンビアトリオと呼ばれるパラシオ・アングロ・ガビリアの3人である。この日はDFにパラシオが先発で入りFWアングロはベンチスタート、あれガビリアは?まだ来日していないのか??
この中ではこの日凄かったのはDFの真ん中に張るパラシオである。コロンビア代表の肩書きは伊達では無い。競り合いに強く、カバーリングも抜群、1対1でも相手FWのフェイントを軽くあしらうようにブロックしてしまう。ほとんどのDF面では横浜FC対パラシオと言った格好である。しかもこの選手、気迫の固まりのような性格のようらしく、味方に対してのキャプテンシーのすばらしい。なぜ日本に、しかもJ2のチームなんぞに来たの?と逆に勘ぐってしまうほどのこの日の出来だった。そのため横浜攻撃陣はほとんど何もする事が出来なかったと言えるぐらいだ。あの調子がどのチームにも通用するなら本物である。まさにフロントはすばらしい補強をしたと言える。昨年前園を補強して失敗したことを軽くチャラに出来るどころかお釣りが来てしまうぐらいの勢いだ。
また和波が抜けた穴は見事に昨年怪我に泣いた坂本がカバーしてくれた。いやこちらもお釣りが来るぐらいの動き。和波が時より見せた頼りなさは彼には感じられない。この日も決定的な1得点をゴールに押し込み、サポとしては感謝感激。切り込み、センタリング、守備でのカバーリング、どれも十分戦力になる働きだった。
湘南全体いえることは昨年より落ち着きが出てきたことだ。昨年は何か選手全員が頼りなげなひ弱な青年、と言った感じだったが、今年はチームが少しは大人になった気がした。一本芯が通った感じというのか。やはりパラシオというすばらしきDFの加入により安定がセンターラインで見られるのだろう。でも相変わらずチーム全体で球際の弱さは目立つし、攻撃陣は物足りない。その点は不満だがしかしそれでも勝利は勝利だ。僕らは1−0でJ2リーグ開幕戦を横浜FCに勝ったのだ。かくしてシーズンは始まったのである。
ちょこっとだけ横浜FCのことを書くと、この日シュートはほとんど打てず。湘南側から見てひやっとしたのは前半1本、後半1本、とやはりJFL時代とは違いかなり苦しい展開だった。パスをつなぐ意志は見られるし実際つながるのだが、爪が甘いというか、集中力が足りないというのか、肝心なところでミスを連発。後半は押されっぱなしで、予想されたとは言え、現有戦力では今のところJ2のレベルでは苦しい。さて永井監督はどう立て直すのか?
補足としてはこの日、湘南はなんとホーム側スタンドに来場した全員にメガフォンを配っていた。太っ腹!いつからそんな金持ちになったんだ?
2001年2月04日
JリーグのO1'シーズンが日程が発表された。早速、自分なりの観戦予定を組んでみたのだが、J2のクラブを応援する身としてはかなり苦しい日程である。
今季からJ1・J2とも土曜開催が基本のため、サポートするクラブの試合を中心に観戦予定を組むとJ1の試合はほとんど見られなくなる。しかしこの国のトップリーグを見ないというのもそれはそれでサッカーファンとしてはフラストレーションが溜まるので、今度はJ1観戦を中心に組んでみるとこれでは全く2部の試合は見ることが出来ない。自分のスタンスをどこに置くかを決めれば良いのだが、サポートクラブの試合と好カードは見逃したくないという欲張りな人間としては相当に葛藤を要する日程である。まあ、首都圏に住む人間の贅沢と言われればそうなのだが・・。
それにしてもこの日程発表前後にはあまり良い話をニュースとしては聞かなかった。
2002年W杯での日韓の呼称順番の問題、宮本の移籍問題、両話題とも何か「いやな気分」にさせられれた話である。
呼称問題に関しては日本でのポスター発表時からいずれ問題になるだろうとは思っていた。(当時発表された公式ポスターには”FIFA WORLD CUP 2002 日本・韓国”の文字があった。)個人的にはポスター等公式ものは”コリアジャパン”(あくまで英語)で通す方が良いと考えるが、国内での一般の呼び方、もしくは記事中の文章など一般的に使う場合は”日韓ワールドカップ”で良いと思う。(もし一般人が同大会を呼ぶときの呼称まで統制するというならそれは言論統制だろうしそれはあってはならないことだ。)
不思議なのは韓国がまるで喧嘩を売るかのようなタイミングで物言いをつけて来たことだが、あまりこの隣国のやり方には感心しない。こういう事柄に対しては過去の問題などとは切り離し、恫喝的そして友好的とは言えないやり方に断固異議を唱えなるというのがスタンダードだ。そういう意味では今回のJAWOCの「あくまで呼称は日韓、しかしFIFAの裁定には従う」というスタンスは支持したい。ちなみにこのサイトでは日韓ワールドカップと呼んでいく。(まあ、他の呼び方もするとは思いますが。)
宮本の移籍問題はある意味滑稽である。本当にウエストハムが彼を所望したのか、また、所望したとしても戦力としてなのか、全ては疑問だらけである。また宮本もそんな無茶な条件でもガンバ(日本?)を出たがった理由は本当に向上心だけだったのか?これも疑問である。彼ぐらいクレバー(に見える)なら、この移籍はどう考えてもおかしいと思うのが普通だと思うのだが。(我々の知らない事実が例えあったとしても、だ。)
今回の移籍問題に於いて、いや最近の若手選手の海外志向そしてサッカーファンの一部には、価値もわからず海外のブランドを買いあさる女子高生、または留学すれば全て変わると考えるお気楽な若者等の心中と合い通ずるものを感じるは筆者だけだろうか。若いうちは確かに広い世界に出ることは必要だ。冒険も必要だ。それが経験になり視野も広がるだろう。しかし、最近の一連のサッカー欧州志向には何か引っかかる。我々日本人特有のブランド志向の匂いを感じるのである。
宮本がブランドに憧れていたなどとは思いたくも無いし、そんな選手では無いと信じている。しかしこの移籍話はニュースで知りうる限りに於いても最初から胡散くさい移籍話だと私でも感じたし、報道されている事柄が事実ならそれをまともに信じてしまうほうがどうかしているとも思う。それをどうかしてしまうほどの報道されない真実がこの移籍話にはあったのか、もしくは憧れにより目が曇ってしまっていたとしか思えないのである。もし後者なら宮本の今季は絶望だろう。
2001年1月21日
久々にあまり中身を吟味せず、店先で目にしたインスピレーションのみだけで本を買った。「SYDNEY!」村上春樹著(文芸春秋)である。
別に私は著者のファンでは無い。かつて同氏の著作物はかの”ノルウエイ森”ぐらいしか読んだことが無いのだが、正直あまり面白みを感じなかった。(たぶん僕には合わないのでしょう。)
では、その購入動機とは?というと、村上氏のようなジュンブンガク系な人がオリンピックを書く、しかもノンフィクションという意外な企画性も良かったのだが、(ちょっと違うけど、村上センセイとはどう違うのかナ、とか) 表紙を含めた本の質感に惹かれた、というのが購入を決めた最大のポイントだ。
白い雲と青い空のコントラストをベースに下の方にオペラハウスがちょこっと写った表紙に浮き出しの白文字でカワイク題名が添えてある。そして決して上質紙では無いが紙質が絶妙。(あくまで個人的な実感です。)手に取り値段を確認(1600円)した瞬間、レジに並んだ。
デジタルに押されてか、出版界は今や右肩下がりの産業だ。個人的には今後も上り調子になることは無いだろうと考えている。単に文章を読むのならこのようなインターネットの世界に情報は溢れ、そこは圧倒的に即時性があり、しかもコスト的に安い。反対にパッケージもの(本やCD)は値段も高く、忙しい現代においては分量的にも多すぎる場合が多いし(一部だけ読みたい場合もありますよね)、そしてこれらは狭い家にはかさばるものだ。
ただ、やはり”持つ喜び”というものが人間にある限り、書物などの持つ価値観は減らないだろうとも思う。所有欲というのはなかなか魔力的に人間を魅了するものなのだ。
残念なのは、この”所有する喜び”をくすぐる工夫をすればもっと欲しくなるのになあと思わせる書籍が意外と多いことだ。内容は良いのにセンスのない表紙廻り(含む紙質、これ重要)、そして題名のネーミングの酷さ。サッカー本でも良く目にする。こんな本、立ち読みでOKである。(読みどころさえ押さえれば短時間で読破出来る場合が多い。)
無論、最終的には中身勝負が本の本質だと思うが、こんなにライバルが多い時代、心のどこかをくすぐる工夫が今後は出版物にも必要だろう。少なくとも立ち読みのお客さんを、あと一歩レジまで並ばせるのには中身以外の買う行為(=所有する喜び)を満たす工夫が必要だ。その工夫なくして、文化たる出版とは言えないとも思うのだが。
ところで、その買った「SYDNEY!」だが、まだ読んでいない。ちょっと時間がとれない昨今の筆者である。まさに所有するだけ、にならないよう時間を見つけて読破しようと思うが果たして・・。
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2001年1月14日
オフシーズンの1月、あちこちでJリーガーを迎えての様々なイベントが催されるが、そんなイベントの一つ、町田サッカーフェスティバルに行って来た。
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町田は東京都と神奈川県の境にある、いわゆるベットタウンだが、昔から少年サッカーは盛んで、現在でも北澤を初めとして10数名の現役Jリーガーを輩出している隠れた東京のサッカーどころである。この日も多くのJリーガー(福永、山口、戸田、山田、林等)が里帰りをして、そんな彼らを中心とした町田allstars対横浜FCというなかなか興味ある対戦がこのフェスティバルのメーンイベントとして行われたのである。
試合は、本来ならチームとしてまとまる横浜FCの圧勝かと思わせたが、終わって見れば町田ALLSTARSが3ー2で勝ってしまった。どちらもシーズンオフなため双方言い訳は出来ない条件なので、横浜FCの連携の悪さは数多く詰めかけた横浜サポーターを不安にさせるには十分なのではないだろうか。
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試合後、観戦に来た子供たちに握手をするJリーガー達。こういうことがとても大事なのだ。 |
町田はさすがは現役バリバリのJリーガー、急増チームとは言え、個人個人の戦い及び動き出しの違いで横浜を圧倒しており、福永なんぞはいつの間にこんなにうまくなったんだ?と見まがうばかり。動き出し、スピードとも相手DFを圧倒していた(特に後半)。山田卓也もリベロのように動き回っていて、思わず「うめーっ!」と叫んでしまった。スタンドに多く来ていた将来のJリーガー君達には良いお手本になったのではないだろうか。
試合後、横浜FCの来たる2001シーズンの体制が発表された。監督はあの永井良和 氏。「最近は息子の方が有名で・・」などと観客を沸かす。また新入団選手も4名紹介され(まだ増える予定だそうです。)、併せてチームスポンサーも発表された。まだ完全に決まっていないこの時期に中間発表のような形でサポーターに発表するのは勇気がいる行為だと思われるが、他のクラブサポから見るとその分、サポーターことを常に大事にしているな、と好感が持てる。この日も多くのソシオが来ていたようで、紹介の度に拍手とかけ声が送られ、最近の同クラブのごたごたも忘れてしまうくらい、”サポーターのクラブ”という感じがし、ある意味うらやましかった。
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2001年1月2日
新年の幕開けは天皇杯決勝と相場が決まっている私にとって、この日の5万3千人を超える観客は驚きだった。何と先日の日韓戦に迫る入場者数、今季のJのリーグ戦のどの試合より多くの観客を集めたのだから。
しかし、より驚いたのは何とこの発表と裏腹に指定席には少なからず空席があったところ。ご存じの通り国立は6万人入ると言われるが、実際は5万人でほぼ満員である。そこに、空席があるにも関わらず5万3千人とはどういうことか?言わずもがな、自由席の売り過ぎである。
試合前から自由席は大変な混乱ぶりだった。とにかく1時間前に入ってもすでに席は空いていないのだ。30分前にゴール裏のトップも立ち見でぎっしり、更に通路まで人があふれる始末。そんな状態にも関わらず整理員は次から次からゲートから入る観客上に行ってくれの一点ばりの誘導のみ。すでに最上段の立ち見席にも隙間など無いのにも関わらず、だ。
そんな状態だから自由席は試合前に関わらず見える見えないの口論が始まり、あちこちで整理員と衝突が起きる。試合前の岡野会長の挨拶や八代亜紀の国家斉唱など楽しむ余裕も無い。
私は45分前に中に入ったが、既に席は無く仕方なくトップで立ち見。しかし前記の通り次々人が登ってくるため、立っていてもピッチは見えない。やがて押し問答の末、指定の最上部が立ち見用として解放され、事なきを得たが、一触即発の状態(しかも通路もぎゅうぎゅう詰めで安全とはとても言えない状態)を把握出来ない警備責任者(現場のバイト君は大変だったでしょう。)の対応の遅さに2002年への不安を大きく感じた。また自由席の配分は一体どうなっているのか?本当に規定の枚数というのが自由席にあるのかはなはだ疑問に思うこの日のゴール裏だった。
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そんな状態で最上段から立ち見で見た決勝だったが(考えて見ればJの試合で立ち見で見たのはいつ以来だろう。)、試合に集中したくともあまりの強風に、寒さに耐えるのに精一杯になってしまう。この日はゴールキーパーにとっては苦難な試合だったろう。全てのセンタリングは予想つかない変化を見せるのだ。(上から見ていると押し戻されていたりするのが良くわかる。)また観客にとってはこの風は、試合がつまらなければ早々に退散したいと考える程の風の冷たさを伴っていた。普段は暖かい太陽も全く効果が無い程だった。
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これがこの日の観戦体制。フードが無いと顔が痛い! |
ただそうはさせなかったことがこの日の試合のおもしろさを物語るエピソードだろう。試合はミスも多く消してレベルが高いとは言えなかったが、それぞれ特徴は良く発揮されており、大変白熱したおもしろい試合だった。(シーズン終盤、しかも怪我人続出では多少のミスは仕方が無いと思う。)寒風の中、試合を見続けるというのはいかに大変かおわかりの方にはこのあたりはご理解頂けれると思う。
試合に関しての感想は他のサイトに譲るが(ほぼ同じ感想デス)、確かに判定には首を傾げたくなるものが多く感じたことと(終了後の清水サポの主審に対するブーイングは凄まじかった)鹿島の根本が新たな発見だったことは記しておきたい。
今年もいろいろな試合を見続けようと思うが、どうかスバラシイ試合に多く出会えるように祈りたい。今年も皆さん、よろしくデス。
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