
万博と言えばこれでしょう。 競技場のすぐそばにそびえ立っています。
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2001年7月21日
僕はこれを帰りの新幹線で書いている。(ホントは行きの新幹線でも少し書いたのだけど)
いい加減な男も年を重ねるにつれ親族も増え、それゆえ(なにゆえ?)僕は大阪にて偶然にも稲本”とりあえず”お別れ試合を見ることとなった。7月21日万博競技場でのガンバ大阪対鹿島アントラーズ(柳沢・鈴木抜き)である。
それにしても競技場の近くに住むというのは僕のようなサッカージャンキーにとっては魅力的。そんな魅惑な立地条件に親戚を持つというのもとてもラッキーなのだけど、いかんせん大阪だしね。なかなか行くことはできないものなのです。
この日の万博、尋常の混み方では無かった。僕はホント”偶然”なラスト試合観戦なのだけど、イナギャル(いるんだね、これが)にとっては感無量のラストコンサート(?)の模様。よって大挙来襲。頼むから2ndもこの調子でガンバをよろしく頼むよ。
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始めての万博はいかにもの作り。以前からある「観客のこと何も考えていません」というような競技場を無理矢理Jリーグ規格にあわせたというしろもの。こじんまりとしたスタジアムだけど観客席は意外と角度があります。でも、ゴール裏は別で角度も無いししかも芝生席。もう少し何とかしようよ、吹田市!
噂通りガンバサポは2つに割れていて、応援もバラバラで今ひとつの感。そして、僕は関西でサッカーを見るのは初めてだったのだが、意外と一般観客席が静かなのは驚いた。普段見るよりいい席(バック中央)で見たせいなのかな、みなさん、なんか”サッカー観戦”ってな感じなのですよ。もっとヤジやら歓声がすたじあむ全体から上がっても良さそうなものだけど。やっぱ関西、サッカーが今ひとつ浸透していないのかな。この辺は関東の方が遙かにサッカースタジアムらしい雰囲気は味わえます。たぶん。
この日の万博はそんな静かな、そして稲本目当て?のお客さんで21000人を越える超満員状態。こんな大勢のお客さんなのだからその詰めかけたお客さんにもっと良い雰囲気を醸し出して欲しかった。ガンバはこの日もそうだったけど、その期待にこたえるだけのプレーはしているはず。もっと関西のお客さんにがんばって欲しい。
試合そのものは一方的なガンバペースに終始して、部外者から見た場合あまり面白い試合では無かったかな。その中ではやはりガンバの若手は目立ちました。特に新井場、良いです。人当たりにも負けない体、そしてサイドでの突破力及びスペースを見つける力は非凡なものを持っている。稲本去りし後は彼と二川のユースコンビで十分ガンバのMFは成り立つ。これに遠藤、ビタウもいるので2ndはかなり期待できるのでは無いかな。(それにしてもアントラーズは・・・・・。)
一緒に見た我が親戚筋(万博ご近所なのに初観戦!)もガンバの快勝になにげに満足の様子でした。こういう試合を続けてくれればガンバファンも増えると思うよ。
稲本の”とりあえず”ラストのセレモニーは僕のようなへその曲がった人間(たまにね)にとってはなんだかなあ、の世界(いきなり曲がマライア・キャリーのHERO!結婚式のようでした)。でもオーロラビジョンで各選手から稲本へのメッセージはさすが大阪、笑えた。しかし金あるよねガンバ大阪。そんな金ありゃ選手の補強に使って下さいと思わないのかな。でもイナ、ガンバって下さい。君はすごいのだからアーセナルでも経験を積めば(&水があえば=これ重要)大丈夫。でも君が一番望んでいたのは、もっとガンバを盛り上げてくれってことなんだろう。そういう風にあの”ラストメッセージ”は部外者のおじさんには聞こえたのだけど。 (今回は少し文体を変えてみました。)
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2001年7月15日
この土曜日の午後9時半頃の新横浜駅はマリノスサポ、清水サポ、横浜FCサポ、そして湘南サポが出会うという凄まじい光景が見受けられた。今節行われた横浜国際でのJ1と、三ッ沢でのJ2のカードがたまたまあたり、その帰りがほぼ同時ということからこういう状況になったのだが、互いに、「今宵、君のチームはどうだったんだい?」という無言・有言のエールを感じ、日本のサッカーシーンの意外な力強さを感じた。ちなみに湘南サポの一部には私も含まれていたのは当たり前の話である。
この夜、我が湘南は横浜FCに完敗を喫し、いよいよ前途の雲行きは怪しくなってきた。オフィシャルの湘南ホームページBBSもいつになく荒れている模様。まだ半分以上もリーグ戦は残っているのだが昨年のこともありサポーターは異常な程危機感を募らせている。また来年もJ2なのか・・・、そしてその後にはクラブの危機・・・。そのような悲しいぐらいの焦燥感がそうさせるのである。ここには代表もW杯もない。あるのは我がクラブの今後のみである。そしてこんな時に中心選手がどこかに移られたら・・、考えただけで恐ろしい。
そんな我々から見るとJ1のチームは何とも呑気である。
浦和レッズ、昨年J2であれほどつらい目に遭いながら、大黒柱の小野の移籍を大喜びしているのは何か違和感がある。代替のMF補強は大丈夫なのであろうか。彼らのチームはまだまだ降格圏を脱したなどとはとても言えない位置にいる。同じことはガンバやセレッソにも言えるのだが・・・。(ガンバは稲本移籍を見越し遠藤をシーズン当初に補強した点は評価する。また一サッカーファンとして小野の移籍は歓迎する。セレッソはどうするんだ?)
J2のチームは(決して良いことでは無いのだが)、現在の状況上1勝ごとにクラブの存続がかかる(に等しい)。そんな状況でチームのエースがいくら能力が高かろうと、海外(のみならず)移籍なぞしようものならその時点でジ・エンドである。あとはサポーターに取っては長くつらいだけのリーグ戦が待っている。
何か、チームより代表、国内より海外、と言う風潮が、浮き足立っている雰囲気で語られるのが危うい。移籍させるのならそれに見合う移籍金、そしてその移籍金での新たな補強を求めるのが普通である。それをも検証せず、海外移籍は全て賛成!というのは単なる憧れ以上のモノでは無い。いわゆるブランド主義である。
僕とて、海外での経験や活躍は出来るならして欲しい。代表レベルの強化のみならそれも良い。でも僕らの基本はJなのだ。そこが無くして全てはあり得ない。降格争いを抜け出していないクラブが中心選手の移籍をセレモニーで大々的に喜ぶなどという風潮が僕には同じサポとして理解できないし、その後釜を見つけられないフロントを批判しないマスコミ、その進出を単純に喜ぶいわゆる一般的なサッカーファンを僕は信用は出来ない。
無論、移籍は本人の意思が最も重要であるということは分かった上で書いている。ただ、もしレッズなりガンバやセレッソなどが来年J2に落ちたらそのサポーターはこの時の状況を後悔はしないのだろうか?次年度J1に上がれるなどと言う保証はどこにも無いのだ。
それとも、J2のはじっこで我がチームの今後を憂う僕は心が狭い偏狭なサポーターなのだろうか?
 横国内での七夕飾り。「磐田優勝阻止」の願いも空しく。 |
2001年7月8日
藤田から右サイドを走る川口にパスが通った瞬間思わず「うまいっ!」と声が出、そしてその瞬間にジュビロの優勝が決まることが分かった。この日の横浜国際競技場で2001年J1リーグファーストステージの覇者がジュビロ磐田に決まった。
この日はある程度混むことを予想し、1時間半前には競技場に着くように家を出たのだが、小机駅につくと「おいおい代表戦か?」と見まがうばかりの人出。道途中でいつもの”でこぼこおじさんコンビの出店”でポテト(冷えていてあまりおいしくない)と飲み物(こちらは余り冷えていない)を購入し、競技場に急ぐ。
2階席前方といういつものベストポジションに陣取りスタジアムを一望。やはり今日はジュビロサポの方が出足は良く、この時点で、あの広い横国の1階ゴール裏はほぼ埋まっていた。方や横浜側はかろうじてホームの面子を保っている程度の出足。チームの勢いがそのまま出た試合前の光景だった。
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試合開始1時間前ぐらいから涼しい風が吹き初め、思ったよりは蒸し暑くは感じなくなった。その代わりに怪しい雲の動きが上空で展開され、横浜国際の屋根をあまり信用していない観客にとってはそちらの方が気にかかりだす。(結局良い天気のままでした。)そんなことに気を取られているうちに1階はかなりの観客で埋め尽くされ、2階もマリノスゴール裏(!)とコーナー直線上の4つ角の席を除き程良い観客が席につくという”いい感じ”のスタジアムになっていた。こうなると横浜国際競技場のスケール感が醸し出す雰囲気は格別である。
この日のジュビロサポはちょっと格好良かった。入場時の応援風景はプチラッティアーレ状態でサックスブルーの旗が数多くなびく。声も試合前は男性中心の低くドスの利いた歌声で、初めてジュビロの応援もなかなか、と感じた。しかし試合が進むにつれ、いつもの女性の声が目立つ”ジュビロの応援”になり、いつものジュビロサポ応援風景に戻る。(それでもなかなかの迫力でしたが)
しかし何であんなにジュビロは女性サポが多いのだろう。
良く考えるとこのカードは女性サポが多いことでも有名な2チームの対戦でもある。従って応援風景もやはり迫力に欠ける。(どうしても女性の声援が目立つとアイドルのコンサートのようになってしまうし。)ちなみにこの両チームのコールの中で僕が一番生理的に合わないのは、横浜の、”じょーしょーじ!”コールに続いて合いの手に入るような女性の声での”ゴォールゲットッ!”というやつ。ついアイドルグループの歌の合間に入る懐かしい「エル・オー・ブイ・イー、ラブリー●●!」を僕は連想してしまって何故だか恥ずかしくなる。(思いません?)
話が脱線してしまったが、まあそれなりの客の入った(41000人)この試合は、やはりジュビロの強さばかりが目立っていた。特に名波は休み明けとは思えない動きで試合を支配する。パス、フェイント、どれをとっても唸ってしまうモノばかり。そしてその名波が限界のため退場すると、今度はその陰に隠れていた藤田が中心として輝き出す。冒頭のパスを初め、鳥肌級の好プレーの連続。藤田というプレーヤーは他に輝く惑星があると月のように的確にダークサイドを照らし、そして太陽が輝きを失うと自ら輝きを増すという誠に玄人好みの選手。なぜ代表でブレイク出来ないか不思議で仕方がない。
横浜は後半の中頃から終わりまではいつものような”へたれ状態”では無く、前へ前へという”意志”が強く伝わる戦いぶりだった。ただ、トップ二人を初めやはり磐田とは個人の面でも違いが際だつ。これまで横浜は個々のレベルは高いとされていたが、こうして磐田と試合を行ってみると、実際それは大きいという気がする。正直、あの後半終了間際の点が入ってももう一点は入る気がしなかった。城も田原もジュビロDF陣の前では全く怖さを感じさせないFWに見える。(田原は若いからともかく城は??) 試合終了後、得意のドリブルも封じ込められ、いつもの存在感を感じさせる事の出来なかった木島が、長い間ピッチにへたり込む姿が印象的であり横浜の現状を物語っていた。
それにしてもこのジュビロを世界選手権で見てみたかった。本当に残念だ。
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2001年7月5日
彼らは廣山が本当に見たかったのだろうか?もしかしたら只単に”マスコミで話題の選手”が見たかったのではないだろうか?そのぐらいスタンドからわき起こった”廣山コール”には違和感があった。
あれではトルシエのいうところの”メディアによって作られるスターシステム”に踊らされているサポーターが多いという証拠にしかならない。特に国際Aマッチでの自国選手がファールによって倒されている時に、他の選手を要求する観客からのコールを、この日好パフォーマンスを見せていたがためにそのファールを食らった波戸は一体どう感じていただろうか?
廣山に罪は無い。ただすばらしい選手かどうかは分からない。私も年間でかなりの試合数を見るが、市原の試合は昨年まで正直魅力を感じなかったため、余り見る機会も無く、廣山のパフォーマンスレベルがどの程度か判断出来ないからだ。(無論、それでも1〜2回は見ているが、あまり注目して見ていなかったため判断が付かない。逆にいえばその程度の印象しか持てない選手だった。)
市原にいた廣山を見たことのある方はあの会場にどのくらいいただろうか?それほどすばらしい選手だと認識していたのか?廣山がパラグアイに渡る時、九州では騒ぎになったか?そしてパラグアイでの彼のパフォーマンスを見た方はあの会場にどのくらいいたのか。
どうせコールをするのなら最近のJリーグですばらしい活躍を見せる鹿島の秋田コールが欲しかった。また、追加点の取れない状況だった後半こそ、同じ九州として福岡の”PRINCE YAMA”を期待するコールがあるのも分かる(実際あったかどうかはTVでは分からなかったが)。この二人は代表でも十分期待させるだけの活躍を現在もしている。平日に集まるほどのサポーターだ。まさかJの試合を見たこと無いなどと言う方が、ゴール裏でサポーターと称している訳が無い。
サッカーの本質と関係のない話題作りにいそしむメディアの影響をもろに受ける、そんな観客が大勢詰めかける国のサッカーなどは、未だサッカー未開発国そのものなのだろう。
少し偉そうな事を言わさせていただければ、自分の目で確かめず、自分の意見を持たず、ワイドショーのような新聞や雑誌 そしてTVからの情報を鵜呑みにするこれらの方は、サッカー文化のみならず自分の文化を今一度見つめ直して欲しい。そしてスターではなくサッカーを愛して欲しい。 本当にあのコールにはがっかりした。
2001年7月1日
非常にぬるい感じのキリンカップ第1戦を見ても、W杯チケット争奪戦敗退やらベルマーレ湘南の最近の試合内容の悪さ(いらないボールこねくりの後にあれだけシュート外せば負けてもおかしくないよ。)等で、暗くなる一方の私生活は変わる訳も無かった。柳沢のすばらしい活躍もどこか他人事である。本当は最近いろいろなサイトで巻き起こっている「馳先生や金子氏どうなの?」という論争に一言書こうかと思っていたのだが(一応本のサイトですし、ココ)、このところの暑さ(35度!)と前記の要因により、面倒になり後日回しにしたいと思う。まあ、僕がこの二人の書くモノと肌が合わないのは当サイトを訪れた方ならお分かりかと思うが。
それにしても札幌でのキリンカップをTVで見ていて、ドームでのサッカーというシチュエーション(昔、鹿島とパリサンジェルマンを東京ドームに見に行った時にもやはり同じように感じた)と、セルジオ越後氏の”優勝しろ!”解説(プラス、廣山みたい!の連呼も。)には共に違和感があったのだが諸兄は如何感想を持っただろうか?
2001年6月16日
先日6万5千人以上を飲み込んだのと同じスタジアムかと思うほど寂しい雰囲気の漂う横浜国際競技場に1万5千分の一として横浜対東京FCを見に行った。
しかし相変わらずのツマラナイサッカーを繰り広げる横浜の、しかも凡ミスを見せつけるDFとGK川口を見るにつけ、1万5千人という観客数は逆に多すぎるのでは無いだろうか?と思うように至った。勝ったから良いものの、東京もチームとして何かやりたい事があったのかは甚だ疑問で、こちらも江戸川競技場開催で十分であろうという出来だった。
今日当地を訪問した人間で、少しでもサッカーというものを堪能したかった方はまさに”金返せ”状態である。(東京サポは勝ったからそれはそれで十分堪能できただろうが。)全く待ちに待ったJの再開がこんな試合とは、横浜サポの方(いやもしかしたら東京サポも)はご愁傷サマである。一体今日あそこで繰り広げられたのは何だったのだ?プロのフットボールか?それとも蹴鞠大会か?
とにかく、こんなにスペクタクルが無く、かと言ってリアリズムも無い、只ただ無駄な時間を過ごすだけの試合を見たのは久々だった。どうにかしようよマリノス。
2001年6月11日
なぜ立たなければ応援出来ないのだ?
座ってじっくり見たいのならゴール裏に来るなって?なぜカテゴリー3を買ったんだって?・・俺達家庭持ちにはカテゴリー1で家族4人が試合を観戦出来る程のお金が無い。そんな余裕はどこにも無いのだ。お金が無いのだ。他に理由なんかあるか?トルシエに馬鹿な質問をするマスコミより低脳な質問だ。
なぜ他人を煽ってでもわざわざ盛り上げなければならないのだ?
静かだと、まるでサッカー場では無いようだ、と外国のプレスに言われるのが嫌だからか?そんなに馬鹿の一つ覚えのようにモンキーダンスをサッカー場で踊りたかったのか?
サポーター席という暗黙の了解の無いカテゴリー3で、イタリア辺りのゴール裏を気取って、立って他人を煽って更に他人の席を奪ったあなたの浅はかさがビエラのあのヘッドを生んだのだ。真似事のサッカー文化しか頭に入ってない輩の応援するチームは成熟したサッカー文化のチームには所詮かなうわけも無い。いや君らはヨーロッパに憧れて猛勉強した結果、きっとイタリア語に精通し、フランス語を流ちょうに操るあまり、”全席指定”という日本語が読めなくなり、ゴール裏でさえ家族4人で来た場合2万円もかかる事実が分からなくなったのかも知れない。
盲目的愛と無知とは怖いものだ。(6/12一部加筆訂正)
 新潟スタジアム”ビックスワン”の試合前。 トラックあっても見やすいスタジアムでした。 |
2001年6月9日
僕のコンフェデレーションカップは2ヶ月前の新潟での宿の予約から始まった。その後、その新潟のみ肝心の試合チケットが手に入らなかったり、ラッキーにもそのチケットはオークションでほぼ定価で入手出来たり、いざ行こうとする数日前に風邪をひいてしまいいけるかどうか自分でも不安になったり、カシマには電車で行って大失敗したり、実に様々な事があった。そのFIFAコンフェデレーションカップKOREA/JAPAN2001も明日で終わる。しかも思いもしなかった日本対フランスというリベンジマッチ。あのサンドニでの屈辱を我がホームで返せるという絶好の機会を得た。こんなすばらしいマッチメイキングは無い。
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このようなすばらしい決勝戦なのに悲しい事が一つある。中田が帰ってしまったことだ。僕は正直この結果にはがっかりした。この問題も含め中田がどんなにスーパーでもW杯にはいらないのでは無いかとさえ思う。この結論が例え以前からの決め事だったとしてもだ。
確かに彼に多額の給料を払っているのはローマだ。その大事な試合に帰って来いというのは当たり前だ。しかし、その選択権はFIFAのルールに乗っ取れば日本サッカー協会にあったハズで、その最終判断は中田の意志であり、サッカー協会の了承という事が優先される。
何があるかは分からないがローマの優勝はほぼ決まり。しかも彼は出られるかどうかも不明。いや出場機会は無い可能性の方が高い。方や、各国の取り組み方は疑問が残るとは言え、FIFA主宰の大会での初めて我が日本が優勝をかけた戦い。しかも名波・中村・高原といった主力を欠く戦力でフランスに挑まないといけない。ベンゲルのいう「決勝よりパーティを選んだ」と言われても仕方が無い。しかもそのパーティ主宰者は中田を心からもてなしてはいないというのだから悲しすぎる。
「日本サッカーの未来にとって大切な何かを得てくるつもり」という本人の言葉を信じたい。決して自分の市場価値だけを優先した結果の最終判断で無いことを祈る。しかし中田君、君の所属チームが平塚で、試合がアジアカップウイナーズカップの決勝だとしてもそちらを優先しただろうろうか?
誤解をして欲しくないのは僕はピッチでの中田は大好きだ。スーパースターだとも思う。生き方にも共感を覚える。ただそれ以外の面では日伊でのファンへの接し方などの違いから尊敬は出来ないのも僕の本心だ。ピッチですばらしい(そして湘南をサポートしてくれるスポンサーでもある)選手だけにはなはだ残念なのだ。
決勝に向けては小野の8日の発言が気にかかる。中田問題が選手や監督の心理に妙な影響を与えなければ良いがと願う。逆に小野がこれで更に一皮向ければまさに”中田後の日本代表”にめども立って一石二鳥であるのだが。
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明日はホームゴール裏で心から応援したい。全席指定の弊害であちこちで座れ、立て!などの諍いが絶えないらしいが、集まらなければ声を出せない奴や立たなければ応援出来ないなどと考えている輩は明日は来ないで欲しい。横浜国際はディスコやクラブではない。我が代表のシュート前には自然に腰が立ち、すばらしいプレーにはスタンディングオベーション、そして常にサポートを心がける声援を送るというのが明日のリベンジをなし得るサポーターとしての最良の戦略だ。
私が中田のスタンスで唯一リスぺクト出来るのは”個人”というものを確立しようとしているところである。彼のファンなら集団にならなくとも一人でも声を出し応援できるハズだ。数多い彼のファンはそれを実践して欲しい。
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 これぞサッカースタジアムという”カシマサッカースタジアム”。 |
2001年6月3日
先ほど新潟から帰ってきた。ちょっと風邪をひきへろへろだったのだが、強行出発して本当に良かったと思わせた対カメルーン戦の試合内容だった。おかげで声の出しすぎのため扁桃腺が更に腫れ、ろくに声が出ない。しかし、”病は気から”とはよく言ったもので、代表の快勝と共に体調も介抱に向かい、やはり私への一番の薬はサッカー観戦と勝利の2文字と勝手に自己肯定をすることにした。それほどすばらしい勝利と会場の雰囲気だった。
また、予想以上の見やすさ(客席の傾斜角は東京スタジアム以上!)のためピッチと客席の一体感を作りやすいビグスワンのすばらしさは、さして同スタジアムに期待していなかった私を感動させた。良いスタジアムである。これについては詳細は後日。
そんな私だが更なる良薬を求めて明日はカシマに向かう。おいおい仕事しろよ!という感じだが体調不良なのだから仕方ない。治療に専念しなければ。明日も良薬が見つかることを望む。
P.S このコンフェデ中の試合前後のレポート等は書ける限りに於いて掲示板に書き込んでいます。お暇ならそちらも読んでみてください。あと感想もお聞かせ下さい。
2001年5月30日
コンフェデレーションカップが韓国の派手な負け方と共に始まった。このフランスの強さを見せつけただけの結果に、妙な安堵感と一抹の焦りを感じたのは私だけではあるまい。
この大会に臨む日本が少し心配だ。いや、日本というよりフィリップトルシエ監督が心配である。今日の会見でも、報道によるとかなりエキセントリックだっと言う。このエキセントリックさが彼のパフォーマンスであると見る向きは少ない。逆に彼の心理状態を浮き彫りにしているように感じる。
落ち着けフィリップ。あなたを信頼している人はこの日本でも大勢いる。そしてあなたが言いたいことやいらだつことが何であるかを理解できる人間は、幸いにサッカー馬鹿には大勢いる。君が挑んでいる相手はたぶん僕らと同じだろう。だから君さえ落ち着いていれば大丈夫だ。きっとうまくいく。あなたは一人で戦っているのでは無い。
代表とトルシエの活躍を心から期待したい。
 バックスタンド全景。これが斜度38度のスタジアム! |
2001年5月20日
鳥栖スタジアムの何がすばらしいかと上げれば、まずあの見やすさだろう。専用球技場のため、1階席はフィールドとの近さを実感出来るのは当たり前として、特筆すべきは2階席の前へのせり出し具合とその角度である。”斜度38度”と書かかれてもちょっと想像は難しいが、スキー場の上級コースの角度と書けばお分かりになるだろうか?もう暴力的な角度である。ホント、子供など走り回させることは不可能だ。
この角度で座席配置が為されているため、座席に座ると自分の足下に前の座席の人の頭がある形になる。ちょっと暴れれば足で前の人の後頭部を蹴ってしまいそうなのである。(横浜国際ではせいぜい前席の人の太股に触るぐらいだろうか。)それほどの角度なのだ。しかも各席落下防止の手すり付き。(無かったら相当怖い)もし満員になった時には頭を蹴られた蹴っていないなどの言い争いが頻発する事間違いない。しかし不幸というか幸いというか鳥栖は空いているのでそんな事件事故など皆無なのだが・・。
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あのぐらいの角度でしかも客席が前にせり出していればフィールドで行われるサッカーも全く経験のしたことの無い雰囲気で見ることが出来る。まるで真上から俯瞰図を見ているようで、選手の体の入れ方、キックの種類、ボールの回転など手に取るように分かる。そして(これがもっとも感動したのだが)反対サイドまでも良くわかる。この構図はここでしか味わえないかも知れない。手すりがちょっと邪魔だとか(一番前に落下防止の手すりがありこれが結構邪魔)、そんなことはどうでも良くなるのだ。全体的に簡素な作りではあるがサッカーを快適に見る、そして行うということでの必要性は全て満たしている。
外観から発するオーラも凄い。鳥栖駅の隣の広大な敷地にそれは建っているのだが、まさにイングランドスタイル。初めて当地を訪れたサッカー馬鹿なら思わず次のような声を上げながらスタジアムまでずーっと感涙にむせび泣くことは間違いない。「これだよー、サッカー場っていうのは!」 当地で僕のサッカー場観は大きく変わった。鳥栖の皆さんは本当にすばらしいものをもっている。うらやましい。
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初日に訪問した博多の森球技場もすばらしい。全体的には噂通り香港スタジアムを模倣したようであり、ホーム側外観は美術館のようという当球技場の優美さを表現する文句も嘘では無い。ゴール裏を除けば観客席の角度も申し分無く、きっちりと最前列までかかった屋根のもと、雨の日でも快適な観戦が楽しめるだろう。やはり専用球技場は良い。昨日、”いかにも”の平塚競技場に行った後だからか、余計そう思う。
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 博多の森球技場バックスタンド内から。きれいで見やすいスタジアムでした。 |
2001年5月13日
サッカーを見に行った九州より先ほど帰宅した。先般書いた通り博多と鳥栖で2試合を見た。しかし、いかんせん旅の疲れのためか睡魔に襲われており、もうすぐその手中で陥るのは確実。そのため感想等は後日まとめて書きたい。
ただ、両スタジアムについてのみ感想を簡単に書くと、全く持ってすばらしいの一言につきる。博多の森球技場には感激し、鳥栖スタジアムに至っては感動した。全くなぜ我が街近辺にはこのようなスタジアムが無いのだ。ああ!。尚詳細は後日。
2001年5月07日
個人的にはかなり凹んだゴールデンウイークだったが、都合4試合を観戦することが出来ただけでもありがたいと言わねばなるまい。(全く昨今の労働環境は・・・。)
29日の横浜国際では俊輔の不調ぶりに悲しくなり、3日の国立ではレッズサポのとても日本とは思えぬ応援ぶりに感嘆をし、平塚での湘南ホーム2試合で打ちのめされた。(泣)
しかし、どうやったら前半終了時で3点のリードを持った試合を後半45分間で追い
つかれ、更に延長でPKのチャンスまで頂いた試合を、ホームで分けられるのか、全
く持って不可解だ。(いや、湘南のしょーもない試合のことなんですけどね)
この試合の後で強烈?なブーイングが湘南の選手に浴びせられた。そりゃそうだ。あまりのふがいひどい試合を見せられたあとで拍手など送るなどというのはお金を払った観客
としては全くもって偽善である。日頃おとなしいと言われる湘南サポでも怒る時は怒
る。ひどいモノにはひどいとはっきり意志表示をすべきである。私個人的にはこんな
惨状を見るために大切な休日が無くなったかと思うと全く持って腹立たしい。
では見に行かなければ良い?全くそれは正論だが、中毒患者にはそんな理屈は通じない。そしてそんな中毒患者を抱えてこそプロスポーツという興行は成り立っているのだ。
選手がかわいそう?そんな方はプロというものががどのようなものなのか考えて欲しい。あなた方の息子が日曜の午後にサッカーの試合をするのとは訳が違うのだ。
言い過ぎると選手が返って萎縮する?ワールドワイドなサッカーのプロ選手にそんな人間は向いていない。即刻やめるべきだ。
最近「サポーター」という美名のせいか、どうも選手にヤジを飛ばしたりブーイング
をする事をいさめる論調がサッカーファンの間でもまま目に付く。しかし我々はあく
まで興行を見に来た観客である。何をしてもいいとは言わないが、少なくとも代価に値しない興行には文句を言う権利はあるはずだし、言うべきだ。サッカーのチケット代は耐え難い試合をした選手に拍手を送るほど私にとっては安価な金額では無い。
ひどい試合にはヤジやブーイング、素晴らしいプレーには拍手やスタンディングオベー
ション。この2つの感情をはき違えていたり、また押し殺すようなサッカースタジア
ムなど何の魅力も無い。
01年4月30日までのBack Stand日記
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